【昭和町風土伝承館杉浦醫院】地方病の「記憶」を伝え残す資料館(6)「現代アートLIVE×杉浦醫院」
はじめに
昭和町風土伝承館杉浦醫院において、初の企画となる「現代アートLIVE×杉浦醫院」(2023.10.22~11.5)が始まりました。
作家からの提案による初の試みであり、現代アートを杉浦醫院の室内や敷地内に設置するコラボレーション企画です。
明治時代の家屋や昭和初期の医院と敷地がどのようなアート作品の場になるのか興味がわくところです。
「地方病を伝える」ことを使命とする伝承館である杉浦醫院で現代アートを行う意味やその狙いについても考えてみたいと思います。
現代アートLIVE×杉浦醫院
「現代アートLIVE×杉浦醫院」は、空間アート作家である志村陽子氏からの提案によるものです。見学時に志村氏から話を伺うことができました。
志村氏が杉浦醫院を訪れたのは昨年のまだコロナ感染症に対する警戒の残る時期でした。一方でかつて原因不明の病とされた地方病との闘いを伝える杉浦醫院の姿に共通点を見出したようです。山梨の作家たちにも声をかけて彫刻、絵画など現代アートの展示が実現しました。
この展示の準備は一年前の会場の下見から始まっていたそうです。同じ時期に会場となるこの空間を見ないと太陽位置や草花の姿などが変わってしまうからです。ということは、この展示もこの時期だけ見られる限定の景色となるのでしょう。空間アートの奥深さを感じました。
6人のアート作家たち
参加されている6人の作家さんたちです。
空間芸術アート 志村陽子 (甲斐市)
彫刻 斎藤翔 (甲府市)
絵画 横井まい子 (甲府市)
絵画 丸山真未 (昭和町)
彫刻 佐藤正和重孝 (山梨市)
彫刻 岡本直浩 (山梨市)
チラシは作家さんたちのプロフィールと作品が載せてありますが、彫刻の3氏については今回の展示作品とは異なります。
玄関を入り、かつての待合室で受付を済ますと「探索マップ」がいただけます。この探索マップには彫刻などの立体作品がシルエットで表現されているので探す手助けになります。
公開はされていても普段見学者も立ち入ることの少ない医院棟の裏や母屋の庭なども会場です。普段見学で入る医院棟内にも作品があります。
医院がどうなったかと思いきや、あまり変わった様子はありませんでした。どこにアートがあるの?というのが、まず第一印象です。
初めてこの場所を訪れた人であれば、分からないくらい自然に杉浦醫院の持つ風景、雰囲気に溶け込んでいます。
それでも、作品を見に来たのですからと思っていると、作品の近くにはキャプションカードが必ずあるので、それを手掛かりに探すと見つかるとお聞きました。
空間芸術アート 志村陽子
志村陽子氏の作品は「エレクトロボタニカル」という薬草、落葉などを、電気鋳造し銅メッキを施した作品と空間アートの「アカイロシムラの草の庭」です。杉浦醫院を訪れて展示を考えた志村氏ゆえの杉浦家の庭に深く関わったテーマです。
エレクトロボタニカル作品の会場は、医院棟の裏にある「もみじ館」と名付けられた小屋です。もとは三郎博士の趣味のための温室でした。現在は、微笑仏で知られる木喰研究の第一人者であった丸山太一氏の資料が寄贈され収められています。
もみじ館へ入りすぐに気が付いたが、シャーレに入った輝く植物たちです。よく見かけたり名前だけは知っている植物が銅メッキされブローチのようです。
杉浦家は、8代目の健造博士の代で西洋医学になるまでは、江戸時代からこの地で漢方医として医業を営んできました。敷地内には薬草、薬木がありこれらを素材に電気鋳造しており、杉浦家の歴史に着目した作品ということが分かります。
伺うと電気鋳造は、大きさや厚み、形状に合わせて電流値を計算して作るそうで、厚いものや形状が複雑になるほど計算が難しいそうです。たいへん緻密で科学的に計算された上で成り立つ技法だと知りました。
もみじ館の右手奥に医療棚と呼ばれるキャビネットが3つあります。医療棚はすべて注文品のため3つともサイズが異なります。丸山太一氏の本業は医療機器を扱う「マルヤマ器械店」の経営でした。
医療棚の中にも、シャラ、アセビ、ムクロジ、どんぐり、南天などが作品になっています。
医院棟の中でも「エレクトロボタニカル」を見つけることができます。こちらはモミジの葉です。
医院棟の廊下にもさりげなくモミジのタネがありました。
母屋の庭へ向かうと彼岸花のを思わせる真っ赤な花が広がります。こちらは空間アート作品です。
赤い花を魔除けであり導線に沿って展開することで観覧者を守っているとのこと。本物のように感じられる真っ赤花はポリエチレン製です。
彫刻家 斎藤翔
斎藤翔氏の作品は、7匹の猫が敷地内にいます。
