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『どくヤン!』第2話「こころ」振り返り

令和最初にしておそらく最後の読書×ヤンキーギャグマンガ『どくヤン!』の協力・仲真による各話振り返りテキスト第二弾です。

「そもそもどういうマンガ?」という方への『どくヤン!』紹介記事
コミックDAYS『どくヤン!』第2話リンク第1話、第2話、第3話はコミックDAYSで常時無料公開中、スマートフォンアプリならチケット制で第18話(全27話)まで無料でご覧いただけます!)
過去の振り返り:第1話「どくヤン」
・『どくヤン!』単行本リンク:第1巻第2巻第3巻(電子のみ)

読書上等

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第2話の冒頭は、前回野辺雷蔵(のべ・らいぞう)が入学したビブ高の時間割(オール「読書」)と“読書上等”という教育理念が開陳されます。

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そんな野辺が教師に続いて遭遇するは、夏目漱石の『こころ』を暗唱する読書ヤンキーたちの姿。このテキストのヘッダー画像は暗唱終わりのヤンキーたちの様子です。

一方、単にお金のかからない高校と思って転入してしまった、本を読まない男・野辺は暗唱できず、教師に目をつけられてしまいます。そこに登場したのが、

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前回も野辺を救った私小説ヤンキー・獅翔雪太(ししょう・せつた)。なんとなく、そのままクラスでは獅翔のツレと認識された野辺は、不安視していた読書ヤンキーたちの中での孤立もせずに、獅翔のクラスメイトたちと行動する流れに。

本パン

すると……、

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そこには明らかによろしくない光景が! 当然賢明な皆さんは「アンパン」を想起するかと思うのですが、ご安心ください!

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中身を見れば一目瞭然――そう、“本パン”です!!

ああ、それなら……と安心してしまいがちですが、さにあらず。基本的に何でもありのように見えるビブ高でも、本パンはその常習性の高さから校則で禁止されています。

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クラスメイトの説明、わかりやすいですね。

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面倒見の良さそうな態度を見せつつ、「青木まりこ現象」や、「本パンをやりすぎると下痢になる」という他の世界線向けの親切な情報を伝えてくれるのはSF小説ヤンキー・済馬音雄(さいば・ねお)

しかし、済馬の説得もむなしく、彼らは本パンをやめません。なぜかと言えば、本の魅力に目覚めつつも、読むのは苦手な彼らにとって、その魅力を味わえる唯一の行為だからです。

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ある意味「どくヤンあるある」と言えるのですが、お前、不良なだけで、真面目だろう。本も結構詳しくないか?

しかし結局、そんな彼らも第1話に続き炸裂した、獅翔の聖闘士的パンチによって吹っ飛ばされます。なぜ獅翔が彼らを止めたのか。その理由は無料で読める本編をぜひご覧ください。本を愛する者なら納得の理由です。

ただ、そんな彼らの不器用な優しさを感じたのか、このエピソードは野辺が最後にちょっとしたフォローを入れて終わります。とはいえ、特に何の解決にもなっていない感もあり、野辺がすでにビブ高の空気感に染まりつつあることも見て取れます。

そんな第2話の「今週の一冊」は夏目漱石の『こころ』。

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皆さんが『こころ』をたしなむなら、吸う派でしょうか、読む派でしょうか? 前者の方は何卒中毒にはならぬようお気をつけください。

第2話余談①

前回の振り返りで、旧バトル版『どくヤン!』の第1話の柱は、獅翔とレシピ本ヤンキー「橙併次(だいだい・ぺいじ)」のバトルであると触れました。

この橙、現在のバーションでは少し先の第4話で活躍します。このエピソードは漫画担当のカミムラさんがTwitterでも公開しているのでぜひご一読を。第3話を読まなくても大丈夫&そもそも『どくヤン!』は元々読切で第1話~第3話を一気に掲載し、その後連載化が決まった作品なので、第4話は実質第1話的な導入になっていて読みやすいですよ。

現バーションのビブ高では、橙は獅翔たちと同クラで、獅翔や済馬に比べるとあまり強くなさそうな立ち位置です。そのため、前回のnote更新後、旧第1話で橙がやられたのは、相手として雑魚度合いがちょうどよかったからだろうか?――的な分析ツイートを拝見しました(私とカミムラさんは、おそらく編集者の鈴木さん以上に『どくヤン!』エゴサーチをしています……。先に謝っておく。ごめんなさい)。

ここで橙の名誉のために、旧バーションの姿を少しお見せしましょう。

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おわかりでしょうか……?

