名盤と人 第29回 黒いデュラン 『No Nukes』 (2)
来日が続くジャクソン・ブラウンとドゥービー・ブラザーズ。1979年に両者が揃って参加した『No Nukes』のライブ。
そのライブで、大物ミュージシャンの影には隠れて、知名度が低いが重要な役割を果たしたミュージシャンが2人いた。1人は下院議員となったジョン・ホール、もう1人は黒いディランと呼ばれヒップホップの始祖ともなったギル・スコット・ヘロン。後半は彼らを軸に話は展開する。
3枚目という大作で前回で収まらず、2回目となる『No Nukes』特集。前回の文章は以下で。
ブルース・スプリングスティーンの登場
人気に拍車をかけたのは、場所がNYのMSGだけに地元出身で、当時人気が最高潮のブルース・スプリングスティーンだった。3日目(9/21)と4日目(9/22)に登場することがアナウンスされるとチケットはソールドアウト。
5-3 Stay / Bruce Springsteen, Jackson Browne & The E-Street Band
そして目玉はStayでのジャクソン・ブラウンの登場だった。(映像とは別日にはトム・ペティも参加している)
ジャクソンとスプリングスティーンという西海岸と東海岸の両雄は意外な組み合わせだが、ジャクソンの「Preteder」(1976)を「明日なき暴走」(1975)でプロデューサーだったジョン・ランドーがプロデュースしたことを知ると納得できる。
スプリングスティーンのステージは2021年に公式は音源としてリリースされ、今では堪能することができる。E-Street BandはDrums – Max Weinberg、Guitar– Steve Van Zandt、Piano– Roy Bittan、Saxophone– Clarence Clemons等と言う最盛期のメンバー。
その後も2人の共演は何度もあり、こんな曲も。
5-2 Cry to me/ Tom Petty&The Heartbreakers
デビューしてまだ2年目のトム・ペティも参加している。ライブ後の11月に発売された『破壊』(Damn the Torpedoes)は全米2位となり、一気にメジャーとなるが、このライブではまだ地味な存在。
6-1 You Don't Have To Cry / CSN
逆にチケットが伸び悩んだと言うのが5日目(9/23)のCSN。ヤングが不参加で、当時既に盛りを過ぎたCSNの参加は新鮮とは言えなかったのか。
ナッシュは主催者の1人として活躍しているが、他の2人は存在感はない。特に既にドラッグ中毒になっていただろうクロスビーは精彩を欠く。
同じ曲を1970年のCSN&Yの映像から。
黒いディラン
3-4 We Almost Lost Detorit / Gil Scott-Heron
モータウンに代表されるように黒人ミュージシャンの政治的な発言は抑制されてきたが、スティーヴィー・ワンダー、マービン・ゲイ辺りが政治的な作品をリリースし始めて変化してきた。
このコンサートに黒人ミュージシャンとしていち早く参加を表明したのが、ギル・スコット・ヘロン(Gil Scott-Heron)だ。
彼は1966年デトロイトで起こった原発事故に警鐘を鳴らした歌、We Almost Lost Detoritを77年にリリースし、本コンサートのシンボルとしてライブでも披露している。
「That when it comes to people's safety
人々の安全の話になると
money wins out every time
いつも金が優先される
and we almost lost Detroit this time, this time
そしてこの時、我々はデトロイトを失うところだったんだ」
と言う耳の痛い強烈な歌詞を持つこの曲。
当時はウエストコースト系のミュージシャンにスポットが当たり、メガヒット曲もない彼の存在は日本では埋もれていたが、むしろ本ライブでも先駆的な存在として人種やジャンルを超えてリスペクトされていたようだ。
彼は“黒いディラン”とも言われ、社会批判を盛り込んだメッセージをソウル、ジャズ、ファンクなどと融合させた独自のサウンドを展開。
スポークンワードというスタイルはヒップホップ界のゴッドファーザーとして、カニエ・ウェスト、エミネムといったヒップホップ界の現役アーティストからもリスペクトされるようになる。
75年のライブ映像だが、今のミュージシャンに影響大なのが理解できる。
ここではアパルトヘイト批判を展開する曲を演奏。
3-5 Chaka Khan/Once You Get Started
さらに78年にソロデビューしたルーファスのチャカ・カーンも参加していた。I'm Every Womanがヒットしたばかりの頃でバックが豪華。アヴェレイジ・ホワイト・バンドのスティーブ・フェローニ(Dr)、ヘイミッシュ・スチュアート(G)にアンソニー・ジャクソン(B)、ジェフ・ミロノフ(G)、フィル・アップチャーチ(G)と言うフュージョン界のオールスターバンド。だが、次のスプリングスティーンを待てない観客にブーイングを浴び、怒って早々と引き上げたと言うから残念だ。
