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ごぼうの丸太煮
ごぼうの丸太煮。この料理の存在を、あなたは知っているだろうか。
あの頃、母は私達家族の身体を陰性にするのに必死だった。健康料理教室より東洋医学の教えを受け、酸性の食べ物は身体に良くない、陰性の物を食べさせよう、と思ったようだ。
陰性の食べ物。それは身体を温め、血のめぐりを良くし健康に導く食べ物。
そして、陰性のごぼうを包丁でぶった切り、同じく陰性の梅干しと一緒に醤油等で煮込む、ごぼうの丸太煮という世にも奇妙な料理を習ってきて、夕飯の食卓に出した。
「健康にいいのよ、食べて」
母が明るい声でしつこく言うので口にした。
ごぼうの泥臭さに、酸っぱい梅の味が絡みつく。口に入れた瞬間、これは食べ物なのか?と危険センサーが作動するのを、いや、食べ物、食べ物と必死に言い聞かせ咀嚼しなければいけない。
グシャッ。
歯ごたえは存在しない。グシャッ グシャッ。
お湯に浸されグシャグシャになった木の棒、梅風味。うん、我ながら良い表現、これに近い。
「おいしいでしょ。健康に良いのよ、食べて」
母は手本のように次々口に放り込みながら「おいしい、おいしい」と食べ続けた。
ほぼ毎日のように夕飯の席に出現し、一口食べることを強要され食べ続けたが、小学生だった私の身体は陰性になったのだろうか。
正月、母は親戚の集まりの場に持っていった。華々しいおせちの横に黒い丸太のようなごぼうが器にゴロゴロしていて、明らかに場違いだ。誰も手をつけない。
「おいしいのよ、食べて」
義姉に気を使ってか、叔父さんが箸にとり口にいれてくれた。
途端に顔が歪む。
「なに、これ・・・」
この世の物とは思えない食べ物を口にした時のような顔をしつつ、グシャグシャ食べて飲み込んだようだか、もう箸を伸ばすことはなかった。
私の味覚は間違っていなかった。
母はようやく気づいたのか、その後食卓に登る頻度は下がり、いつの間にか消滅した。
ごぼうの丸太煮。
それは私を少なからず苦しめた母が作る健康料理。
継承するつもりは全くないが、あの味と食感を主人に体感してもらい気持ちは少しある。
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