【新書が好き】シュメル
1.前書き
「学び」とは、あくなき探究のプロセスです。
単なる知識の習得でなく、新しい知識を生み出す「発見と創造」こそ、本質なのだと考えられます。
そこで、2024年6月から100日間連続で、生きた知識の学びについて考えるために、古い知識観(知識のドネルケバブ・モデル)を脱却し、自ら学ぶ力を呼び起こすために、新書を学びの玄関ホールと位置づけて、活用してみたいと思います。
2.新書はこんな本です
新書とは、新書判の本のことであり、縦約17cm・横約11cmです。
大きさに、厳密な決まりはなくて、新書のレーベル毎に、サイズが少し違っています。
なお、広い意味でとらえると、
「新書判の本はすべて新書」
なのですが、一般的に、
「新書」
という場合は、教養書や実用書を含めたノンフィクションのものを指しており、 新書判の小説は、
「ノベルズ」
と呼んで区別されていますので、今回は、ノンフィクションの新書を対象にしています。
また、新書は、専門書に比べて、入門的な内容だということです。
そのため、ある分野について学びたいときに、
「ネット記事の次に読む」
くらいのポジションとして、うってつけな本です。
3.新書を活用するメリット
「何を使って学びを始めるか」という部分から自分で考え、学びを組み立てないといけない場面が出てきた場合、自分で学ぶ力を身につける上で、新書は、手がかりの1つになります。
現代であれば、多くの人は、取り合えず、SNSを含めたインターネットで、軽く検索してみることでしょう。
よほどマイナーな内容でない限り、ニュースやブログの記事など、何かしらの情報は手に入るはずです。
その情報が質・量共に、十分なのであれば、そこでストップしても、特に、問題はありません。
しかし、もしそれらの情報では、物足りない場合、次のステージとして、新書を手がかりにするのは、理にかなっています。
内容が難しすぎず、その上で、一定の纏まった知識を得られるからです。
ネット記事が、あるトピックや分野への
「扉」
だとすると、新書は、
「玄関ホール」
に当たります。
建物の中の雰囲気を、ざっとつかむことができるイメージです。
つまり、そのトピックや分野では、
どんな内容を扱っているのか?
どんなことが課題になっているのか?
という基本知識を、大まかに把握することができます。
新書で土台固めをしたら、更なるレベルアップを目指して、専門書や論文を読む等して、建物の奥や上の階に進んでみてください。
4.何かを学ぶときには新書から入らないとダメなのか
結論をいうと、新書じゃなくても問題ありません。
むしろ、新書だけに拘るのは、選択肢や視野を狭め、かえってマイナスになる可能性があります。
新書は、前述の通り、
「学びの玄関ホール」
として、心強い味方になってくれます、万能ではありません。
例えば、様々な出版社が新書のレーベルを持っており、毎月のように、バラエティ豊かなラインナップが出ていますが、それでも、
「自分が学びたい内容をちょうどよく扱った新書がない」
という場合が殆どだと思われます。
そのため、新書は、あくまでも、
「入門的な学習材料」
の1つであり、ほかのアイテムとの組み合わせが必要です。
他のアイテムの例としては、新書ではない本の中にも、初学者向けに、優しい説明で書かれたものがあります。
マンガでも構いません。
5.新書選びで大切なこと
読書というのは、本を選ぶところから始まっています。
新書についても同様です。
これは重要なので、強調しておきます。
もちろん、使える時間が限られている以上、全ての本をチェックするわけにはいきませんが、それでも、最低限、次の2つの点をクリアする本を選んでみて下さい。
①興味を持てること
②内容がわかること
6.温故知新の考え方が学びに深みを与えてくれる
「温故知新」の意味を、広辞苑で改めて調べてみると、次のように書かれています。
「昔の物事を研究し吟味して、そこから新しい知識や見解を得ること」
