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グレッチェン・パーラト、マーク・ジュリアナ、そして2人のデヴィッド(ボウイ&クロスビー)を繋ぐジャズという糸

一年の始まりの1月だが、最近は突然の訃報に驚くことも多い。2016年にはデヴィッド・ボウイ、2023年にはデヴィッド・クロスビーと2人のデヴィッドも1月に逝った。
縁の無さそうな2人だが、新世代ジャズ・ミュージシャンたちを接点に細い糸で繋がっていた。
2024年12月のグレッチェン・パーラトのライブにはマーク・ジュリアナら、現在のジャズシーンの中心人物が集結した。このライブから過去と現在の音楽の結びつきが見えてきた。

2人のデヴィッド

デヴィッド・ボウイ(2016年1月逝去)

1947年1月8日 - 2016年1月10日

デヴィッド・クロスビー(2023年1月逝去)

1941年8月14日 - 2023年1月18日

グレッチェン・パーラト

12月のとある日、2024年最後のLIVEを観た。
ジャズ歌手の最高峰グレッチェン・パーラト(Gretchen Parlato)。

ノラ・ジョーンズサマラ・ジョイと女性ジャズボーカル分野も活況を呈しているが、2005年のデビュー以来、この分野で異色の個性を放つのがグレッチェンパーラトである。

Gretchen Parlato

1976年2月生まれで48歳、カリフォルニア州出身だが現在はニューヨークを拠点に活躍、一児の母でもある。
この日は夫であるドラマーのマーク・ジュリアナ(Mark Guiliana)を含むトリオを従えて来日。
他にはTaylor Eigstiがキーボード、Chris Morrisseyがベースという布陣。
彼らの演奏、そしてグレッチェンのWhisper Voiceのような独特の歌唱法。2024年を締めくくる最高のライブだった。
彼女独特の吐息まじりの「声」は気息音と言うようだが、毎度歌声というより楽器のようで、「打楽器のように声を鳴らしたい」と言う彼女のポリシーを思い出す。

Mark Guiliana

紅白で観るジャズミュージシャン

大晦日は久しぶりに通しで観た紅白。
目当ては「虎に翼」のスピンオフだが、たまに知っているミュージシャンが演奏しているのを背後から見つけるのも楽しい。
トリを務めたMisiaはゲストに矢野顕子を起用し「紅白で矢野顕子を観るとは」と驚いたが、音楽監督はNYで活躍するキーボードプレーヤー大林武史だった。
彼はベーシストのベン・ウィリアムス、ドラマーのネイト・スミスと"TBN" Trioを結成する世界的なプレーヤー。

そして椎名林檎のバックには、話題のジャズドラマー石若駿も起用されていた。
日本では、松たか子が主演の『大豆田とわ子と三人の元夫』と言うドラマの挿入歌All The Sameで、グレッチェンがボーカルとして起用されたが、演奏は石若駿が参加するBanksia Trioだった。

絶妙なカバーのセレクト

さてグレッチェンを知るのに入門編としてオススメなのが、日本独自で企画されたCDコンピ「ザ・グレッチェン・パーラト シュプリーム・コレクション」だ。

本作にはジャズシンガーとしては異色な、現代のヒット曲のカバーが多く収録されていて興味深い。
まずは1999年にヒットしたメアリー・J・ブライジAll That I Can Say。

お馴染みキャロル・キング作のYou've Got a Friend 。

マルケル・ジャクソンI Can't Help Itは「Off the wall」に収録され、作曲はスティーヴィー・ワンダー

'90年代に女性R&Bグループとして一時代を築いた、SWVの全米チャート1位となった1992年のWeak。ここでの天翔る様なピアノ・プレイは今回同行したTaylor Eigsti

そして最も彼女が影響を受けたブラジル音楽からは、ジョアン・ジルベルト彼女はカリオカアントニオ・カルロス・ジョビンAntônio Carlos Jobim)の作曲。