意外な人選としてはRay Parker JrのRaydioが参加してYou Can't Change Thatを披露している。参加の経緯は不明だが、最近自伝映画が公開されて観てみたが、知られざる事実が盛り沢山で興味深い。自伝によるとチャカ・カーンのヒット曲を彼が作曲していて、参加はその縁かもしれない。
Takin' It To The Streets
6-4 Takin' It To The Streets/ Doobie Brothers & James Taylor
レコードの最後はTakin' It To The Streetsで締めくくり。
マイケルとテイラーのダブルボーカルで、さらにカーリー、ジャクソン、ボニー、ホール、ニコレットと豪華なバッキングボーカルを従えて。
当時人気が沸騰していたドゥービーは初日と2日目のメインアクトだった。
この曲はマイケル・マクドナルドが新加入した1976年のリリース。
都心部で貧困と絶望の中で育つ同胞の視点から書かれており、「通りに連れて行って(現実を知ろう)」と言う強烈なメッセージを持っていた。
マイケル・マクドナルド加入直後ということもあり、バンドのイメージと違わないか当時テッド・テンプルマンは発売を躊躇したようである。
マイケル・マクドナルドも社会的な発信を求める種類のミュージシャンで、本コンサート主役の1人だった。
このライブが開催された1979年は、その前々年の77年にジャクソン・ブラウンは「Running on empty」で彼の最大売上を記録し、ジェームス・テイラーも「JT」で同様に自身の最大の売上を達成、妻のカーリーは「007 私を愛したスパイ」の主題歌Nobody Does It Betterが全米2位のヒットとなる。さらに1978年にはマイケル・マクドナルドと共作したYou Belong to Meも全米6位を記録し、ドゥービー・ブラザーズも同年末に出した「Minute by Minute」で最盛期を迎えていた。
ブルース・スプリングスティーンも同年に『闇に吠える街』(Darkness on the Edge of Town)をリリースしトップ5入りを果たしている。
当時参加したミュージシャン達の人気は頂点、また支えるバックの演奏も脂が乗っていた。
しかし最高潮があるということは下り坂もあるということだ。
折しもロックではパンクが席巻していて、全米のチャートではディスコミュージックが独占していた。
それらの狭間でこのライブの中心をなしていたウエストコーストロックのミュージシャン達は、沈みゆく前の船で最後の晩餐を謳歌していたのかもしれない。
ロックというのはメッセージ性を持つことを運命付けられていたが、これを一つの契機として80年代になると産業ロックと言われる商業的な成功を一義とする方向に舵を切っていく。
2人のキーマン
その後のミュージシャン達
その後の彼らの行く末も興味深い。
そして人間関係も交差する
ドゥービー・ブラザーズは翌年80年にはWhat a Fool Believesがグラミー賞最優秀楽曲を獲得し頂点を迎えるが、1982年には解散する。
本ライブに参加し4月にも来日するのはマイケル・マクドナルド、パット・シモンズ、ジョン・マクフィー。キース・ヌードセン、コーネリアス・バンパスは既にこの世にはいない。
ジャクソン・ブラウンは1985年E-Street Bandのスティーヴ・ヴァン・ザントが、南アフリカ共和国のアパルトヘイトへの抗議として企画したチャリティ「サン・シティ」に参加。2004年にはブルース・スプリングスティーンのインダクションによりロックの殿堂入りを果たした。
スプリングスティーンはこれを契機に政治的な発信を強める。彼はスリーマイル島に触発されたプロテスト・ソング「Roulette」を書き、数年後にリリースする。No Nukesを機会に政治的な発信を強め、自分が最初に彼を観たライブも1988年のアムネスティを支援する「ヒューマン・ライツ・ナウ」だった。東京ドームで公演が行われピーター・ガブリエル、トレイシー・チャップマン、ユッスー・ン・ドゥールが参加していた。
ジェームス・テイラーとカーリー・サイモンの夫妻は4年後の1983年、ありがちな薬物問題と夫の浮気で離婚する。
1984年の竹内まりやの「元気を出して」は、ジェームス・テイラーとの離婚により憔悴してしまったカーリー・サイモンの姿に心を痛め、それを励ます気持ちで書かれたという。
ドラマーとして大車輪の活躍をしたラス・カンケルとニコレット・ラーソンはその後に結婚するが、残念ながら1997年にニコレットは45歳で早世する。
CSNのデヴィッド・クロスビーは1983年ドラッグと銃の不法所持で逮捕され、1986年に実刑判決を受け服役、長きに渡り活動は不調を極めるが、2014年に70歳を超えて奇跡の復活を果たし、その後は若手との交流で次々と名作をリリース。
当時は全く交遊がなかったクロスビーとマイケル・マクドナルドはその後に親しくなり、現時点での遺作では共演を果たしている。
そのクロスビーも2023年1月に逝去。
ボニー・レイットは政治的な活動を継続するもセールスは不振が続く。そして10年後の1989年。10枚目のアルバム『Nick Of Time』で米国チャートのトップを獲得、遂に商業的成功を達成。1990年2月開催の第32回グラミー賞で「最優秀アルバム賞」と「最優秀女性ロック・ボーカル・パフォーマンス賞」を受賞。