「温故知新」は、もともとは、孔子の言葉であり、
「過去の歴史をしっかりと勉強して、物事の本質を知ることができるようになれば、師としてやっていける人物になる」
という意味で、孔子は、この言葉を使ったようです。
但し、ここでの「温故知新」は、そんなに大袈裟なものではなくて、
「自分が昔読んだ本や書いた文章をもう一回読み直すと、新しい発見がありますよ。」
というぐらいの意味で、この言葉を使いたいと思います。
人間は、どんどん成長や変化をしていますから、時間が経つと、同じものに対してでも、以前とは、違う見方や、印象を抱くことがあるのです。
また、過去の本やnote(またはノート)を読み返すことを習慣化しておくことで、新しい「アイデア」や「気づき」が生まれることが、すごく多いんですね。
過去に考えていたこと(過去の情報)と、今考えていること(今の情報)が結びついて、化学反応を起こし、新たな発想が湧きあがってくる。
そんな感じになるのです。
昔読んだ本や書いた文章が、本棚や机の中で眠っているのは、とてももったいないことだと思います。
みなさんも、ぜひ「温故知新」を実践されてみてはいかがでしょうか。
7.小説を読むことと新書などの啓蒙書を読むことには違いはあるのか
以下に、示唆的な言葉を、2つ引用してみます。
◆「クールヘッドとウォームハート」
マクロ経済学の理論と実践、および各国政府の経済政策を根本的に変え、最も影響力のある経済学者の1人であったケインズを育てた英国ケンブリッジ大学の経済学者アルフレッド・マーシャルの言葉です。
彼は、こう言っていたそうです。
「ケンブリッジが、世界に送り出す人物は、冷静な頭脳(Cool Head)と温かい心(Warm Heart)をもって、自分の周りの社会的苦悩に立ち向かうために、その全力の少なくとも一部を喜んで捧げよう」
クールヘッドが「知性・知識」に、ウォームハートが「情緒」に相当すると考えられ、また、新書も小説も、どちらも大切なものですが、新書は、主に前者に、小説は、主に後者に作用するように推定できます。
◆「焦ってはならない。情が育まれれば、意は生まれ、知は集まる」
執行草舟氏著作の「生くる」という本にある言葉です。
「生くる」執行草舟(著)
まず、情緒を育てることが大切で、それを基礎として、意志や知性が育つ、ということを言っており、おそらく、その通りではないかと考えます。
以上のことから、例えば、読書が、新書に偏ってしまうと、情緒面の育成が不足するかもしれないと推定でき、クールヘッドは、磨かれるかもしれないけども、ウォームハートが、疎かになってしまうのではないかと考えられます。
もちろん、ウォームハート(情緒)の育成は、当然、読書だけの問題ではなく、各種の人間関係によって大きな影響を受けるのも事実だと思われます。
しかし、年齢に左右されずに、情緒を養うためにも、ぜひとも文芸作品(小説、詩歌や随筆等の名作)を、たっぷり味わって欲しいなって思います。
これらは、様々に心を揺さぶるという感情体験を通じて、豊かな情緒を、何時からでも育む糧になるのではないかと考えられると共に、文学の必要性を強調したロングセラーの新書である桑原武夫氏著作の「文学入門」には、
「文学入門」(岩波新書)桑原武夫(著)
「文学以上に人生に必要なものはない」
と主張し、何故そう言えるのか、第1章で、その根拠がいくつか述べられておりますので、興味が有れば確認してみて下さい。
また、巻末に「名作50選」のリストも有って、参考になるのではないかと考えます。
8.【乱読No.99】「シュメル-人類最古の文明」(中公新書)小林登志子(著)
[ 内容 ]
五千年前のイラクの地で、当時すでに文字やハンコ、学校、法律などを創り出していた民族がいる。
それが、今までほとんどその実像が明らかにされてこなかったシュメル民族である。
本書は、シュメル文明の遺物を一つ一つ紹介しながら、その歴史や文化を丹念に解説するものである。
人類最古の文明にして現代社会の礎を築いた彼らの知られざる素顔とは―。
