ぼくは0点? 第二章 中2①
◆1学期 新田(しんでん)中学校
4月、生徒数が膨大に膨らみ過ぎていた内海中学は、新設された新田中学と内海中学の2校に正式に分かれた。新田中は内海中とほぼ同じ経度を大きく南へ下った平地、秀雄の通った鴨田小学校のように、田んぼの真ん中に建てられていた。校舎の北側には内海中から見るより少し遠くになったとはいえ、屋島が変わらずに控えてくれている。
新学期初日、秀雄はヤマと一緒に歩いて登校する。通学距離が短くなったこともあって、徒歩通学になっていた。
建てられたばかりの香りが匂い立つような新校舎、正門を入ってすぐの広いエントランスに大きな模造紙が貼られており、そこにクラス分けが発表されていた。2年生は全部で8クラス、秀雄は2年7組になっていた。担任は大西先生だ。大西先生が新田中に赴任することは春休み中に地元紙に掲載されていたので知っていたが、また担任になったことに驚いた。ヤマは3組、英語のミスタイのクラスだ。ミスタイも新田中赴任だった。
7組には1年11組からのクラスメートとして、ゴロチがいた。神崎吾郎(かんざきごろう)、器械体操部所属。当時の男性アイドル風の顔立ちで、他クラスの女子からはちょこちょこ呼び出されたり、手紙をもらったりするが、口が悪いので同じクラスの女子からは評判がよろしくない。秀雄式で言うと、彼は『優等生組』に近い『元気組』だった。秀雄とは昼休みのプロレスごっこ仲間であり、剣道部と体操部なので、一緒に体育館を使うことも多かった。
「よろしく、や」
教室に入るとゴロチから秀雄の席に来てくれた。学ランの下にはボタンダウンのシャツを決めこんでいる。2人で話しているところに、割って入ってきた女子生徒がいた。
「ゴロチ、一緒なクラスやねー」
「おぉ、伊藤も一緒か。よろしく頼むわ」
「今日、体操部の練習場所の割り振り会議、出る?」
「あほ。出るわけないやろ。俺が出たら新体操に練習場所は1ミリもやらん」
「はいはい、私が聞く相手を間違いました」
ゴロチが秀雄の方を向いて、栗毛のショートカットの女子を親指で指しながら紹介してくれた。
「あ、こいつ、伊藤理恵子(いとうりえこ)。新体操部や。気をつけーよ。こいつ、むちゃくちゃ気が強いけん。面倒くさいぞ」
「うるさい。それはゴロチがいつも変なこと言うからやろ。えーと、しんどうっていうの?よろしく、新藤。あれ?これ好きなん?私も好き」
伊藤さんは、秀雄の出していたカンペンケースのアニメキャラに反応したようだ。しかし、それよりも秀雄は
(またここから始めるんかー)
と少々うんざりしていた。
ゴロチは心なしかニヤニヤしながら秀雄を見ている。秀雄が転校時に1年11組でやらかしたことを覚えているようだ。
「あのー、伊藤さん」
仕方なく、とは思いながらも、秀雄はしっかりと伊藤さんの目を見ながら呼びかけた。
「はい?」
伊藤さんが顔を上げた。目が大きいのは驚いているから?
「俺は伊藤さんのことをきちんと『さん』付けで呼ぶんで、俺のことを呼び捨てにするんはやめてくれんかの」
転入して早々に秀雄は1年11組の女子軍団にも同じことを言っていた。秀雄にとっては清水東中の習慣を持ち込んだだけだったが、これはクラス会でも取り上げられ、この後、11組では男子女子を問わず、お互いに呼び捨てにしないことを決定した。秀雄は全く気づいていなかったが、この時期、11組の団結力は上がり、さらになぜか女子からの秀雄人気が上昇した。女心は複雑だ。但し、その後に秀雄の成績があまり良くないようだとわかると、その人気は急落した。女心は難しい。
「進藤…くんって、おもしろいね。わかった、でも、『さん』はちょっと…。私のことはリコって呼んで。ニックネームならええよね?うーん、進藤くんじゃなくて、ヒデちゃんって呼んでもええ?」
「えー、ちゃん付けかぁ。昔はしんちゃん、やったけど…」
「なら、ヒデくん」
「…別にええけど」
そうこうしているうちに、大西先生が教室に入ってきて、皆が席に着いた。そして1学期の学級委員には、男子は秀雄が知らなかった多田くんが指名された。秀雄と同じ坊主頭、どうやら野球部らしい。女子の学級委員には伊藤さん、リコが指名された。
1学期中間テスト
国語74点:数学55点:社会90点:理科96点:英語35点
合計350点:平均70点
クラス順位40人中24番:学年順位317人中182番
コメント欄より
秀雄:今まで悪かった社会に力を入れてよくなったが、国語が悪くなった。数学、英語は相変わらずだ。
大西先生:平均70点を越えましたね。すばらしい。
新田中学になり、成績表も一新され、毎回の定期テストの点数以外に自分でコメントを書き込む形となった。先生もコメントを残してくれる。
