第1回:Why北海道?
コチェフ アレクサンダー
こんにちは。英語教材を書いたりしているコチェフ アレクサンダーです。ベレ出版さんからnoteでコラムを書いてみないかとのお誘いをいただいて、何を書こうか随分悩んだ末、北海道の話を書いてみることにしました。北海道はブルガリア出身の私にとってだけでなく、多くの読者の皆様が住む本州以南からみても「すぐそこの異文化」であるように思うからです。
私は札幌市で株式会社オレンジバードという小さな企業を共同経営していて、翻訳の手配と英語スクールの運営をしています。翻訳、通訳の現場のおかげで、多言語や多文化といった興味あることがらに囲まれて日々幸せに生きています。翻訳では27の言語を扱っていますので、常に多文化を意識して仕事をすることが求められています。もう一つの柱であるスクール事業は「結果志向の英語教育」がコンセプトで、どうしたら受講者様の英語力が最短で伸びるかをいつも考えて、応用言語学など言語オタク向けの本を読んだり、カリキュラムを設計したりしています。
本州の人からはよく「なぜ北海道?」と聞かれます。なぜ寒い北海道に住んでいるのか、なぜビジネスをしているのに東京・大阪・名古屋といった都市圏に住まないのか、など様々なことが謎なのだと思います。この謎を解明するため、生まれ育ったソフィア市から日本に来て気づいたら26年も北海道にいる私の目を通して、異文化の大地北海道について書いてみようと思います。
18歳で来日する前は、北海道という地名を聞いたことがありませんでした。1996年、私は東京外国語大学の日本語教育センターで留学生として日本語を学んでいました。そこで出会った善如寺教授(漢字研究の第一人者です)は、授業の一環としてなんと、ドラマ『北の国から』の全話を見せてくださいました。これをきっかけに初めて北海道という場所を知り、そのドラマから強烈に影響を受けて、北海道に行きたい一心で北海道大学法学部を受験することにしました。今考えると、ドラマはあくまでも作品で、いかに内容が面白かったとしても、作中の描写と現実の世界は全く同じというわけではないので、進学先を選ぶ理由として「ドラマに感動した」はどうかと思いますね・・・。ともあれ、北大法学部には無事合格し、1997年4月3日に初めて北海道の地を踏みました。その時点で現地に知り合いゼロ、『北の国から』以外の北海道知識ゼロ、という状態で、全てを東京の延長線上に考えていました。
異文化の花見
97年の3月は東京で桜が満開でした。北海道行きを翌月に控え、学生仲間と東京で花見をしてから北海道に来ました。4月上旬の札幌は市街地のあっちこっちに雪が残っていて、「花見は5月だよ。ゴールデンウイークらへんかな」と聞いてびっくりした記憶があります。時期は天候の違いで説明できるので別に大したことはないのですが、「花見=ジンギスカン」と言うので、最初は驚きました。羊肉でやるバーベキューはジンギスカンと言いますが、北海道の花見はゴールデンウイークのまだ寒い時期に肉を焼きながら行なわれます。普段は火気厳禁の公園も、桜が満開となっているこの時期だけは火気使用が解禁され、もくもく上がる焼肉の煙が桜の花をやさしく包み込みます(北海道のお花見の様子は、BBQ芸人、たけだバーベキューさんの動画をご参考にご覧ください)。
ジンギスカンは北海道に根差した食文化であり、仕事の打ち上げ、住んでいるマンションの親睦会など多種多様な場面で使う定番です。また、北海道の夏の海水浴場もジンギスカンをやっている人でいっぱいです。海の家でコンロと炭を貸し出しており、多くの人が当然のように肉を焼いて食べてから海で泳ぐのです。日本の他地域や海外から来た人が驚きを隠せない場面を何度も見たことがあります。
ブルガリアでは、実は、フランス、イタリア、ギリシャよりもたくさん羊肉を食べるので、ブルガリア人の私には北海道の食文化は好都合です。たまにブルガリア料理を作りたいと思ったら、札幌のごく普通のスーパーマーケットの食材で足りてしまいます!
北海道の羊肉を食べる文化は、明治時代の開拓期以降に、軍服用の羊毛のために飼われていた大量の羊がいたから生まれたのだそうです。焼肉店では他の肉ももちろんたくさんありますが、羊肉がないお店は北海道では珍しいと思います。
北海道に古くからある異文化
北海道は、明治時代以降に「開拓された地」という位置づけですから、日本の中ではもっとも歴史が浅い地域です。日本の他地域と同じく、アメリカやヨーロッパの影響があるものの、北海道ならではの三つの異文化があると思います。
一つ目は、北海道=日本の縮図。日本全国からの人がいるということです。開拓の時代から日本の各地から人が入植し、住んでいます。昔からいる家族は古くても5~6代目です。
今となっては、その役割を果たすのは北海道大学です。6~7割の新入生が道外出身者で、その一部は北海道に残って、「日本の縮図」状態が維持されています。歴史が浅く、様々な地域から人が集まっていることで、日本では珍しい「アメリカ的な空間」だと思います。出身地や家系がさほど重要視されない北海道は、外から来た私のような人間にはいやすい場所かもしれません。
二つ目はアイヌ文化。アイヌと和人の間にいろいろな歴史がありますので、興味ある方はぜひ読んでみてください。札幌に住んでいると毎日のようにアイヌ語やアイヌ文化に出会います。北海道の地名は好例です。アイヌ語に対するあて字が使われているので、非常に読みにくい地名が多いです。いくつかをご紹介します。
まじか、と思いますよね。
…といった感じです。日本語をベースにして読もうと思っても読めない地名が多いので、覚えていくしかないのです。
これは、アメリカで出会うネイティブアメリカンの言葉を由来とする地名とまったく同じ現象です。英語圏の人にとってそういった地名は難解だと言いますが、日本の他地域からみた北海道の地名も同様に難解です。
地名だけでなく、音楽、色彩や模様など北海道にはアイヌ文化が偏在します。嬉しいことに、現在、アイヌ文化の位置づけが大きく変わり、北海道の貴重な知的資源となっています。
三つめはロシア。これもまた長くて複雑な歴史があります。政治や外交の話はさておき、「ルイベ」を食べたことはありますか?凍らせた鮭の刺身です。北海道料理の絶品の一つですが、その語源は、ロシア語で魚を意味する「рыба」(rybaと読む)です。前述のアイヌは北海道にもサハリンにもいるので、彼らの鮭の保存食だったものが今はやや高級感すらある和食となっています。北海道とロシアの関係は、多岐にわたります。鮭の卵の「イクラ」もロシア語の「икра」(ikra)から来ています。直近30~40年の海産物の貿易に代表される北海道とロシア極東地域との交流も確かな一角を担っていると思います。その影響か、例えば、北海道の最北部にある稚内市へ行くと、道路標識や道案内の外国語版は、ほとんどは英語ではなくロシア語です。加えて、ロシア語の日本人話者やロシア文学の研究者は、日本の他地域に比べて北海道に多いという現象もみられます。
ウクライナへの侵略戦争が何らかの解決に至り、日ロ関係の新たな章が始まる際に、北海道という地域がその意味でも重要な位置を占めると確信しています。
ブルガリア人の私は、Kotchev(コチェフ)という苗字なので、よくロシア人だと勘違いされます。どちらも大きくはスラブ族のくくりに入りますが、けっこう離れた文化圏のため共通点はさほど多くありません。そのため最初は若干戸惑いましたが、今はあまり気にならなくなりました。
次回以降は、北海道のことば(北海道方言)、雪と北海道の未来など、北海道にまつわる話を私の視点からご紹介していきます。
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