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【フードエッセイ】赤だしの味噌汁
思い出に残る料理というのがある。
自分で料理を作るようになっても、当たり前だが人様の作る料理というのは美味しい。むしろ自分で作るようになったからこそ、美味しい料理と出会った時の感動というのが深くなった気もする。
旅先で、あるいはレストランで。時には知り合いのお店で数多くの料理と出会ってきたが、今回はその中でも忘れられない料理のひとつについて語りたい。
赤だしのしじみ汁
高校生の頃、スーパーの魚屋でアルバイトをしていた。
三枚おろしなんかを教わったりもしたが、魚に触ることは少なく基本的には売り子や雑用だった。
ある日、そこの社員さんに寿司屋に連れて行ってもらった。
地元にあるその寿司屋は、いわゆる回らない寿司屋というやつで、いささか緊張した。
お寿司も美味しかったが、そこで出た赤だしの味噌汁が強烈に美味しかったのを覚えている。赤だし自体が初めてだったのもある。しじみの味噌汁だった。
それまで家で飲んでいた味噌汁とは明らかに違った。
我が家の味噌汁は合わせ味噌だったが、初めての赤だしにはインパクトがあった。いわゆる優しい味とも違う、一品料理としての主張を感じた。
生魚を用いる寿司の個性にも負けていない。それでいて協調もしている。大袈裟でなく衝撃を受けた。
何度か自分でも作ってみたけれど
それ以来、何度か自分でも作ってみた。料理本を読んで勉強もした。以下、オーソドックスと思われるレシピです。
出汁:4カップ
八丁味噌:80g
西京味噌:20g
酒:大さじ2(味噌を入れてから)
それなりに美味しいものは出来たが、やっぱりあの日の赤だしには及ばない。これは思い出補正というやつだろうか。
ポイントは出汁な気がする。あの日の赤だしは力強い味がした。上品な鰹節ではないかも知れない。宗田節とか、あるいはサバ節とか。
いっそ寿司屋の大将に作り方を直接訊きたいが、もう何年も前にその寿司屋はなくなっている。あとは自分で研究を続けるしかないが、あの日の赤だしを越えられる気がしない。
そもそも、奢ってもらう飯ってうまいよね
考えてみると若い頃、この魚屋だけでなく色んなお店で先輩に可愛がられたり、ご飯に連れて行ってもらうことが多かった気がする。
自分で言うことでもないが、わりと素直だったと思うし、不器用ながらも一生懸命な姿が可愛がられたのだろう(本当に自分で言うことではないな)
受けた恩は結局返し切れていないけれど、それでも自分が先輩の立場になった時には自分がされてきたように、後輩をよく飲みに連れていった。一時は給料のほとんどをそれに使っていたほどだ。なんだか芸人の世界みたいだし、今ではそんな文化は少なくなったと聞くが、私はそんな文化が好きだ。
思い出に残すとは
仕事という意味で料理の一線からは退いてしまったが、今回『赤だしの味噌汁』を思い出したと同時にこんなことを考えた。
自分も誰かにとって記憶に残るような料理を提供できたのか、と。
確かめる術はない。
それでも誰かの記憶に残ったり、いつか思い出してしまうような料理を今までに一度でも作れたとしたら、これ以上幸せなことはない。
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