醫院の引き戸には「猫が入りますので」とあります。このプレートから着想を得た猫たちです。アートな猫ちゃんでも中には入れてもらえません。
ベンチから見上げる猫ちゃんの目線の先にあるものは、この庭にある雀のお宿です。隣には「地方病流行終息の碑」があるのです。
診察室の外に建つ石碑の上で伸びをしています。
この碑は「清韻先生寿碑」といいます。健造博士の父で6代目の杉浦大輔は歌人で書家「清韻道人」と号して多くの作品を残した人物でした。
こちらは母屋の玄関です。すっかりくつろいでいます。ちょうど陽が当たっています。
母屋の前は庭があるのですが、なんと石灯籠の中に入ってしまっていました。ピンと伸びたひげが立派です。
どこで遊んでいるかと思えば、裏の古井戸の上です。
普段だれも入らないような、蔵と蔵の間です。気が付かない場所に居ました。塀の上から外を眺めています。
裏の納屋の屋根です。柿が実っています。
絵画 横井まい子
普段は杉浦家のお宝が展示されている土蔵「四方山ギャラリー」に横井まい子氏の絵画作品が展示されています。
横井氏は杉浦醫院のある近所で育ったそうです。この醫院もお散歩コースであったとか。創作の拠点にもしていたそうです。そうしたこの辺りを知り尽くした作家の描くファンタジーな世界とメッセージです。
まず蔵の一階を見ますと、屏風に見立てた作品など2点があります。
《獏の寝台》は、黒い獏とともに眠る子供たちで異国情緒があります。
香炉はもともとこの場所に在ったもので、床の間のようなこの空間が作品です。
和と洋が交わるシルクロードのような異国情緒は、江戸から明治と転換期を超えて続いた杉浦家と重ね合わせたとのこと。
屏風のように板を見開きで描いた《森への道すがら》は、森や水辺で多くのキャラクターがたちが遊ぶ姿に見えます。
杉浦醫院のあるこの昭和町からの着想とのこと。池があるのは昭和町にある上水道設備の水源地とのこと。シラサギが舞っていたといいます。館長にも尋ねると杉浦醫院の池にもシラサギが下りてくることがあるといいます。
急な階段を上った二階にも、作品があります。
《ほたるぶくろ》は、かつてホタルの生息地であった昭和町につながります。ホタルブクロの釣り鐘状の花にホタルを入れて遊ぶ姿ですが、ひらひらと袖の着物の子どもたちはなんと蛾であるといいます。確かにホタルの飛ぶのは夜ですから蝶よりも蛾のほうが幅を利かせている世界なのかもしれません。
《月とオレンジ》はスペインの詩人ガルシアロルカ詩からの着想とのこと。月は天にあり常に孤独であり、オレンジは楽しく過ごしている。同じ丸いもの同士であるのに、孤独な月はオレンジになりたいのだといいます。
この寂しげな表情が月の姿だと伺うと納得です。
ちなみにこの月の表情の下には産婦人科医で研究者だった岩井徹氏の研究資料と写真があります。岩井氏は杉浦家の母屋で暮らし、近年までこの家を守ってこられた純子さんの夫だった人物です。被爆地広島へ赴任後35歳の若さで亡くなったそうです。
《コンドル》は甲府市内の遊亀公園にある市立動物園のコンドルからのイメージとのこと。つがいでいたコンドルは、現在はメス1匹であるといいます。動物園は現在改装中で長期のお休みに入っています。
絵画 丸山真未
絵画の丸山真未氏の作品は、医院棟の手術室にあります。手術室というよりは処置室といったほうが近いでしょうか。
額に入ったペン画7点と窓の明かりに照らされたプリント作品です。
ペン画は、やまなし文学賞青春賞を受賞した山田孝「追いかける瞳」を地元紙、山梨日日新聞にて7回連載された時の挿絵です。
筆者は「追いかける瞳」を読んではいないのですが、山梨県立文学館のやまなし文学賞サイトより入選作としてpdfで読むことができます。noteクリエイターのおかもん様よりお知らせいただきました。(挿絵はありません)
https://www.bungakukan.pref.yamanashi.jp/r4.prize.002.pdf
《流層》は差し込む光が時間ごとに代わり、透けて見えて、変化が楽しめ作品です。
彫刻 佐藤正和重孝
佐藤正和重孝氏は、大理石や御影石など石で主に甲虫を作る作家です。
大理石に刻まれた甲虫はまるで化石のようにも感じられ、佐藤氏のメッセージのとおり、異質でもあり、しかし時間の止まった杉浦醫院には自然と溶け込んでいるのかもしれません。
まず、初夏にホタルが舞う庭園の池を観ます。なんの違和感もありませんが、ホタルがいます。お尻の輝きがを再現した鶴瀬石の上に黒御影石のホタル、目は赤御影石で作られています。
建物裏の倉庫の前に鎮座するのは、ニジダイコクコガネです。実物は南米にてメタリックでまさに虹色に見えるようです。鋭いツノがありコガネムシというよりはカブトムシに近く感じます。この作品は倉庫の扉の前で存在感を誇示しているかのようです。