Send One Your Love、これもスティーヴィーの曲で『The Secret Life of Plants』(1979)に収録

本作に収録されてないが1986年の全米一位シンプリー・レッドHolding back the yearsもカバーしている。

マーク・ジュリアナ

2021年にグレッチェンがリリースした「Flor」には懐かしい1986年のアニタ・ベーカーSweet loveも収録された。

「Flor」には夫マーク・ジュリアナも参加し、彼とは縁あるデヴィッド・ボウイNo Planを2人でカバーしている。
後半には彼のドラムがフューチャーされる。

マーク・ジュリアナMark Guiliana)。彼の名はデヴィッド・ボウイの2016年発売のラストアルバム『★ (Blackstar)』に、ドラマーとして参加したことで世界に鳴り響いた。
その経緯は以下の記事の後半にも記載している。
きっかけはマリア・シュナイダーとボウイのコラボレーションによるSueで、その後は『★ (Blackstar)』の録音にも全面参加する。

2016年1月8日に『★ (Blackstar)』はリリースされるが、その2日後にはボウイは逝去するという展開に、世界で衝撃が走ったのだ。
翌年のグラミーで本作が最優秀ロック・パフォーマンスを受賞すると、マーク・ジュリアナはバンド仲間ダニー・マッキャスリンらと共に壇上に上がってボウイの代わりに受賞したのである。

ジェイソン・リンドナー、マーク・ジュリアナ、ダニー・マッキャスリン、ティム・ルフェーブル、

マークは翌年2017年には『★ (Blackstar)』の前作「The Next Day」のWhere Are We Now?もカバーしている。(Mark Guiliana Jazz Quartet)

2024年にはソロ『MARK』をリリース。多重録音で全ての楽器を自ら手掛け、ドラマーの枠を超えており、ジャズというよりアンビエントの趣。
2025年のグラミー賞にてBest Contemporary Instrumental Albumにノミネートされている。
トニー・ウィリアムススクエアプッシャーを好むと言う、彼の志向が全開している。

家族で出掛けて印象に残ったと言う鎌倉をテーマにした曲Kamakuraもある。特に大仏が印象的だったようだ。

また、彼は2021年よりオルタナティブロックのシンガー、St. Vincentのバックバンドのメンバーとしても多忙な日々を送っている。今年2025年初頭に開催されるフェス"rockin'on sonic"に参加するSt. Vincentのステージにも居残って参加予定。St. Vincentの新作のBroken Manではデイヴ・グロールと共にドラムを叩いている。

テイラー・アイグスティ

このバンドにはもう一人2025年のグラミー賞のBest Contemporary Instrumental Albumにノミネートされたミュージシャンがいる。
それがピアノのテイラー・アイグスティ(Taylor Eigsti)
彼は既にアルバム『Tree Falls』により、2021年にグラミー賞のBest Contemporary Instrumental Albumを受賞している。
(追伸 Taylor Eigstiは見事に2/2の式典で最優秀コンテンポラリー・インストゥルメンタル・アルバム賞を受賞。2作品連続の快挙だ)
ここでは、Play with meグレッチェン・パーラトがボーカルで参加

そして今年のグラミー賞にノミネートされた2024年の最新作が「Plot Armor」で、収録されたBeyond The Blueでもグレッチェンが参加している。本作より彼はスナーキーパピーマイケルリーグが創設したGroundUP Musicに移籍した。

ベッカ・スティーヴンス

アイグスティの「Plot Armor」にはGroundUP Musicもレーベルメイトでもあるベッカ・スティーヴンスBecca Stevens)も参加している。

Taylor Eigsti & Becca Stevens

ベッカ・スティーヴンスは1984年生まれで今年40歳。ジャズ歌手とも言えるが、インディーロック、フォークまでジャズで括れない活動が持ち味。ギター、ウクレレ、チャランゴとプレーヤーとしても多才である。

Becca Stevens

ベッカ・スティーヴンスも今年久々の来日を果たし、新譜もリリースしたが、ここでは今年はリリースされたコンピレーションを紹介したい。
柳樂光隆氏によるセレクトで日本独自企画。