コメントで秀雄は平静を装っているつもりのようだが、この中間テストの平均70突破という結果、さらには社会と理科の点数をめちゃくちゃ喜んでいる。実は2年生になって、予習・復習というものを初めてやるようになっており、数学と英語はまだにしても、社会と理科にはその成果が早くも点数に表れてきたのだ。
特に社会と理科の場合、秀雄は予習よりも復習に力を入れるようになっていた。暗記さえできれば、確実に点が採れる教科だということに、やっと気づいたのだ。ただし、テスト期間中だけで覚えられるような量でもないということにも、やっと気づいたのだった。
秀雄が考えたのは、それぞれノートを2冊ずつ用意して、1冊は授業用、もう1冊を復習用にするという方法だ。
授業用:先生が板書する内容を後で自分が読める程度の字でさっと書いて、授業中はできるだけ先生の話を聞くことに重きを置いた。そうしてみると、先生たちが「ここ、テストに出しますからね」「今日のポイントはこれ、これをしっかり覚えておけ」とテストに向けてのヒントを、かなり言ってくれていることに気づくことができた。
復習用:授業中に速記したノートを、家で2冊目のノートに書き写す。1冊目はシャーペンだけ、黒一色だが、2冊目では、重要なことは赤ペン、人名は青ペン、といった自分なりのルールで色分けもして、書き写すというより、時間をかけて清書する。
この方法だと、2冊目のノートができた時点で暗記できているものも多くなっていた。これは高くついた「睡眠学習枕」から得た教訓でもある。
テスト中に思い出す必要があった際にも、
(これ、ノートの右上辺りに赤字で書いたやつだ)
と、ノート全体のイメージで思い出せるようになっていった。これは例えば、歴史のテストで「次のいくつかの事件を、起こった順に並び替えなさい」というような設問に、絶大な威力を発揮した。正確な年号は思い出せなくても、ノートに書いた位置順に並び替えはできるからだ。
テスト期間中、既に暗記している理科・社会に使わずに浮いた時間を、期末テストでは4教科を暗記する時間に回せばいい、ということも学んだ。
1学期期末テスト
国語84点:数学96点:社会76点:理科95点:英語31点
音楽44点:美術70点:保健体育80点:技術家庭98点
合計674点:平均74.9点
クラス順位41人中14番:学年順位317人中102番
コメント欄より
秀雄:数学が96点!でも、100番以内に入れなかった。やはり英語が足を引っ張っている。次は100番以内をねらおう。
大西先生:数学、すごいですね。目指せ、100番以内!
◆2学期 中2病?
2学期の学級委員は、1学期の先生指名とは変わって、クラス全員の投票で決められたが、投票でも男子は多田くん、女子はリコとなった。テストのクラス順位1位はこの2人で争われていたのだ。
同じ体育館を使う部活なので、剣道部のヤマと秀雄、器械体操部のゴロチは一緒に帰ることが多くなっていた。秀雄はヤマと2人の時は相変わらず釣りの話をする。ゴロチと2人の時は洋楽の話だ。ちなみにこの頃、秀雄の「睡眠学習枕」は完全に「洋楽再生お目覚め枕」化しており、秀雄は毎朝、ゴロチに作ってもらった洋楽のカセットテープ、WHAMやDuran Duranで起きるようになっていた。これが3人だと、猪木がどう、タイガーマスクがこうと会話のほとんどがプロレスの話題となる。
そのくせ、テスト近くになると、ヤマとゴロチの話す内容は一変する。
「平均85点ってどうしたら採れるんや?」
「中間で採ったことはあるけどの、期末で平均85はまだ一回もない」
「俺は中間でもないわ。85点平均いうことは5教科で合計点425点以上か。ゴロチは英語で稼げるけん、ええよな」
「あほ、85点ねらうんやったら1教科だけ良かったって無理やわ。ヤマみたいに理科や社会をコツコツ暗記する方が強いと思うで。俺は国語の勉強とか何してええかわからん」
「平均90とか、夢のまた夢なんかのう?」
2人とも秀雄の読み通り、『優等生組』だったのだ。そういえば、秀雄がワイシャツや学ランのボタンを閉めたがらないのに対し、この2人は常に上まできっちり閉めている。2人がこの話題で、殿上人のような会話を繰り広げだしたら、秀雄としてはただただ笑って聞くようにしている。2人が秀雄を無理に会話には引き入れようとはしないのは、ありがたくもあり、恥ずかしくもあった。
秀雄なりに少しずつ点数が上がって、順位も良くなってきており、下から上がってきた分、点数と順位の関係は分かってきていた。中間テストで平均75点、期末テストでは平均70点はないとクラスの半分以内には入れない。確かに、2人が言うように平均80点を超えれば、クラスでは10番以内も見えてきそうだ。
(平均80点としても合計400点以上か…)
あんな悪夢は二度とごめんだが、英語が0点だった場合、残り4教科が全て100点でやっと400点、と計算したところで秀雄は唖然とした。
(…あり得ん。これは5教科ともちゃんと勉強するしかない!)
