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《大学入学共通テスト倫理》のためのエリク・H・エリクソン

大学入学共通テストの倫理科目のために歴史的偉人・宗教家・学者などを一人ずつ簡単にまとめています。エリク・ホーンブルガー・エリクソン(1902~1994)。キーワード:「アイデンティティ」「アイデンティティの危機」「基本的信頼」「ライフサイクル」「発達心理学」主著『幼児期と社会』『自我同一性の問題』

これがエリクソン

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アートスクール出身の異色のキャリアを持つ精神分析学者。ジグムント・フロイトの娘アンナ・フロイトの教えを受け、臨床家としてずばぬけた手腕を発揮しながら、発達心理学の確立者、そして時代の知識人として活躍した精神分析学者が彼です!

📝エリクソンと言えば、世界にこの言葉を定着させたことで有名です!

アイデンティティ(ego identity)という概念は, エリクソン(Erikson, E. H.)が精神分析学者の立場から提唱した概念です。(『よくわかる 青年心理学 第2版』(白井利明編、ミネルヴァ書房)p66から引用)

フロイトは「無意識」という概念を現実に定着させた存在だとよく語られますが、エリクソンは「アイデンティティ」という概念を定着させました。すごいですね! そして青年期に「自我のめざめ」で強まる「自我(ego)」とは主観的な自分、「自己(self)」には客観的な自分という使い分けがあります。そしてエリクソンがアイデンティティの運動で強調したのはエゴのほう。おそらくこの区分けに従っているために、山川出版社の『倫理用語集』に「自己同一性」はなく、「自我同一性」の項目があるのでしょう。(「自我同一性」→「自己同一性」の翻訳の変遷については未調査です。ご容赦です!)

📝アイデンティティの語を定着させた彼の論をみましょう!

青年期の最後に定着した確定的なアイデンティティというものは、過去のさまざまな人間にたいする個々の同一視を超越するものである。すなわち、それは、重要な意味をもつ同一視をすべて含んではいるが、同時に、それらを作りかえることによって、一つの、合理的に首尾一貫した、独特の統一体を形づくっているのである。(『主体性(アイデンティティ)[青年と危機]』(E・H・エリクソン著、岩瀬庸理訳、北望社)p221から引用)

これがエリクソンの「アイデンティティ」。(特に青年期の)人間の生がアイデンティティの獲得に向かい、さまざまな存在と自分を重ねつつも、同時にそれらへの「同一視(identification)」を超えた、独自でひとつのアイデンティティを獲得すること。これがエリクソンのアイデンティティ論です!

アイデンティティにたいする確信が失われているところでは、友情や愛情ですら、ナルシズムに互いに反映させあうことによって、自分たちのあいまいなアイデンティティの輪郭を明確化しようとする絶望的な試みと化してしまう(『主体性(アイデンティティ)[青年と危機]』(E・H・エリクソン著、岩瀬庸理訳、北望社)p230から引用)

このいたいたしいエゴイズムやナルシシズム(自己愛)のあり方もエリクソンの「アイデンティティの危機」の一例。アイデンティティ獲得の運動がなまやさしいものではない、実になまなましいものであることが注釈されます。自分が生きている感覚が失われるようなピンチを「アイデンティティの危機(アイデンティティ・クライシス)」と呼びます(「アイデンティティ拡散」もほぼ同義として扱われます)!

📝エリクソン8つのライフサイクル(人生周期)をみましょう!

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注釈を1つ。ライフサイクルをエリクソンはさまざまに表記していますが、「↗」の方向に上がっていく階段状の表記が最も多いです。ここには一個の生が段階的(漸進的)に自己を実現していくさまが表現されているでしょう!

❶はじまりは「基本的信頼」です!

第一の構成要素を「基本的信頼感」と名づけよう。そしてこれは、生後一ヵ年の経験から獲得される自己自身と世界に対する一つの態度である(『自我同一性 アイデンティティとライフサイクル』(小此木啓吾訳、誠信書房)p61から引用、ただしカギカッコ後のsense of basic trustを略)

これがライフサイクル①の「乳児期」&エリクソンの「基本的信頼」。育児される母親的存在との関係を通じて、乳児(幼児)は自分がこの世に存在していいという自己肯定感や、世界をあらかじめ肯定的なものと受け取る信頼感を得るとします。これが「基本的信頼」です。

❷つづけて自律が開始します!

自律と自尊の感覚は、「自己評価を失っていない自己統制」の感覚から生まれる。(『自我同一性 アイデンティティとライフサイクル』(小此木啓吾訳、誠信書房)p79から引用、ただしカギカッコ後のself-control without loss of self-esteemを略)

これがライフサイクル②の「幼児期」。自己抑制も覚えて自律性を宿した個が誕生しています。

❸そして自我の探求が開始します!

自分が一個の人間で「ある」ことをしっかり確信した子どもは、今や自分が「どんな種類の人間に」なろうとしているかについて知らねばならない。(『自我同一性 アイデンティティとライフサイクル』(小此木啓吾訳、誠信書房)p89から引用)

これがライフサイクル③の「児童期」。身近な大人を理想としたり精神を活発に外界に広げていきながら、自分のあるべき姿を自主的に求めていきます。

❹つづけてリアルに実社会を意識します!