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そう、橙は決して噛ませ犬ではない。突如現れたゴールデンルーキー・獅翔雪太が強すぎた……。ただそれだけの話なんです。

ちなみに、単行本第1巻に収録の新版第4話には、栗原はるみの著書を読むことで、橙がどくヤンとしての力を発揮するシーンがあります。単行本発売前に、校閲からの戻しをもらったときに、

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この赤字があって一同大いに笑いました。たしかに……!

第2話余談②

続いては現バージョンの内容について。

モーニング編集部・鈴木さんからの提案で、ギャグメインの内容で連載会議用ネームを3話分つくることになったとき、比較的すぐに「Kというアルファベットで『こころ』に挫折するヤンキー」というアイデアは出ていたようで、打ち合わせのメモに残っていました。

あと、この話については、素案をカミムラさんが作成していました。そのプロットに三人でやり取りしつつ肉付けしていった模様です。カミムラさんがチャットに書いたザックリプロットは以下。

・野辺が登校、不良がタイマン(ビブリオバトル)張ったりしてる殺伐とした学校風景
・国語の授業、鬼教師により『こころ』を朗読させられる生徒たち
・間違えて竹刀で殴られそうになる野辺を獅翔が代わりに暗唱することで助ける
・ほかのヤンキーたちとの会話、ギャグ

この流れに、1話の「ブッカツ」のようなビブ高ならではのギャグを加えたいと考える中で左近さんが「本パン」を生み出したようです。どのタイミングかは覚えていませんが、これを思いついたら入れるしかないですよね。正直、『こころ』の暗唱より印象に残る。

ただ、タイトルにするとネタバレになるかと、第2話のタイトルは一度「こころ」になっているのですが、その字面だけで想像できる人は少なそうだと左近さんが判断し、単行本では「本パン」に変更しています(基本的に各話タイトルは鈴木さんが考え、単行本作業時に左近さんが変更箇所を検討するスタイル)。

Dモーニングで第1話~第3話の読切版は、その反響しだいで連載も検討する、という条件での掲載ながら、アンケートの結果はそこまでよくありませんでした。しかし、閲覧数がよかったことで、最終的には連載のゴーサインをもらえました。

アンケート機能はDモーニングの有料会員のみが使用可能で、それだけモーニングを愛する方は、すでに推し作品があるとも考えられる。そのため、アンケートだけでなく、閲覧数も検討要素に加えてもらえたのではないでしょうか(読切は無料公開)。読切版をお読みいただいた方や、アンケートで『どくヤン!』を面白いと評していただいた方にこゝろより御礼申し上げます。

そして、閲覧数を押し上げる要因になったのが「ブッカツ」であり、「本パン」であったように思います。鈴木さんがネームを編集部内で回してくださったときも、本パンはかなりの評判だったと教えてくれた記憶が。おかげで、単行本発売時も、連載時から読んでくださっていた読者のみなさんが、結構本パンをしてくれていました。中には「電子本パン」をする猛者も。

我々は嬉しいのですが、パソコンやスマホを壊さないようにね……!

note版「今週の一冊」その2
『広辞苑』第七版

第2話の最後にも登場する『広辞苑』。実はこの本、というか辞書は、本編の「今週の一冊」の候補でもありました。2018年に発売された第七版は10年ぶりの改定版としても話題になりましたが、ちょうどこの頃、ギャグバージョンの新シナリオを考えていた時期だったこともあり、自然と本パンする本の候補に入っていました。

また、本パンが生まれた当初は、新バージョンの獅翔の動かし方(旧バージョンの獅翔については第1話振り返りの余談①参照)を左近さんも掴みかねていたのか、誰かが本パンヤンキーを成敗する流れにはなっていたのですが、それが獅翔と決まってはいない時期が少しあり、その候補として挙がっていたのが「辞書ヤンキー」だったのです。