多様かつ膨大な記録から、シュメルの人々の息づかいを今に伝える。
[ 目次 ]
序章 むかしイラクは…―メソポタミアの風土
第1章 文字はシュメルに始まる―楔形文字の誕生
第2章 「ウルク出土の大杯」が表す豊饒の風景―努力の賜物
第3章 元祖「はんこ社会」―目で見るシュメル社会
第4章 シュメル版合戦絵巻―都市国家間の戦争
第5章 「母に子を戻す」―「徳政」と法の起源
第6章 「真の王」サルゴン―最古の国際社会
第7章 最古の文学者エンヘドゥアンナ王女―読み書きと学校
第8章 紹介する神―神々の世界
第9章 「バベルの塔」を修復する王―統一国家形成と滅亡
終章 ペンを携帯した王―シュメル文化の継承
[ 発見(気づき) ]
シュメル文明の概説書。
「すめらみこと」が「シュメルのみこと」であるという俗説が横行した時代に、そのような混同を避けるために「シュメール」という表記が生まれ、長らく一般化していたが、本書では本来の表記に戻している。
シュメル文明に関しては、これまで眉唾ものの書籍が何冊かあっただけで、きちんとした概説書がなかった。
やっと専門家による記述が得られたのは本当に喜ばしい。
「はじめに」では、アテネオリンピックのイラク選手団のことが記されている。
先頭に立った女性の服装が、なんと「ウル王墓」から出土した髪飾りを模した飾りをかぶり、服には楔形文字があしらわれていたという。
シュメル文明という最古の文明がイラクの誇りであることを端的に示すエピソードである。
またこの「はじめに」では、本書が「粘土板読み」と呼ばれる現代の研究者の成果に基づいていることを明記している。
本書の記述が信頼できる所以である。
[ 問題提起 ]
かつて同じ中公新書で杉勇著『楔形文字入門』という名著があったが、絶版になって久しい。
「楔形文字入門」(講談社学術文庫)杉勇(著)
最新の成果を取り入れた新たな「楔形文字入門」が現れることを願ってやまない。
また、人類最古の文明社会を描く。
「シュメル」とはメソポタミア文明の中で最古の文明、シュメル人を中心とした文明であり、五千年以上も前からイラクの地で栄えた。
豊かな地味あふれた地域に育まれた文明は、現代文明の源流となるさまざまな文化社会をつくり上げた。
ハンコや文字の発明もそうであり、粘土板には歴史や王の事跡、文学、生活などの記録が記された。
文字は粘土板に刻まれ、そのために紙に書かれたものと違って戦乱や時間の風化による影響も受けず現在までにその記録が残された。
シュメル文明は、人類最古の文明というばかりではなく、文化的な社会を築き、豊かな生活を営んだ。
例えば、学校制度もあり、そこで王族や貴族の子弟などが通い、シュメル語などを学んだ。
学校教育というと、授業が退屈になりがちで、そのためにシュメルの教師たちは、生徒の興味をつなぐためにナゾナゾなどの問題を考えて教えていた。
それだけではなく、文学作品も作られ教えられていた。
「学園もの」に属する『学校時代』は学校に通う生徒の一日を描いたものだが、その中で生徒は朝早くから遅刻しないように母親に起こしてもらい昼食の弁当にパンをもらい、急いで学校へ行く姿が記されている。
学校では先生がこの生徒の間違いを指摘してムチでたたき、またシュメル語の先生も生徒がアッカド語をしやべるのでまた、ムチでたたかれる。
その上、担任の教師までも書き文字が下手だとたたく。
これを読むと、シュメルの学校は体罰主義であったようだ。
しかし、この生徒はあまりたびたびたたかれるので、父親に先生をもてなしてくれることを頼む。
父は先生を家に招き、酒を出し、食事をさせ、さらに新しい衣服をプレゼントする。
このもてなしに先生も、翌日からこの生徒を褒めるようになった、という。
まさに、現代社会の縮図。
人類の営みは五千年前から変わっていないことが理解できる。
なお、我が国では 「シュメル」 ではなく、「シュメール」 と 「長音記号」 を入れて表記されることが多いが、これには理由がある。
