最近の記事

平成生まれ、30歳。ナンパ師の医師、万事休す

 ーー俺は今、戦場にいる。  戦場、なんて表現は大袈裟ではあるが。  とにかく、俺は今、都内の5つ星ホテルの最上階にあるこの上質なバーで、どうしても、目の前の女を口説き落とす必要があるのだ。脳内で俺を奮い立たせてくれる音楽は『ビッグブリッヂの死闘』、バーの雰囲気を損なわないジャズアレンジver. だ。  女は俺が今まで一夜を共にしてきた者達と比べ、特段美人というわけはでない。しかしその、派手ではないが欠点の見当たらない顔立ちと、過不足の無い手入れが施されているのであろう適

    • 平成生まれ、30歳。きっとこのセックスは、本能からはほど遠い

       目の前に、『魅力的な男』がいる。  正しくは、現代の価値基準で魅力が高いと評される特徴を多く持ち、下半身に男性器を携えた、ホモ・サピエンスがいる。  彼の年収は同じ30歳の男の平均の倍を優に超える。適度に筋肉の付いた、均整がとれた身体で、オーダースーツが様になっている。腕時計はパテック・フィリップのノーチラスで、少し背伸びしているようにも思えるが、おそらく開業医の親から譲り受けたものだろう。自信ありげな受け応えからは、女性経験の豊富さを想像させる。  その男は、東京都

      • 君と過ごした8年を、

         君に最後のラブレターを書きます。  君とはときどき大学内ですれ違ってたことを実は知ってた。色白で、背が低くて、大きな声でよく笑うかわいい後輩がいるなって思ってた。それで、たまたま共通の友達が開いた飲み会で初めて話した。みんなと駅で解散したあとに君がわたしの部屋に来たがって、長く付き合ってる彼女がいるって話は聞いてたから、なんかムカついて通行人の目を気にせず思いっきりベロチューしてやった。まあその後はご想像の通りで、若い平凡な男女の、陳腐で美しい物語のプロローグだ。  そ

        • 現代の若者の死への憧れの正体について

          最初に死に憧れたのは、小学生になった頃だったと記憶している。 おそらく他人が聞いたら冗談だと思われるほどに豊かな暮らしだったと思う。食卓にはいつも家政婦が作った国産の食材に限定された料理が並んでいた。休日には百貨店の奥にある特別な部屋で祖母に美術品を買い与えられた。 更に学校という場所は自身の万能感を後押しした。この場では人の優劣が可視化される。学期末に担任から渡される通知表はいつも全ての科目が最高の評価だった。夏休みに大人の見様見真似で絵や文を書けば新学期に抱え切れない

          愛が無くても絶望しなくていいんだよ

           父が死んだ。たしか5年くらい前だったかな。如何せん、俺は時の流れに疎くてさ。  父は今で言うサブカル男子、みたいなやつで、けっこー由緒ある家に生まれたくせに、エリート意識とかが皆無で、でも地頭はそれなりに良かったんだろうな、六甲にある国立大学を卒業して、デカい海運会社に勤めてた。なんでそこに決めたのか聞いたら、当時のサブカル界隈的なとこでは海外を放浪するのが流行ってたらしくて、でも自分じゃなく他人の金で海外に行きたかったから海外出張が多い仕事を選んだんだって。で、父からし

          愛が無くても絶望しなくていいんだよ

          夏が嫌いなのに

           夏が嫌いなのに、夏を嫌う自分のことは結構好きだったりするだろ。僕も例に漏れず、夏が苦手がなフリをしてる。実際、ステレオタイプの夏に対する憧れってのがあんまり無いんだ。楽しかった思い出はいつもすぐに忘れて、良くないことばかり反芻しちゃうから。  だから、何年か前に友達と湘南の海に行ったときのことはよく思い出す。あの日、バーベキューで食べた貝の神経毒で死にかけたんだ。マリオカートでゲッソーをくらったときみたいに、突然視界がどんどん黒い墨で塗り潰されていって、何も見えなくなった

          夏が嫌いなのに

          生きづらいみんなを勇気付ける社不エピソード8選

           今日は自分の社会不適合者エピソードを時系列順で紹介します。変人アピールではなく、こんなのでも毎日そこそこ楽しく生きているので皆様も大丈夫ですよ、という趣旨でございます。 ①小学生のときから2ちゃんねるでレスバしていた  人生で初めて書き込んだのは『浜崎あゆみアンチスレ』。当時日本一のカリスマだった浜崎あゆみの容姿を悪く言うレスに対して「鏡を見ろ」とレスバを仕掛けた。案の定スレの住民たちに総出で反撃され幼いわたしは枕を濡らした。  インターネット上で明らかに空気の読めない発