私は“『広辞苑』第七版に「ボーイズラブ」を加えた男(※1)”ことサンキュータツオの辞書についての本や文章(※2)が好きなので、辞書のドープさ(※3)をなんとなくは理解していたつもりではいました。そのため、「辞書ヤンキー」という概念は問題なく成立するという確信はあるし、『どくヤン!』を読む人の多くは良い意味で戸惑いを覚えるのではないか……とも考えていました。もちろん、本気の辞書語りをできる知識は私にはないものの、辞書を本パンに用い、乱暴に扱う人間にキレる役どころなら、ワンポイントリリーフ的登板も可能ではないかと思ったのです。

さらにそこで、「本パンにふさわしい理屈があれば、今週の一冊でもいいかも」という話になり、私の頭に浮かんだのが、ページ数が増えても厚さが変わらない高い製紙技術でした。他の分厚い本に比べても、『広辞苑』の「厚み対インク量効果(費用対効果的なアレでどうかひとつ)」が圧倒的で、本パンに適しまくっているのではないか? と考えたわけです。

最終的に、その経緯は記憶していませんが、今週の一冊は『こころ』になり、また本パンヤンキー成敗シーンに登場するのも獅翔となったのですが(おそらく、獅翔と野辺の関係性を早めに深めておいたほうが話を考えやすくなる――というカミムラさんの意見がきっかけであったはず)、私の頭の中にはずっと『広辞苑』が居座っていたので、ここで供養できて嬉しく思っています。

※1:下記参照

※2:本を読まずとも、タツオさんによる下記の連載を読めば、辞書の沼の深さをたちどころに理解できるはず……。

※3:「同じ辞書を版ごとに260冊集めた」。もう言葉はいらない。

第2話余談おかわり

今にして思うと、連載が始まっておらず修正する時間の余裕もある分、色々変化がありまくった第2話ですが、この形に落ち着いて本当によかったと思っています。

時は第1巻も出てかなり経ち、もうすぐ第2巻も出ようかという2020年6月11日、カミムラさんと鈴木さんと私という『どくヤン!』SNSチェック勢に突然の嵐が吹き荒れます(左近さんはあまりそういうのに興味がないかと思っていたのですが、先日『どくヤン!』情報を調べているのを目撃したのでこの書き方には語弊があるかもしれない)。

「本の雑誌」が『どくヤン!』を……!? そして2巻も……!! 「大注目しているコミック」……。なんとありがたい……。

これは読書好きがチェックしている、フォロワー数の多いアカウントにご紹介いただけた、というだけの話ではありません。

まず、済馬のセリフにもあった「青木まりこ現象」。これが「本の雑誌」発祥なんです!

もうこれだけでも十分凄いのですが、第1巻の帯文でお馴染み、私小説作家・西村賢太の『一私小説書きの日乗』最新シリーズ「堅忍の章」が現在連載しているのも「本の雑誌」!! 第1巻所収の単行本書き下ろしコラムでは左近さんと私が西村さんについて書いていますが、拙文で『一私小説書きの日乗』にも触れていたりします。

さらにさらに、どちらの書店さんかは判然としないものの、先日Twitterでお見かけしたこの面陳(メンチ)写真……!!!

面陳を切らせてもらっているだけでもたまらなく嬉しい(しかも半年前に出た第1巻とセットで)のに、左に――辞書関係の著作ではありませんが――サンキュータツオ最新作にして初の随筆集『これやこの サンキュータツオ随筆集』(KADOKAWA刊)、右に「本の雑誌」7月号というこの並び!

本の雑誌はともかく、タツオさんの本には「このnote見てからタイムマシンでつくった棚じゃないですよね?」と衝撃を受けました。

あと、これは第2話とは関係ありませんが、以前『どくヤン!』の打ち合わせで「○○な小説は伴侶に捧げがち」的な話が出たこともあったので(雑な印象でしかなく、いちエピソードにまとめられるほど膨らまずに終わりました)、「本の雑誌」7月号の特集が「献辞の研究!」なのも何とも言えないものがあります。

こういう出会い、繋がりが生まれるのが読書の面白さですよね。それでは、また次回の振り返りで。