秀雄の中にテストでは1教科も疎かにできない、1点でも多く採りにいく、という意識が芽生え始めた。
秀雄が2年生になってから予習復習をするようになった、ということは先に少し触れた。この時期になると、「理科・社会は復習重視」に対し、「数学・英語は予習が大事」という意識が秀雄の中に確立しつつあった。
予習に関して、そもそも秀雄は「授業で習っていないことを先に、勝手にやってはいけない」と信じていた節があり、教科書は言われるまで開かないもの、教科書の問題は授業でやるもの、と思い込んでいた。それが変わったのは、春休み中に三島先生から言われて、新学期早々にもらった教科書を家でじっくり見てからだ。
「坂本式のプリントは教科書と違って基礎の内容だから、はっきり言うと、これだけでは定期テストの点数はよくならないの。誤解しないでね、入試には強いのよ。定期テストのためには自分で勉強しないとダメ。進藤くんのプリントは数学も英語もまだ中1のレベルだけど、基礎が随分とできてきているから、中2の教科書でもかなりわかるようになっているはずなの。自分で教科書を見て、問題がわかるかどうか確認してごらんなさい」
坂本式のプリントは、例題を参考にすれば次の問題が解ける、解けた問題がさらに次の問題のヒントになるという構成で、秀雄は教室の三島先生や採点の先生にほとんど質問したことがない、ということは既に述べた。
数学の教科書にある問題を坂本式のプリントと同じように解いてみたところ…、おもしろいように解けた。これは坂本式で、分数計算が正確にできるようになったこと、中1の内容である正負の計算「プラス×プラス、マイナス×マイナスはプラス」というルールを理解できたことも大きいのだが、何より、自分で考える練習を積み重ねていたことが大きい。
これにより数学は、教科書で前日に家で解いた自分の解答、解けなかった設問を、授業で確認すればいいだけとなった。1学期の期末テストでいきなり96点を採って以降、秀雄にとって数学はほぼ予習のみ、特別なテスト勉強はせずとも点数が採れる、つまり得意教科に変わる。
秀雄は英語の予習に一番時間を割くようになっていた。英語の予習に英語辞書は欠かせない。恥ずかしながら、秀雄が英語辞書の存在を初めて知るのは坂本式教室に通いだしてからであった。プリントに「初級英和辞典」を使って単語を調べる設問があったのだ。教室では教室の辞書を使えばよかったが、家で宿題をやるときに使う辞書がなかった。
「えぇっ!英語辞書、持ってないの?わかった。進藤くん、宿題を一日も怠けずに頑張っているし、この辞書には載っていない単語も多いから、中学生向けの辞書を私からプレゼントする!」
と三島先生から、初級よりも分厚い英和辞書をいただいたのである。
明日の授業でやる単元の新出単語を一つ一つノートに書き、いただいた辞書でその意味を調べて、それもノートに書くようにした。さらに教科書の英文もノートに写し、その下に自分で考えた日本語訳を書く。英語の授業はほぼ毎日あったので、秀雄はこの作業を毎日行った。
英文を写し、日本語の訳をつけていく過程で、英語の語順は基本的に「主語」「述語」と「その他」の組み合わせであるということが実感できた。但し、英語の「述語(=動詞)」には「一般動詞」と「be動詞」とがある。秀雄は、日本語でいう「うごきことば」、「歩く」「食べる」「笑う」などが「一般動詞」、「~です」と訳すものが「be 動詞」と覚えた。この「主語」と「一般動詞」「be動詞」を基本として覚えると、疑問文も否定文も過去形も未来形もこの派生だということがわかってくる。この整理には坂本式のプリントも大いに役に立った。
但し、困るのは、この時点では英語の発音、英文の読み方がまだわからない、ということだった。この当時の坂本式英語教材では音声学習はできなかった。また、秀雄が知らないだけで、この当時でもお金を出せば、教科書を音読しているカセットテープを入手することはできたのだが、かなり高額だった。
とにかく、秀雄がとった対策は、授業で
・自分の訳が正しいかどうかを確認する
・先生や友達が音読する発音を必死に聞いて、ノートに書いた英文にカタカナを振る
というものだった。それを続けていると、最初の頃はカナだらけになっていたノートが、次第にカナを振らなくてもよくなっていった。読める単語が増えたのだ。
英語の授業は、変わらずにミスタイが教えてくれていた。秀雄がここまでやるのは、ミスタイから指名されたときに、うまく読めないのが恥ずかしかったからなのであるが、誰に対しての恥ずかしさを気にしているのか、秀雄はまだきちんと意識していない。
2学期中間テスト
国語94点:数学97点:社会77点:理科90点:英語48点
合計406点:平均81.2点
クラス順位40人中14番:学年順位317人中103番
コメント欄より
秀雄:あいかわらず低空飛行である。英語と社会の燃料が足りない。努力しなければよい結果は得られない。がんばんべぇ~。
大西先生:祝、平均80点突破!そんなに照れなくてもいいと思いますよ。
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