第二次世界大戦中に 「高天原はバビロニアにあった」 とか、天皇のことを 「すめらみこと」 というが、それは 「シュメルのみこと」 であるといった俗説が横行した。
そこで、我が国におけるシュメル学の先達であった中原与茂九郎(よもくろう)先生(京都大学名誉教授)が混同されないように音引きを入れて、「シュメール」 と表記された。
この話を中原先生から三笠宮崇仁様は直接うかがったという。
こうした事情をふまえて、本書では 「シュメール」 よりも、「シュメル」 の方がアッカド語の原音に近い表記でもあり、「シュメル」 を採用したそうである。
[ 教訓 ]
いつか行ってみたい国がイラク。
人類最古の文明、メソポタミア発祥の地だから。
聖書に登場する「バベルの塔」のモデルになったといわれる聖塔ジッグラト。
一度、自分の目で見てみたいが、すぐにはいけそうにない状況である。
イラク博物館も、戦争で破壊・略奪されて、図鑑に掲載されているような貴重な遺産が失われてしまったりもしたようだ。
ティグリス河、ユーフラテス河の間の土地という意味の「メソポタミア」文明は、5千年前に文字やハンコ、学校、法律を創り出し、人々は都市生活を営んでいた。
この文明を生み出したのが、出自が謎のシュメル人であった。
世界の神話の原型をシュメルに見ることができる。
「七日と七晩の間、大洪水が国土で暴れ、巨大な船が洪水の上を漂った後で、ウトゥ神が昇って来て、天と地に光を放った。
ジウスドゥラは巨大な船の窓を開いた。
シュメル語版「大洪水伝説」」
これはキリスト教の聖書にでてくる洪水伝説やその他の文明の類似神話の原型となっている話である。
預言者モーセやローマの建国伝説ロムルスとレムルスの原型になった、川に流される赤ん坊の伝説もみつかる。
こうした神話は、楔形文字による粘土板にしっかり記録されている。
文字はシュメルで生まれたともいわれる。
粘土板読みと呼ばれる研究者は一生をかけて少しずつ、粘土板を解読しているそうだ。
この本はそうした気の長い解読の何十年の成果から、当時のシュメル文明の姿を描き出そうとしている。
シュメルのみの本というのは珍しいので、古代史・神話好きにはたまらない新書であった。
歴史の教科書ではメソポタミアというと「ハンムラビ法典」「円筒印章」程度で一瞬で通過してしまう部分であるが、たくさんの「世界のはじまり」がこの時代にあったことに驚かされる。
[ 結論 ]
6000年前からあった“はんこ”の文化。
ビールの起源、食文化。
粘土板を教科書とした学校生活。
先生と生徒。
お弁当。
子供の作文。
官吏養成のための詰め込み教育。
けっして「目には目を、歯には葉を」ではなかったシュメルの法律・・・
エジプト、ギリシャ以前に存在した「人類最古の文明」への興味は尽きない。
一部を紹介させていただく。
シユメルの遺産。
2004年のオリンピックは、発祥の地ギリシアの首都アテネ市で開催された。
開会式のセレモニーはミノア、ミケーネ文明などの遺物や古代ギリシア彫刻を人間が表現する、さすがに歴史の古いギリシアならではの趣向で、素晴らしい時代絵巻であった。
続く、202の国と地域からなる入場行進のなかに、「イラク戦争」 が一応終結したものの銃撃の音が絶えないイラクからの選手団も含まれていた。
緑色のブレザーを着た50人ほどの男性が行進したが、目をこらすとその先頭を一人の女性選手が誇らしげに行進していた。
なんと、彼女の頭にはロゼット(中心から花びらが放射状に出る花の文様) の髪飾りが見えるではないか。
前2600年頃、シュメル人が活躍していた時代の 「ウル王墓」 から出土した髪飾りを摸したものであり、古代風のドレスには心憎いことにシュメル人が発明した楔形文字があしらってあった。
彼女は古代メソポタア文明を象徴して行進していたのである。
前776年、古代ギリシアで第一回オリンピック競技がおこなわれたときに、文明段階に入っていた国はいったいいくつあっただろうか。
