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イヤミス好きの方にそっとおすすめしたい海外文学best3

(ラストの後味がとんでもなく悪いか、ダークななにかが読み進めて広がる海外文学の傑作を紹介します。きっとイヤミス好きの方も気に入るはず!)

第3位:ウラジミール・ソローキン『ロマン』(望月哲男訳、国書刊行会、Ⅰ・Ⅱ分冊)


 主人公の青年ロマン・アレクセーヴィチは小村に帰郷する。法律家としての社会的成功を捨て、芸術家となるために。懐かしい故郷の人々は彼を暖かく出迎える。かつて愛したものとすれ違うが、恋を予感させる出会いもスリリングな事件もある……。こんな19世紀ロシア文学まんまで、文豪ツルゲーネフレベルのさわやかな作風を、Ⅱ巻のラスト唐突にかなぐり捨ててくるシュールな暴力的展開がすごい小説。その描写もすごいが「20世紀(21世紀)に、すでに小説(ロマン)は死んだのじゃあ!!!」と言いたげな確信犯的な気迫も伝わってきてそこも厄介です。にもかかわらず3位にとどめたのは、「ソローキンは必ず何かやってくる!」とずっと覚悟していたから。以下にⅠ巻の引用を。
「クニーツィンはリボルバーを持った手をこめかみから外した。
 その蒼ざめた額にみるみる汗が噴き出した。
「あなたの番です」かろうじて聞きとれる声で彼は言った。
 ロマンはリボルバーをつかんだ。」(Ⅰ巻、p389)


第2位スティーヴン・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』(岸本佐知子訳、河出文庫)


 11歳で夭折した天才詩人エドウィンの伝記を描いたのは、こちらもどう考えても天才的な伝記作家ジェフリーだった。なにしろ幼なじみでおむつをつけているような頃から「取材」しています。こんなポップでキュートで繊細な感受性をたたえたアメリカ文学の名作を「イヤミス寄り」扱いすると怒られそうですが、エドウィンもジェフリーも大好きになるこそのラストの展開はあんまりです。エドウィンの選択もジェフリーの扱いも叫びたくなるし、ジェフリーの最後もエドウィンを愛しすぎたからだって分かっているけど、一番やっちゃいけない行動だと思え胸もはり裂ける傑作です。
「マルハウス夫人はまた、息子のクレヨン画や水彩のスケッチ、成績表、赤ん坊の頃の靴、そしてぼろぼろになったシャウムのピアノ教則本のようなものまで保管していた。なかでも、一年生の時の、黄色い紙に青い罫の入った書き取りの答案用紙は興味深い。そこに見られる言葉の羅列(tip, top, tap, pit, pot, pat, spit, spot, spat)に、あの不朽の名作『まんが』の作者の萌芽を見ようとするのは、おそらく行き過ぎというものだろう。しかし、エドウィンの研究家であれば、のちの彼の作品における言葉遊びとそれらとの関連性に驚かずにはいられないはずだ。」(p21-22)


第1位アンナ・カヴァン『氷』(山田和子訳、ちくま文庫)


 世界が氷に閉ざされようとする黙示録的世界のなかで「私」は愛する「少女」に出会うために国境を越えて「城」に向かう。そうして出会った彼女は、世界のおわりとは別に厄介さを抱えている……。この作品をどう要約したらいいかよく分かりませんが、とにかく「私」がやばいです。「少女」に向き合っているのか、過去と向き合っているのか、それともじしんの性癖と向き合っているのか。そんな揺れが「世界のおわり」とともに語られ、「私」じしんの破滅がすぐそこに感じさせる緊迫感がずっと続きます。長らくSFファンには有名な作品でしたが、21世紀の日本で再刊・翻訳されまくりいま新たな読者を獲得しているカヴァンのやばさが凝縮しているのが本作です。読んでいるときのイヤさやるせなさに身もだえする感じを思い出すとおすすめしにくいのですが、絶対に他の作品では味わえないものがカヴァンの小説にあるのは事実。以下は冒頭近くの引用を!
「少女と夫の関係がこれほどまでに悪化していることには驚かずにはいられなかった。彼女が幸せだった時期、私は少女とかかわりを絶ち、事態の外に身を置いていた。今、私は再び彼女とかかわり合い、結びついたことを感じていた。」(p35)


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