彼女の代表曲、未発表ライブ、コラボ作などが収録されている。

Regina(2017)
スナーキー・パピーマイケル・リーグが参加

Slow Burn (Live at Sony Hall/2020)
スナーキー・パピー小川慶太がドラムで参加

California/Becca Stevens &The Secret Trio (2021)
中東出身のウード、カヌーン、クラリネット奏者からなるシークレットトリオとの共演

因みに、ベッカは前述のグレッチェンパーラトと女性版CSNとも言うべきトリオTilleryを結成する程の親密な友人でもある。
プリンスTake me with Uのカバーも演奏した。

そして2024年の最新作「Maple to Paper」はグラミーのBest Americana Albumにノミネート。収録されたNow Feels Bigger Than The PastもBest Americana Performanceにノミネートされた。

デヴィッド・クロスビー

2人のデヴィッドのもう1人はデヴィッド・クロスビー
彼が81歳で逝去したのは2023年1月18日、もうすぐ2年である。
実は彼が自分の後継者と晩年考えていたのが、年齢差43歳のベッカ・スティーヴンスかもしれない。
彼らを引き合わせたのはスナーキー・パピー(Snarky Puppy)が2016年開催したイベントFamily Dinner
ここでベッカを見染めたクロスビーは、自分の作品やライブに彼女を起用し続けた。

或いは嘗ての恋人ジョニ・ミッチェルHelp meのカバーを聴いて、幻影を見たのか。

Lighthouse (2016)、Sky Trails (2017)とクロスビーの作品に参加し、「Here If You Listen 」(2018)では、何とクロスビー、ベッカ・スティーヴンスマイケル・リーグミシェル・ウィリスと共同名義となる。

クロスビーが所属したCSNYWoodStockを4人でカバー。作曲はジョニ・ミッチェル

For Free」 (2021)にはゲスト参加し、クロスビーの遺作となる「Live at the Capitol Theater」(2022)では全曲に参加した。このアルバムではクロスビー率いるLighthouse Bandと言うバンドのメンバーとしてクレジットされる。何度もこのバンドで全米ツアーし旅路を共にした。
CSNでのクロスビーの持ち歌Guinnevereで、ベッカはグラハム・ナッシュを超えたハーモニーを提供した。

Lighthouse Band

晩年のクロスビーについて以前書いた記事

ボウイとクロスビー

音楽的に接点も無さそうなデヴィッド・ボウイデヴィッド・クロスビーだが、2人とも晩年に新世代ジャズのミュージシャンと交流して、新機軸を打ち出した。
ジュリアナらを起用したボウイの「Blackstar」は米国チャートで自身初の1位となる。
クロスビーは晩年に狂い咲きのように5作を立て続けにリリース。
新世代ジャズの旗手スナーキー・パピーのリーダーであるマイケル・リーグをプロデュースに迎え、それら全作品にベッカを起用した。

突然2人はジャズに目覚めたわけでもない。
クロスビーの曲Guinnevereマイルス・デイヴィスにカバーされ、彼にとっての最高の名誉となった。

ボウイが最初手にした楽器はサックスで、とりわけバリトン・サックス・プレイヤーのジェリー・マリガンに憧れたと言う。
そして一曲であるが、Pat Metheny Groupと共にThis Is Not Americaを1985年にリリースしている。

ボウイはダニー・マッキャスリンに直接メールし参加を依頼した。
クロスビーはTwitterでマイケル・リーグと連絡を取り合い、自らを売り込んだ。

60年代、70年代には無かったITツールを駆使して、他人の手を借りずに、自ら数世代下のジャズ・ミュージシャンとの交流を図り、充足した最期の作品を世に出して、2人は天に召されたのである。

プレイリスト

グレッチェン・パーラトのカバーからデヴィッド・クロスビーのセルフカバーまで、1970年代から80年代、90年代と時代を巡るプレイリスト。


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