イラクはギリシアよりも、ほかのどの国よりも古く、繁栄 した文明を持つことを誇りにしているのである。
イラクの人々はイスラムの思想だけではない。
この衿持がいつの日か、イラクの真の復興を成し遂げる決意表明に思えた。
知られざる民族シユメル。
現代のイラク人も誇りとしているシュメル人は 「謎の民族」 である。
シュメル語は日本語と同様に膠着語 (日本語の「てにをは」のような接辞を持っ言語 )に属すが、シュメル語に近い古代オリエント世界の言語は確認されず、シュメル人はどこからやって釆たかわからない。
しかし、シュメル人は前4000年紀 (前4000~3001年) 後半にはメソポタミア南部のシュメル地方に登場し、前3000年頃には人類最古の都市文明が開花していた。
いいかえると、「古代メソポタア文明」 を生み出したのはシュメル人であった。
シュメル人が活躍した時代は前4000年紀後半から前3000年紀にかけてである。
シュメル人の都市国家が互いに覇を競い、やがて統一国家へと発展したが、早くも前2004年頃には相次ぐ異民族の侵入によってシュメル人は歴史の表舞台から退場してしまう。
その後、前2000年以降にメソポタアを支配したのはおおむねセム系の諸民族であって、現在のイラクを支配するアラブ人まで続いている。
「シュメルを知っていますか」 と町行く人に試みに尋ねたら、「知らない」 と多くの人が答えるだろう。
「知っている」 と答えた人も、「では具体的に」 とたたみかけて質問したら、すぐに答えに窮するだろう。
シュメルは高等学校の 『世界史』 の教科書に少し顛を出すが、どの教科書でも楔形文字、六十進法、都市国家、潅漑農耕といった語が並べられているだけで、あとは後代の 『ハンムラビ法典』 や新アッシリア世界帝国にページの多くがさかれている。
教科書のシュメルについての記述が少ないのと同様に、シュメルについて書かれた一般向け図書もとても少ない。
一万、同じ古代オリエントでもエジプトとなると、歴史、美術、ヒエログリフ (聖刻文字) などと一般向けの各種図書が出版され、書店によっては 「古代エジプト」 のコーナーが設けられている。
また、古代オリエント文明の展覧会といえば、我が国では 「古代エジプト展」 と相場が決まっている。
「黄金のマスク」「極彩色の棺」「ミイラ」などは大きくてわかりやすいし、人目を惹くので、大勢の入場者を集めることができる。
だが、あえて誤解を恐れずに発言すれば、エジプト人の残した多くの物は 「死の文化」 に属する物である。
戦乱に明け暮れた古代オリエント世界のなかでも、ナイル河流域の閉ざされた世界で、ほかの地域に比較して平和が保てたエジプト人は死後の世界を空想し、絢爛豪華に膨張させた。
この特異な空想の世界が現代の日本人を惹きつけているようだ。
翻って、シュメル人の残した物はといえば、「死の文化」 に属する 「ウル王墓」 出土の黄金製品などもあるが、大きい物は少なく、小さなはんこであったり、粘土板に書かれた記録であって、一見して地味で、わかりやすいとはいえない。
だが、この地味で小さなシュメルの遺物は、パソコンのフロッピー・ディスクのように重要な情報を多数含んでいる。
周囲が開けていて、その文明成立の最初から異民族と和戦両様で共存せざるをえなかったシュメル社会が作った物や制度の多くは、現実生活に即した普遍的なものであって、その後の文明社会で充分に通用するものであった。
たとえばはんこである。
我が日本ははんこ社会であるが、シュメル社会こそ元祖はんこ社会であった。
シュメル人が発明したはんこである 「円筒印章」 は当初封印に、後代には契約の場で使われていた。
所有者の名前とともにさまざまな様式の面白い図柄が彫られていて、粘土板などの上にころがした。
ときには 「円筒印章」 は紐を付けてぶら下げて、除魔のお守りともなった。
我が国でも三文判はともかくとして、「実印」 を作るとなると、開運除魔を願って印材や書体を選ぶのと似ている。