さらに、2023年の今年、なんと第65回グラミー賞でJust Like Thatが最優秀楽曲賞を受賞し、73歳で何度目かの全盛期を迎える。
1988年設立のリズム・アンド・ブルース基金 (Rhythm & Blues Foundation - R&Bアーティストに対する支援、音楽の保存などを目的とする団体)の創設者のひとりとして名を連ねている。
議員になったジョン・ホール
最も興味深いのはMUSEの実質的な仕掛け人のジョン・ホール である。
このライブのテーマ曲と言うべき「Power」の作者でもある。
MUSEの発起人であり、スリーマイル島の事故以前から原子力発電所の反対運動に加わり、その活動のため人気バンドOrleansを脱退までしてしまった筋金入りの活動家だ。
音楽活動の傍ら、90年代地方議員を務め、廃品処理場と焼却炉の建設反対運動等に関与。2006年には民主党から立候補し下院議員に当選。エネルギー、温暖化、退役軍人支援、障害者支援などの委員会に所属した。2010年には落選するが2012年には復活している。大統領選挙でブッシュ陣営が無許可でStill The Oneを使った時はホールが抗議したこともあった。
2005年にOrleansでの新譜を出すなど音楽と政治を並行して継続し、特にエネルギー問題をライフワークとして一貫してその姿勢を貫いた。
議員になったジョン・ホールの映像。
東日本大震災後の2011 年 8 月「MUSE」は、米カリフォルニア州にて東日本大震災の被災者支援と安全なエネルギーの使用を呼びかけるチャリティ・コンサート『M.U.S.E. Benefit For Japan Relief』を開催。
実に32年ぶりにNo Nukesが開催された。
メンバーはジョン・ホールにボニー・レイット、ジャクソン・ブラウン、CSN、ドゥービー・ブラザーズ(当時は不在のトム・ジョンストンが参加)と言う当時のメンバーに、新たにジェイソン・ムラーズ、トム・モレロ(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン)、日本からは喜多郎が出演。
MUSEの4人は揃って参加し、当時の絆は健在だった。
革命がテレビ放映されなかった時
MUSEに黒人サイドの旗頭として参加したギル・スコット・へロン。
東日本大震災のあったこの年2011年5月に62歳でこの世を去った。
No Nukes後はアパルトヘイト反対運動に傾倒。
2000年代はヘロイン所持で刑務所入りを繰り返し、HIV感染の疑惑もあった。死因はヘロインともHIVとも言われた。
1971年にリリースされたRevolution Will Not Be Televised(革命がテレビ放映されなかった時)は、「テレビは国民を洗脳するための手段で、むしろ革命を起こさなくするためにある」と言う考えに基づいて書かれたというが、今の日本にも通じるのではないか。
この曲が含まれたアルバム「Pieces of a Man」にはロン・カーター(b、el-b)、バーナード・パーディー(ds)、ヒューバート・ロウズ(fl 、s)が参加しており、サウンド的にも必聴だ。
2022年のアカデミー賞〈長編ドキュメンタリー賞〉を獲得した映画『Summer of Soul』では「Summer of Soul (...Or, When the Revolution Could Not Be Televised)」として副題として引用され、今に語り継がれる。
NO NUKES: THE MUSE CONCERTS FOR A NON-NUCLEAR FUTURE
01 Raydio – You Can't Change That .
02 Chaka Khan – Once You Get Started .
03 James Taylor – Captain Jim's Drunken Dream
04 James Taylor – Honey Don't Leave L.A.
05 James Taylor & Carly Simon – Mockingbird
06 Poco – Heart Of The Night
07 Tom Petty And The Heartbreakers – Cry To Me
08 Bruce Springsteen, Jackson Browne & The E-Street Band – Stay
09 Bruce Springsteen & The E-Street Band – Medley: Devil With The Blue Dress / Good Golly, Miss Molly / Jenny Take A Ride
10 Crosby, Stills & Nash – You Don't Have To Cry
11 Crosby, Stills & Nash – Long Time Gone
12 Crosby, Stills & Nash – Teach Your Children
13 The Doobie Brothers & James Taylor – Takin' It To The Streets