能登地震ボランティア報告
友人に声をかけてもらい、能登の輪島市へボランティアに行ってきた。2泊3日の短い期間だったが、やはり百聞は一見にしかず。初めて能登地震のことを「知った」ように感じた。
とにかく、「まだこんな状況なのか」というのが正直な感想だった。元旦に起こった地震からはや4ヶ月半が経つにも関わらず、市内の倒壊住宅がほぼそのままのような印象。
時間の経過とともに倒壊住宅がその近隣の住居をドミノ倒しのようになるような状況が至るところで手つかずになっている。
更に地区によってはまだ断水が復旧されておらず、バケツを持って水を汲みに行く方も目にする。
東日本大震災を経験した私から見ると、東日本大震災もインフラの復旧に時間がかかったように感じたがここまでではなかっただろう。
そしてどこか復旧を諦めたかのように、瓦礫だらけの街で日常が静かに進行していっている感じが異様だった。
今回は、東日本大震災のときに一緒に活動した #シャンティ国際ボランティア会 さんが受け入れ元になって頂き、実際の活動団体として #秋田ビハーラの会 の新川さんに同行させていただき、半壊家屋の片付けと引越作業を行った。
こういった作業の場合、作業そのものも大事だけれど、作業しながら被災者の方々のお話を聞くことも大事、と、先に作業されていた電気工事ボランティアの方がおっしゃっていた。本当にそのとおりだ。
何も傾聴活動と銘打たなくても、あらゆる出会いや人との関わりにおいて傾聴と言う態度がもたらす役割は大きい。
夜は輪島市門前町の、40代以下の若い世代で復興に取り組む「未来推進協議会」のMTGに傍聴参加させてもらった。
悩み、苦労しながらも未来を創っていこうという熱意に逞しさと頼もしさ、心から尊敬を感じた。
行政の対応や建設業者の不足など、復興の外枠に当たることは別に考える必要がある。
少なくとも私たちの多くが想像するより復興どころか復旧は進んでいない。あの瓦礫の中街で暮らすことで精神がすり減っていく感じを思い出すと胸が痛む。
そして、東日本大震災のときにも痛感したが、「忘れていない、思い続けていてくれる」ことがいかに被災者の力になるかをあらためて感じた。
私たちにできること
現地の様子がわかりにくいから、いろんな遠慮や配慮が先にくると思うけれど、観光でもボランティアでもまずは能登に行く こと。もちろん道路状況は良くないけれど行けないわけではない。
宿や食堂も徐々に営業を始めている。少なくとも私が今回会った皆さんは「能登に来てほしい」t言っていた。行くことで、話すことで決して小さくない助けになる。
私たちひとりはほんの少しの力かもしれないけど、皆が助け合えば大きな力になる。
私たちも、また機会を作って能登に行こうと思う。
皆さんもぜひ一度、足を運んでみてほしい。
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