「円筒印章」 はシュメルと交流のあった地方に広く伝わり、メソポタミアでも後代まで長く使われた。
現代社会の原点。
シュメル社会は現代社会の原点である。
当時すでに文明社会の諸制度がほぼ整備されていた。
政府組織ができると、文字の読み書きができる書記 (役人) が必要になる。
書記を養成するために学校が作られ、学校では 「読み書き算数」 だけでなく、さまざまな科目が教えられ、生徒が退屈しないように授業内容が工夫された。
元祖 「学園もの」 とでも呼べる学校を舞台とした文学作品も書かれていた。
シュメル人は 「都市に住む文明人」 を自負し、シュメル人の定めた法律はパレスティナ問題や 「イラク戦争」 後のイラクの地で二一世紀になっても繰り返されている 「やられたら、やりかえせ」 式の 「同害復讐法」 ではなかった。
「やられたら」 すなわち傷害事件はお金で賠償できるという現代の欧米や日本のような進歩的な規定であった。
古代エジプトと同様に、閉ざされた島国で、比較的平和が保たれた我が日本も国際社会のなかでは、さまざまな面で特異であると常々いわれている。
その特異さは美点とも、民族性ともなり、必ずしも否定されることばかりではない。
だが、一方では現代の国際社会の常識、普遍性を熟知することが求められており、その起滞となる古代メソポタミアの歴史には学ぶことが多いはずである。
本書では古代メソポタミア文明のはじまりであるシュメル人の社会を、彼らが残した 「もの」 を通して紹介しながら、シュメル人の歴史をそのはじまりから終わりまでたどって行く。
シュメル人は手紙、帳簿、文学、法律など、実にさまざまな記錬を楔形文字で粘土板に几帳面に書いた。
シュメル人が残したこの膨大な記録を 「粘土板読み」 と呼ばれる現代の研究者は一生をかけて丹念に読んで、歴史を復元する難しい作業を続けている。
本書では、彼ら 「粘土板読み」 の研究成果をもとにして、まだまだ知られていない、しかし現代社会に生きる私たちにとってもきわめて重要なシュメル人たちの文明を紹介してみたい。
シュメール:
「シュメール」とは、ティグリス、ユーフラテス両河川流域(メソポタミア)南部の一地域を指す地域名。
より細かくは、後にバビロニアと呼ばれた南部メソポタミアのさらに南域を指す。
シュメール人と共同して文明を営み、後に文明を継承したアッカド人の母語(古アッカド語)による地域名だった。
シュメール人自身による地域名は「キエンギ」。
現在の地域名で言うと。イラク領南部のマイサーン県、ディカール県、ムタンナー県の領域と思えば概ね近い。
あるいは、バスラ県の北域もシュメール地方に含めるべきかもしれない。
シュメル:
実は、「シュメル」の方が古アッカド語の原音に近い。
日本語で一般に「シュメール」と表記されるのは、日本での研究の草分け、中原与茂九朗さんが、「天皇〔すめらみこと〕は、シュメールのみことのこと」との俗説と研究との混同を避ける狙いで工夫されたため、だそうです。(「はじめに」viii、より)
アッカド人:
後のバビロニア地方北部にあたるアッカド地方で、シュメール文明の知れる限り古い時期から主流だった民族。
彼らは、シュメール地方にも多数居住し、シュメール文明の知れる限り古い時期から、シュメール人と共同して各所の都市国家を営んでいた。
東方セム語に分類されている古アッカド語を母語にした彼らが、いつ頃からアッカド地方に渡来したのか、あるいは、地域の先住民だったのかも、未詳。
シュメール人問題:
シュメール人の出自、系統、シュメール地方に渡来した時期も経緯といった不明事項を解明しようという、シュメール文明の考古学的発見以来の研究テーマ。
北方山地からの渡来説と、南方経由で海からの渡来説とが、古くからある有力説らしいが、どちらも一長一短だそうだ。(他に東方のイラン高原を越えて来たなんて説もあるらしい)
シュメール文明:
「シュメール人問題」を解明するための手がかりがいつまでたっても発見されないからか(?)、近年の研究動向では、「シュメール・アッカド文明」との枠組みでの研究が優勢らしい。