かつての調剤室にも圧倒的な存在感、強さを感じさせる大型のカブトムシの作品があります。ここには地方病治療の切り札である治療薬スチブナールのアンプルが展示されています。まさに王者同士の対面に思えてなりません。
すぐ向かいには地方病治療薬の切り札である駆虫剤のスチブナールのアンプルがあります。この薬は副作用が強いため、20回に分けて通院して注射しました。
続いて医院棟の中では、院長室に近い廊下にあるスズメバチです。二色の石を接合して見事にハチの姿を見せています。
トイレの前のタイルの上にはノコギリクワガタの蛹です。化石のようでこれは否が応でも気が付きます。
彫刻 岡本直浩
最後は木を使った彫刻家、岡本直浩氏の作品です。
筆者は偶然にも山梨県立美術館で「岡本直浩展」(2023.4.25~6.25)を鑑賞しておりました。その内容をnote記事にしていたところ、杉浦醫院のブログにて岡本氏の紹介に引用していただいています。
岡本氏は失われた木喰再現プロジェクトの作家ですが、木喰研究の第一人者だった丸山太一氏の寄贈資料を保管しているのが杉浦醫院なのです。岡本氏、木喰、丸山氏これらが杉浦醫院でつながるのも不思議な縁です。
さて、今回の岡本氏の作品は鬼です。
ここは、先ほどの横井まい子氏の絵画が入る土蔵「四方山ギャラリー」の前です。鬼がブランコに乗っています。
実った柿の木と傾きかけた太陽が照らしています。
医院棟の洗面室にも隠れていました。ここから玄関の方を見て、入ってくる人を伺っているように見えます。この洗面室は、地方病の中間宿主であった宮入貝を飼育していて実際に観察できる場所です。また、かつて昭和町に生息した源氏ホタルについての解説のある場所です。
「きみは愛を忘れている」(2023.11.17追記)
さらに、昭和町教育委員会の主催で地方病を題材にした演劇公演が行われました。
劇団鳥と舟公演「きみは愛を忘れている」(2023.11.16)
11月16日午後が中学生対象の観劇授業、その夜に一般向け公演でした。筆者も鑑賞してまいりました。
劇団鳥と舟は東京都北区を中心に活動する劇団で、「鳥と舟は」「鳥のように舟のように新しい地平をめざして旅をする」そうした思いが込められているとのこと。
同劇団の地方病を主題とした公演作品として、
2021年池袋演劇祭「一本の槍/河原の石」(二部作)
2022年八戸舞台芸術事業「一本の槍」
があります。
今回は体育館という会場を活用した360度円形の舞台にしているほか、「一本の槍」を基にしながら若年層も楽しめる演出に変更されているといいます。
会場は200席の予定のところ、座席を追加するほどの満席の入りでした。
「一本の槍」で描かれた、解剖を申し出て寄生虫の卵の発見に至る杉山なかさんの話(第1部)、愛ネコ(ヒメ)の解剖から寄生虫を発見する三上医師の話(第2部)、地方病を患う父と暮らす少女千代の話(第3部)を記憶を亡くした少年ミサキが時空を超え紡いでいきます。
たいへん驚いたのは、劇団のみなさんが地方病についてよく勉強されているということ、セリフが甲州弁であること。今回の公演だけで終わってしまうのがもったいないと思えてきます。
90分という公演が終わり帰宅の途につく人たちは、互いに地方病の話題でもちきりでした。とくに女の子が杉浦醫院の見学とミヤイリガイのことを両親に教えているとところは何かほほえましく、子どもたちのほうがよく知っているようでした。昭和町から子どもたちへ種はしっかりまかれていると感じました。もし再演の機会があれば、親子、祖父母と一緒の観劇を強く勧めてほしいです。親たちの世代が地方病を考えてもらうきっかけになるように思うのです。
おわりに
「地方病を伝える」ことを使命とするこの杉浦醫院で現代アートの展示を行う意味はなんでしょう。
この地方病伝承館としての杉浦醫院へ足を運んでもらうきっかけ作りかもしれません。また、杉浦醫院の持つ文化施設として価値を、新たに美術分野へと広げるための試みかもしれません。
先代館長もここで展示することへの希望を持っていたとも聞きました。当時は母屋に三郎博士の長女純子さんが住まわれていてイベントに使うことはできませんでした。
作家さんたちは、地方病や治療にあたった杉浦父子に思いを寄せて制作されています。そうした作品に込められた気持ちを知り地方病に関心を寄せて、次は静かに地方病について館内を見たい思う人が来るかもしれません。
美術館の統合計画を進める自治体がある中で、現代アートや演劇を開催する昭和町教育委員会の取り組みには心強いものがあります。
ぜひ来年もこの展示を開催していただけることを期待しています。