【人生ノート254ページ】いろいろな目に会うて知るものの恩
外的行為と内的心境
こうしてはよくないと思って、そうせないように努力するのは、こうしてもかまわぬと思いながらも、何かの便宜上、そうせないことよりも、はるかに偽善的でない。
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善をこころざして善の真似をするのは、まことに結構であるが、悪をこころざして善の真似をするのは、あきらかに偽善である。
その外部的行為は両者とも同様であるけれども、その内的の心がけは、前者と後者とはあべこべである。
ずるい人は、いかにも、その外的行為は結構であるが、内心は実にけしからんのである。あさはかな人たちは、おうおう、このずるい外的行為にだまされがちである。
しかし、度をかさね、長い時間をへるにしたがって、ずるい仕草はだんだん分かってくるものである。
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いろいろな目に会うて知るものの恩
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子供はあまやかし過ぎると図にのるし、厳格にすると親しまぬし、なかなかむずかしいものである。
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強いつよい手力男出て夜が明ける
無我夢中神助に越える大とうげ
さきがけて世界の型を出すお地場
信仰相応こころに建てよみろく殿
『信仰覚書』第七巻 外的行為と内的心境 出口日出麿著