要は、不明事項は、判断保留に留めておいて、整理できる部分を解明していこう、という研究方針。
不明な事項を無視して歴史を整理するわけではないはずなので、研究方針としては、しごくまっとう。
シュメール・アッカド時代:
シュメール・アッカド地方で、シュメール人が主導し、アッカド人が協調した都市国家文明が営まれた時代。
普通、B.C.4000年頃から、B.C.2004年までとされることが多い。
通例、以下のように細分されている。
ウルク期 → ジェムディット・ナスル期 → 初期王朝時代 → アッカド王朝時代 → グティ時代 → ウル第3王朝時代
ウル第3王朝の滅亡後、イシン・ラルサ時代を経て古バビロニア時代に移行。
古バビロニア時代以降は、バビロニア史の分野になる。
シュメール王朝:
シュメール・アッカド文明の「王朝」は、都市ごとの整理を基本に、アッカド王朝などが例外となっている。
例えば、ウル第3王朝とは、都市国家ウルで3番目に営なまれた王朝を指す。
ウル第3王朝を営んだのは、シュメール系の王統だったが、都市によっては、シュメール人が興した都市で、他民族の王朝が営まれた例もある。
100年ほどの短期間といえ、シュメール・アッカド地方に統一王権を営んだたウル第3王朝が滅びた後、シュメール人王朝が興されることはなくなる。
このため、ウル第3王朝の滅亡をもって、シュメール・アッカド時代が終焉した、と整理される。
シュメール人は、民族的まとまりを失い、新たな民族分布の内で解体吸収されていったと思われる。
シュメール語:
シュメール人が、主に使っていた言語。
シュメール人の間では、古アッカド語も用いるバイリンガルが少なくなかっただろう、と言われている。
シュメール語は、日本語のように“てにおは”の類を用いる膠着語であり、地域の言語の内では孤立した言語である。
その言語系統には、カフカス諸語の古態に関係するとの説、ドラヴィダ語と関係するとの説、バスク語の原形と関係するとの説が、古くからの主要仮説として言われているが、現在までのところ、いずれの説も論証する決定的な論拠は発表されていない。
シュメール語を記した史料の内、現在知られる最も古い物は、ウルク遺跡のエアンナ聖域からの出土遺物群で、B.C.3100年潤オB.C.3300年の、おそらくは最末期のものだろうと推測されている。
この時期の文字は、楔形文字に以降しつつあったが、それ以前に用いられていた古拙文字の絵文字的特徴を遺しており、表記体系も未だ流動的だった。
シュメール語として完璧に解読されているわけではないが、複数の単語をシュメール語で解釈することができるとされている。
シュメール文化の特徴である60進法が用いられていることから、研究者の大勢は、これらをシュメール語とみなしている。
[ コメント ]
現在まで伝わるアルファベットはフェニキア商人によって考案された。
交易活動が盛んな地中海に面した古代世界では、フェニキア文字と楔形文字という二つの系統の文字が使われており、それはいずれも商業が生んだものだった。
人類史の根本をなし、また文字文化を生み出した存在である、シュメールの文明が、いまだにその民族的帰属が不明という事実は実に興味深い。
9.参考記事
<書評を書く5つのポイント>
1)その本を手にしたことのない人でもわかるように書く。
2)作者の他の作品との比較や、刊行された時代背景(災害や社会的な出来事など)について考えてみる。
3)その本の魅力的な点だけでなく、批判的な点も書いてよい。ただし、かならず客観的で論理的な理由を書く。好き嫌いという感情だけで書かない。
4)ポイントを絞って深く書く。
5)「本の概要→今回の書評で取り上げるポイント→そのポイントを取り上げ、評価する理由→まとめ」という流れがおすすめ。
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