君と過ごした8年を、

 君に最後のラブレターを書きます。


 君とはときどき大学内ですれ違ってたことを実は知ってた。色白で、背が低くて、大きな声でよく笑うかわいい後輩がいるなって思ってた。それで、たまたま共通の友達が開いた飲み会で初めて話した。みんなと駅で解散したあとに君がわたしの部屋に来たがって、長く付き合ってる彼女がいるって話は聞いてたから、なんかムカついて通行人の目を気にせず思いっきりベロチューしてやった。まあその後はご想像の通りで、若い平凡な男女の、陳腐で美しい物語のプロローグだ。

 その頃のわたしは大学生活があまり上手くいってなくて、少し自暴自棄になってる時期だった。周りの女の子たちがセックスしたらその人を好きになっちゃったなんて言ってるのを聞いて、同じことをすれば生活が楽しくなるかもって、ミスターコンテストに出てるようなすっごい顔がかっこいい友達とか、超モテてるスポーツマンの先輩とかと試してみたけど、いまいちつまんなくて、自分は恋愛じゃ満たされないタイプなんだと思い込んでた。でも君だけはなんだか特別で、楽しくて、会えない時間がもどかしくて、もっと一緒にいたいと感じた。

 恋人同士になってからも君への気持ちはどんどん大きくなった。わたしたちはいつも2人で、ひたすら軽口を叩いてお互い涙目になるまで笑い合ってた。あの漫画がおもしろいとかつまんないとか、このバンドがかっこいいだとかダサいとか、幼稚な理由で喧嘩もした。遠出するときはボンボンの君が親からもらったBMWで、ミスチルのyouthful daysを大音量でかけるから、それに合わせて助手席で大声で歌った。わたしが落ち込んでるときはお得意のしょうもない面白話を連発してきて、それを聞いてると悩んでる自分が阿呆らしく思えた。ほら、楽しいこといっぱいあるでしょ、だからそんなの気にしてる時間もったいないよって言う君の笑顔に、何度も助けられた。いつも馬鹿みたいに明るいのに、周りのことがよく見えてて、友達想いで、街で困っている人がいたらすぐに走って行って手を差し伸べる、そんな君の持っている本物の優しさが大好きだったし、ずっと憧れてた。

 でも、時の流れは残酷で、人は変わっていく。わたしたちは大学を卒業して社会人になり、お互いの好きな漫画やバンドの悪口を言わなくなった。君は頻繁にわたしに仕事や生活の不満をぶつけるようになった。たまには本音で対等に喧嘩したほうが良いって分かってても、その余裕が無かった。わたしは逃げるように本や音楽に傾倒して殻にこもるようになった。君はそんなわたしを見て、もう俺のこと好きじゃないんだねって、泣いた。

 君と出会って7回目のわたしの誕生日に、これからもずっとよろしくね、と書かれた手紙をもらった。嬉しい気持ちで胸がつまって、でもその後すぐ、わたしがこれから君にしてあげられることって何だろう、という疑問が湧いて、何も思い付かなくて、罪悪感で涙が止まらなくなった。喜ぶ姿を期待する君に、泣き顔を見られるのが嫌で、背中を向けた。このとき、泣き顔を見せることすらできないくらい、君に素直でいられない自分に変わってしまったことに気付いて、わたしたちはもうダメだって、知った。


 好きだった。好きだった、好きだった好きだった好きだった、ずっと好きだった、本当に好きだったんだよ。君の笑顔がわたしの心の暗い部分を照らし続けてた、眠る君の髪を撫でながらこのまま時間が止まればいのにっていつも願ってた。君に憧れてた、君になりたかった、大好きだった、だからお互いの20代の全てを捧げた、君がいてくれたから20代を生き延びれた、何の悔いも無い、本当に何も後悔してないよ。

 君と過ごした8年を、置いていくんじゃなくて、持っていく。君がくれた20代の全てを、これからも抱えて、生きていく。


˖·⟡


 最後になりますが、君にずっと、怖くて言えなかったことがあります。わたしは、君のことをちゃんと愛せていましたか。君がくれたものと同じだけのものを、ちゃんと返せていましたか。わたしの気持ちは、ちゃんと君に伝わっていましたか。


 なんてことを聞いても、君はきっと、そんなの気にしてる時間もったいないよって、あのときみたいに、ただ、笑ってくれるだろうか。






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