この段階は、社会的には最も決定的な意味をもつ時期である。(略)この時期に最初の「分業」の感覚や「機会均等」の感覚が発達する。(『自我同一性 アイデンティティとライフサイクル』(小此木啓吾訳、誠信書房)p109から引用、ただしカギカッコ後のdivision of labor, equality of opportunityを略)

これがライフサイクル④の「学童期」。社会の広さの中での自己の位置づけを考えはじめます。

❺ここで最大のピンチが到来です!

この統合は、児童期の種々の同一化の総和以上のものである。/この発達段階におこる危険は、同一性拡散である。(『自我同一性 アイデンティティとライフサイクル』(小此木啓吾訳、誠信書房)p111/p114から引用、「同一性拡散」の後のidentity diffusiinを略)

これがライフサイクル⑤の「青年期」。満を持してアイデンティティを確立しようとすると同時に、それが実社会に翻弄されてしまう(リアルから切り離されてしまう)「アイデンティティの危機(アイデンティティの拡散)」に直面します。

➏しかし人はピンチを超えて人格的完成に向かいます!

彼は自分自身についてより確実な感覚を持てば持つほどそれだけ友情や闘争、リーダー・シップ、愛、直感などの形での親密さを求めるようになる。(『自我同一性 アイデンティティとライフサイクル』(小此木啓吾訳、誠信書房)p119から引用)

これがライフサイクル⑥の「成人期」。身近な他者と細やかな親密さを育てながら、実社会の出来事に自分の理想を反映させることに着手します。

➐もうゴールは目前です!

自分たちのパーソナリティとエネルギーを、共通の子孫を生み出し育てることに結合したいと願うようになる。(『自我同一性 アイデンティティとライフサイクル』(小此木啓吾訳、誠信書房)p122から引用)

これがライフサイクル⑦の「壮年期」。自分と次代の関係にシフトしていきます。

➑ラストの生への認識がひろがる境地がここです!

個人の人生は、ただ一つのライフ・サイクルと、歴史の一節との偶然の一致であることを自覚している(『自我同一性 アイデンティティとライフサイクル』(小此木啓吾訳、誠信書房)p124から引用)

これがライフサイクル⑧の「老年期」。自分の人生を尊厳をもって統合へといたり、同時に世界の大きさも認識する境地に立つとします。余談ですが、エリクソンは後年『ライフサイクル、その完結』でこの境地を詳述するためにより哲学的な内省に達する第9段階を構想をしたりもします。

📝これがエリクソンの「発達心理学」です!!

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フロイトの「口唇期」「肛門期」など快感の発達論を踏まえ、実社会での自我のふるまいを視野に収めようとしたのがエリクソンの「ライフサイクル」=「発達心理学」です。B項に注意。あるものと正反対との葛藤を「発達課題」として、高次の段階へ至る発想があります。ところで山川出版社がエリクソンの主著とする『自我同一性の問題』は上で引用した『自我同一性 アイデンティティとライフサイクル』とおそらく同一。原題が“PSYCHOLOGICAL ISSUES IDENTITY AND THE LIFE CYCLE(心理学的な問題 アイデンティティとライフサイクル)”。訳者は「モラトリアム人間」論の小此木啓吾です!

📝ライフサイクルについてのエリクソン自身のコメントをみましょう!

人間は段階を追って社会の一員となってゆく。その事実を説明する仕方を学ばない限り、人間のライフサイクル全体を見わたす視点に立つことすらできない。社会は伝統や制度といった外的現実を、善い意味でも、悪い意味でも人々に提供する。(『青年ルター 1』(E. H. エリクソン、西平直訳、みすず書房)p22から引用、ただし「善い意味でも」の「でも」に付された傍点を略した)

既存の社会制度のなかで人間がどのような精神性をもつかを探求していることが分かります。

📝「悪い意味」に該当するのは「否定的アイデンティティ」でしょう!

彼らは、「否定的同一性」を選ぶのである。この否定的同一性というのは、危機的な段階で、最も好ましくないが、最も危険で、しかも、最も現実的なものとして、その個人に示されるすべての役割や同一化に倒錯した基礎をおく同一性のことである。(『自我同一性 アイデンティティとライフサイクル』(小此木啓吾訳、誠信書房)p173から引用、ただしカギカッコ後のnegative identityを略)

これがエリクソンの「否定的アイデンティティ」。自分がこの現実の中でアイデンティティを得るためには、「自己評価(セルフエスティーム)」が低く自己否定的であったり、反社会的なものでさえ(はたまた全体主義的なものさえも)進んで受け入れるアイデンティティをこう呼びます。

あとは小ネタを!

発達心理学の確立者エリクソンの引用。「生涯にわたる信頼と不信との闘争の故に、希望はしっかり発達しなければならないし、一生涯を通じてたしかめられ、いくたびも肯定されなければなりません。」『エリクソンは語る――アイデンティティの心理学――』(R・I・エヴァンズ著(インタビュー)、岡堂哲雄/中園正身訳、新曜社)p19から引用しました。蛇足ですが、人生の過程の中で幸福の意味づけを変える(広げる)ことを肯定したこの言葉と、それを人間の前提としたライフサイクル論を素敵だと思いました! 希望は発達しなければならない!



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