佐藤 良規
小学校〜中学校を「休学」している双子の娘達と過ごしながら、”社会”や教育”、”学び”や”成長”を”学校の外側”から見ることで得た、多くの”気付き”があった。 その”気づき”をまとめたマガジンです。 不登校だけでなく、子育てで悩むパパママさんのささやかなお手伝いになれば、と思っています。
通っていたお蕎麦屋さんがあった。 というよりは先輩に連れて行ってもらっていたのだけれど、鴨ざるが推しのお店で、やはり鴨ざるは美味しかった。 数年前に移転となって以来、足が遠のいていた。 通るたびに車がたくさん停まっていて、繁盛してるらしいことを嬉しく思ってはいたけれど、なんとなく新しい店舗に自分の場所がないような気がして、寄らずにいてしまった。 ーーーーーーーーーー 暖簾をくぐると、馴染みの店員さんと目があった。お久しぶりですね、、とカウンターに案内された。 久し
友人に声をかけてもらい、能登の輪島市へボランティアに行ってきた。2泊3日の短い期間だったが、やはり百聞は一見にしかず。初めて能登地震のことを「知った」ように感じた。 とにかく、「まだこんな状況なのか」というのが正直な感想だった。元旦に起こった地震からはや4ヶ月半が経つにも関わらず、市内の倒壊住宅がほぼそのままのような印象。 時間の経過とともに倒壊住宅がその近隣の住居をドミノ倒しのようになるような状況が至るところで手つかずになっている。 更に地区によってはまだ断水が復旧され
僧侶をしていると、時々こんなことを聞かれる。 「病気が治るお寺ないですか?」 「運気を変える神社はどこですか?」 そう聞かれたとき僕は大概こう答えることにしている。「教えてもいいけど、お参りに行ったらお賽銭いくらいれる?お守り買うならいくらのを買う?」と。 すると大抵お賽銭なら300円程度、お守りなら1,000円程度だと答えてくる。 そこに答えがある。病気を300円で治そう。運気を1,000円で変えようという話なのだ。それは生き方を変えようとするのではなく、お金で(小銭
かねてから夢想していた"いわて里山藝術祭"を今年の秋に開催しようと考えてる。 藝術祭なんて言うとイケてるアーティストやミュージシャンが東京から来て、よくわからない作品がポツンポツンと展示され、なんとなく敷居が高く、なんとなく、一般の市民にはなじみの薄いもののようなイメージがある。 私たちが考えているのはそういうものではなく、誰もが表現して誰もがそれを味わい、楽しむことができる一般市民の藝術祭だ。 ※藝と芸の使い分けについては別に書く。 そのアイデアの根本にあるのが宮沢
最近、宮沢賢治の作品の朗読が、ちょっとしたマイブームになっている。宮沢賢治といえば岩手を代表する人物であり、仏教に根差した世界観はからは私も大きな影響を受けている。 特に、震災以降の復興期には、すがるような気持ちで作品を読んでいた。 お寺でワークショップやイベントをする機会が時々あるのだが、その時に宮沢賢治の作品の朗読をしている。 特に農民芸術概論要項という作品は私たちが里山で、あるいはこの世界で生きる上で多くの示唆を含んでいる作品でもある。 しかし、朗読にはあまり興味
この週末は、友人たちとの共同企画で、アメリカの環境活動家であり仏教とシステム理論の研究実践家であるジョアンナメイシーの「つながりを取り戻すワークショップ」を2泊3日で開催しました 色んな意味で濃密な時間でした。 このワークショップについてはこちらを御覧ください。 このワークショップは通常、心理的安全性とプライバシーを守るためにクローズドな環境で行われるそうです。 今回は私のお寺が会場ということと、コミュニティ全体がワークショップの場となるということで、完全なクローズドで
おはようございます。 いよいよ今夜がラスト。 約四年間続いたオンライン坐禅会。 もとはといえば、コロナの世の中になり 自分は何ができるんだろうと模索していたとき 「マインドフルネス」のオンライン開催に 参加したことがキッカケでした。 まだ数年前ですが、当時は坐禅会をオンラインで開催することに少なからず抵抗があり、 僧侶同士でもその功罪のうち罪に バイアスがかかっていたように感じていました。 しかし、いざやってみて続けるうちに 参加者の皆さんの真摯で切実な
