彼女だけが、わたしの故郷
わたしたちは所謂インターネット・ネイティブ世代で、中学に入学する頃には既に某匿名掲示板やニコニコ動画についてよく知っていた。当時のインターネットは今より随分とアウトローで、情報と刺激に飢えた田舎の中学生である自分にとって、そこは最高の遊び場であり、学び舎でもあった。
そんな混沌の中でわたしの最初の道標となってくれたのが、今はメジャーで活躍されている「やなぎなぎ」さんだった。15年以上前の話だ。当時はガゼル、yana、binariaなどの名義やユニットで同人音楽の活動をされており、ニコニコ動画内ではボーカロイドの話題曲やサウンドホライズンなどの「歌ってみた」動画で高い人気を博していた。
このように、彼女との出会いはニコニコ動画だったわけだが、わたしがとりわけ強く心を奪われたのは、彼女が個人のホームページで公開していた、自身で作詞・作曲・編曲の全てを行っているオリジナルの作品たちだった。
ピアノメインのエレクトロニカ・サウンドに、透明感あるウィスパーボイスが重なり、澱みの無い澄んだ言葉だけが紡がれていく。少女が誰もいない古城で佇んでいる。お城の外は羽毛のように白い雪が降り積もっている。小川の水だけがサラサラと小さな音を立てながら流れているのが見える。地球上のどこにもこんな場所は無いはずなのに、なぜか少しノスタルジアを感じる世界。ここに1秒でも長く居たい。そう願ったわたしは、当時中学生でお金が無い、そのうえ流通経路や販売数がかなり限定されているにもかかわらず、執念で彼女の作品を全て手に入れ、何度もその世界を一人で旅した。
正直、彼女のメジャーデビュー以降、気持ちが離れてしまったのは事実である。過剰にアレンジされた作品ばかりが世間に評価される。洗練されすぎたサウンド。雪に埋もれたお城で一人佇む、あの少女はもう大人になってしまったのだろうか?
それでも、この15年を振り返ると、わたしは常に彼女が創ったあの世界を求めていたと思う。代わりの世界には出会えなかったし、その必要も無かった。
彼女だけが、わたしのインターネットの故郷だ。このことを心から嬉しく思う。今も昔も。