          生きづらいみんなを勇気付ける社不エピソード8選

          病気の猫を飼う赤の他人を自演コメで応援し続けていた話

           小学生のとき、パソコンを買ってもらった。OSは今やとっくにサポートが終了したWindows XP。わたしはネットサーフィンという遊びを覚えた。そして偶然、とあるブログを見つけた。闘病中の飼い猫の様子を写真付きで綴ったブログだ。  そのブログは毎日更新されていた。でもコメントはいつも0件。基本的にブログとはそういうものだがもちろん当時は露知らず、またわたしは少し前に病気で愛猫を失ったばかりだったため、「この世には闘病中の猫を前にしても平気で無視できるような薄情な奴しかいない

          病気の猫を飼う赤の他人を自演コメで応援し続けていた話

          姉の結婚

           姉が結婚した。  わたしたちの父は戦後の農地改革で没落した大地主の長男だった。母は市内で一番大きい総合病院の院長の末娘。  そんな両親から生まれた2歳違いの二人の娘。大層優雅で上品な暮らしをしておりました。  なわけあるかーい。  ここは地方の港町。少し自転車を走らせば海と山。こんな豊かな環境でお上品に勉学に励み習い事に精を出せというのは、好奇心旺盛な子供たちにはどだい無理な話である。  なかでも姉は探究心が強かった。わたしはよく姉に田んぼに突き落とされた。なぜそ

          姉の結婚

          胡蝶之夢(仮)

          【0日目】  ハルさんが事故に遭ったらしい。風の便りで知った。ハルさんとは10年近く連絡をとっていないからか、いまいち実感が湧かない。  明日からお盆で、夏休みだし。 「うわ、今日、かわいい子がいる。ラッキーだな。誰の知り合いなの?」  友人が所属してるバンドサークルの飲み会で、隣の席の知らない人に話しかけられた。小柄なのに少し筋肉質。ふんわりパーマの、少年みたいな男の人。それがハルさんだった。  わたしの中の『ダメ男センサー』が少し反応した。でもそれは無視した。 「田中く

          胡蝶之夢(仮)

          生きる意味などありません

           今日は持病と向き合ってきたこの8年とそこで得られた人生観について書こうと思います。というのも、昨日たまたま「20歳で群発頭痛を発症し人生についてよく考えるようになった」と言う人の動画を見て触発されたからです。自分もちょうど20歳、大学3年生の夏にメニエール病と診断されました。また、前庭性片頭痛も併存しております。この8年、多いときは数日に一度の頻度で、回転性のめまいや拍動性の頭痛、激しい嘔吐などに悩まされ、長いときは2日以上それが続きます。この発作が起きる度に自死という選択

          生きる意味などありません

          自分の身体で好きな部分

          今日は自分の身体で好きな部分について書きます。どこかに書いておかないとすぐ忘れて、嫌いな部分のことばかり考えてしまうので。 ①ショートヘアが似合う頭蓋骨 これはどこの美容院に言っても言われる。お世辞だったとしても、「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。」ってニーチェも言ってたから問題無し。ちなみに髪型は短ければ何でも良いのでいつも美容師さんにおまかせしてて、だいたいいつも耳が半分以上見える、蓮舫まではギリいかないくらいのベリーショートになってる。 ②長

          自分の身体で好きな部分

          君は権威主義の敗北を見たか

           関西の田舎から上京してきたばかりの頃の僕は、将来の夢は特に無い、趣味はあるけど能が無い、金はあるけど欲が無い、どこにでもいるゆとり世代の大学生だった。ただ、誰よりも自分が好きなものについてはハッキリと言える自信はあって。都会の有名な大学に行けば、それを共有しあえる仲間ができると信じてた。  でも、都会の人たちも田舎の人たちと何も変わらないってことにすぐ気付いた。エリート至上主義的な価値観と、それを絶対とする空気。そこにさらに大学の名前が重くのしかかる。上手く息ができなくな

          君は権威主義の敗北を見たか

          彼女だけが、わたしの故郷

           わたしたちは所謂インターネット・ネイティブ世代で、中学に入学する頃には既に某匿名掲示板やニコニコ動画についてよく知っていた。当時のインターネットは今より随分とアウトローで、情報と刺激に飢えた田舎の中学生である自分にとって、そこは最高の遊び場であり、学び舎でもあった。  そんな混沌の中でわたしの最初の道標となってくれたのが、今はメジャーで活躍されている「やなぎなぎ」さんだった。15年以上前の話だ。当時はガゼル、yana、binariaなどの名義やユニットで同人音楽の活動をさ

          彼女だけが、わたしの故郷