やっちゃ駄目なことがない場所 ウチのお寺は不登校児の居場所活動としてのフリースクールをしている。毎週火曜と木曜の2回。 フリースクールとはいえ、子どもたちが安心して過ごせ、自由に遊んでいられる場所というコンセプト。 不登校というと、ついつい「学習は?」「社会性は?」と心配が先走ってしまうけれど、まずは「安心して居ていい場所」が必要で、「安心して居ていい大人」も必要。 そして、「邪魔されずに遊べること」がとてもとても大事。 僕は皮肉を込めて、「学校やお家でやっちゃいけない
あの頃の僕を救ったブログ 昨日久しぶりに、アルゴリズムで流れてきた ブログが目に止まった。それは震災のあと、無力感に苛まれ どうしようもなかった僕を、何度も何度も救ってくれた文章だった。 うちのお寺にも来てもらい、直接会う機会も作った。 彼は、彼の文章の通りの、繊細で不器用で、自分にとても正直な人だった。 つむぎの会 震災が起きた2011年の10月から、ボランティア団体の声かけがあり、震災で子供をなくした親御さんのグループに顔を出すようになった。その会は「つむぎの会
わたしの街の宗教観 私が住む 岩手県の藤沢町 という人口9,000足らずの小さな町は、曹洞宗 臨済宗 真言宗 時宗 そして カトリックと、宗教宗派が複数存在する。 町民たちはそれを当然と思い、また驚くことに、宗派を超えて葬儀の際に本堂の貸し借りを行うことも以前は当たり前のようにあった。 OSとしての神道 前述のの通り、私は神社の清掃奉仕活動に定期的に参加している。お寺の住職である私が神社の清掃活動に参加することに違和感を覚える 仲間もほとんどいない。 考えてみると日本
昨日は毎月恒例の、うちの地域の村社である保呂羽神社の清掃活動。私たちは "グッドモーニング神社"と名付け それを楽しんでいる。 朝7時に神社に集まり、皆で何とはなしに 手分けをしてお掃除をする。 夏は草刈りをすることも多い。 小1 時間 お掃除をしたら、皆で社殿の前に集まってひとしきり のりとと お祈りを捧げる。 それが終われば、お楽しみの モーニングコーヒータイム 。 コーヒー好きの仲間がコーヒーを入れてくれ 持ち寄ったスイーツや軽い朝ごはんをみんなで楽しむ。 この時
先日、僕たちが運営しているフットサルクラブの小学生カテゴリに顔を出した。 15人ぐらいの子どもたちが楽しそうにボールを蹴っていたが、そのうちのある4年生の女の子が 「リョーキさん、今日もお坊さんしてきた?」と聞いてきた。 うん、してきたよ、と応えると、 「ふ~ん、楽しかった?」と聞き返してきた。僕は、(葬儀を終えた後だったので) 「楽しいって言うより、少し誰かの役に立てたかなって感じ。」 と応えると、その子はすかさず 「それって、みんなそうじゃん?」 と、なにを当
師走になって忘年会も増えてきているようだ。 夜の街はコロナ間の損失を取り戻すように活気づいている。 私はお酒を飲みませんし、自分からは飲まない。 でも、”お酒の席”に参加することは嫌いではない。その気になれば三次会、四次会までシラフで同行できる。(二次会あたりで寝ていることはあるとしても。) 「よくお酒も飲まずに付き合えるね。」 とよく言われる。ああ、うんと曖昧に答えていたが、最近気づいたことがある。 私は酔った人と話すのがむしろ、好きなのかもしれないと。 それは、酔
世の中何かと騷しいですが、僕たち森の寺小屋は、田舎であるというメリット(?)をしっかりと享受して、のびのび暮らしています。しみじみと、本当にありがたい。 今回は、セルフインタビューというカタチで、森の寺小屋とはなにか?を整理してみようと思います。 必要な人に、届きますように。 ー森の寺小屋ってどんな活動ですか?お寺を”基地”にして、森や畑、田んぼなどで誰もがのびのび過ごすことができる”場”です。基本的には「不登校児の居場所活動」と説明しますが、 未就学児とママさんや社会人
岩手はまだまだ寒く、春はまだかなぁとこぼしたくもなるのですが、時々はっとするほど美しい冬景色に出会うことがあります。今朝もそんな朝でした。 森の寺小屋の行先お陰さまで多額ではないが少額でもない助成金の交付に預かり、細々ではあるけれど活動は地に足がついてきた。今年はそろそろ少し声を張って「寺小屋においでよ!」と、言うことにしようと思っている。 コロナのためもあり、活動の内容上あまり大っぴらに告知&集客してるわけではないけれど、ネットの投稿を見つけて訪ねてくる子(と親)も、や