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あのひとの

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noteでみつけた、すてきな写真や絵、そして文章をあつめています。
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#小説

夏の名残り、野ばら (4286字)

夏の名残り、野ばら (4286字)

一時非公開とさせていただきます。2018年中に再公開します。

彼女の残像

彼女の残像

プールで人魚が跳ねるのを見た。陳腐な比喩として言っているわけではないし、薬物による幻覚を見ているのでもない。バイト帰りの深夜。金網の向こう、弱い光に照らされて空中で一瞬静止したその姿は紛れもなく、
人魚だ。
シリアルキラーが獄中で描いたイラストみたいにグロテスクで美しい。
人魚は再び水中に消えた。ところで僕が最初に人魚を見たのは9歳の夏のことだ。田舎の祖母の家に遊びに行った日、裏山の泉で人魚を見た

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深緑に沈む

深緑に沈む

 萌木色のブックカバーを貰った。プレゼントに。背筋がぞくりとする近代文学をはさみこんで、バッグにぽとりと落とし入れると、それはまるで始めからそこにあることが決まっていたように、内側のポケットの奥にぴったり収まった。
 朝、ひとの多い電車に乗りこんで、バッグから本を取り出す。開いて、字面を目で追っていくけれど、今日はなぜかするりと入っていくことができなくて、半分違うことを考え始める。
 緑、好きだよ

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流町へようこそ? 前書き

マイルール:

・朝は目覚ましより早く起き、鳴った瞬間に止める。
・ベッドは左足から降りる。
・窓を開けて外の光を浴びる。
・破壊力の高い曲をかける。
・朝食はトーストとコーヒー。
・お天気おねえさんの服装をチェックする。
・洗濯はこだわりのコースがある。
・洗剤と柔軟剤は規定量より少なめにする。
・歯を磨き、髭を剃り、髪を整える、必ずこの順番に行う。
・歯を磨いたら三十分は飲食をしない。
・水筒

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相合い傘

【シークエンス】

「過去形を丁寧語だと信じて疑わないヤツは即刻処刑するとして、いくらそれが店のマニュアルだとしても、間違った用法だとわかっていながら従うことないんじゃないかと思う」

「でも、それって割りきってるのだから、いいんじゃない?」

「いや、わずかな時給のために割りきって使っているうちに、口癖になるよ。それに」

「それに?」

「あの気色の悪い『よろしかったですか?』を聞くたびに、目

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7歳の騎士 (777字)

7歳の騎士 (777字)

最初に失踪したのは私だ。7歳の夏のことだった。7歳の私にしかできないやり方だった。7歳でない者に私を見つけることなどできるはずもなかった。

私の見事な消失を契機に失踪の連鎖が始まる。7歳児ばかりが消えてゆく。次々に失踪する。7歳の純粋な意思によって。流星みたいに美しい尾を引いて。どことも知れぬ場所に落ちてゆく。
6歳の子供もいずれは7歳になる。すると自然に失踪を覚えてしまう。是非もなく失踪してし

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あのクラクションで世界は

あのクラクションで世界は

世界の終わりのようなクラクションが鳴り響く。
世界が終わる合図のような、世界を力ずくで終わらせにかかるような、世界そのものの断末魔のような。
あるいは世界の産声のような。
非現実的な音量のクラクション。
その音は確かに世界にひびを入れたのだと思う。
あのクラクションの前後で世界は少し変わってしまった。
私のコートの色はもうちょっと品の良いブラウンだった気がするし、彼女の髪はもう少しゆるやかに波打っ

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