つる紫式部
つるむらさきという野菜を発見。何となく名前に惹かれて買ってみる。買ってから料理法を考えるという呑気さ。
聞く所によると、来年の大河ドラマは紫式部とか。それを思い出したのが購入の動機。
どかた家にはテレビという物体が存在しないので、物理的に視聴は不可能だし、大河ドラマ自体にも興味もそんなにありません。
それでも何となく紫式部を妄想しながら、つるむらさきを料理した記録。
つるむささき 1袋
和辛子粉 小匙1
出汁つゆ カップ半分(2倍濃縮)
塩 適量
摺り胡麻 好きなだけ
先頃、発表になった芥川賞と直木賞、どちらも女性作家が受賞。
女性脳の方が文章を綴るのには向いているのかもしれないと思うことがあります。
日本の女流文学者第一号と言えば、紫式部。
世界最古の長編小説「源氏物語」は様々な言語にも翻訳され、現代においても様々な作家がそれを翻案して小説にしています。
実は日本どころか世界でも初の女性文学者。
彼女の後には、1600年代に英国のアフラ・ベーンが職業作家になるまで女性が文学など考えられないことでした。
日本の女性の社会進出が遅れているとか、女性が抑圧されているなどというのが如何に嘘っぱちかということを如実に示しています。
紫式部とは本当の名前ではなし。
父親が式部卿、そして彼女が書いた源氏物語のヒロイン、紫の上に因んで、そう呼ばれています。本名はわかりません。香子ではないかという学説もあるようです。
父親は藤原為時。兄か弟かは不明ですが、男兄弟と姉が存在。という家族構成。
幼少から頭がよかったようで、男兄弟よりも先に漢文も読みこなす。史記の講義を聞いていて、男兄弟よりも先に覚えてしまう。これを見て父は
「この子が男だったらよかったのに」と言ったとか。
成長すると、親子程も年の離れた藤原宣孝と結婚。一女をもうけますが、結婚後三年で夫が死亡。
その後に書き始めたのが「源氏物語」
最初は趣味のようなもので、身近な人に読ませていたものがどんどんと評判になり、続きを望む人が増えてくる。
その後、寛弘二年(1006)もしくは三年(1007)より一条天皇の中宮彰子に仕え始める。和歌や学問を教える家庭教師のような役割だったようです。彰子とは藤原道長の娘。
紫式部は藤原道長の妾だったという話があります。詳しくは上記の藤原道長についての記事を参照下さい。そのため、道長の娘である中宮に仕えることが出来た?平安時代の男女関係は現代とは違いますから、あまり詮索するのも野暮というもの。
源氏物語で有名になった才女を娘の教育係につければ、箔が付くと藤原道長は考えたとも思われる。才気溢れる紫式部に惹かれた道長が言い寄った?
紫式部も自分を引き上げてくれた道長を憎からず思った?そんな妄想も成立してしまう。
こうなってくると、紫式部が教育係になったのが先か?関係があったから教育係になったのか?と鶏が先か卵が先か?のようなことになってしまう。
(あくまでも紫式部と道長が男女の関係にあったならばという仮定の話です)
漢文の知識も身に付けていた紫式部ですが、源氏物語はかなで書かれています。
宮仕えの女房衆にも読者が多く、そうした人々を意識してかなで書いていたのかもしれません。かな文字が急速に女性の間で広がっていたから。
物語は天皇の血を引く光源氏が繰り広げる恋愛模様。これを10年の歳月をかけて執筆を続けて完成させました。今も昔も恋愛沙汰には人気が集まるということか。
才気に溢れた紫式部でしたが、性格は内気だったようで、宮仕えを始めた当初は馴染めなかったとか。原因は他の女房衆からの嫉妬。それを気に病んで引き籠もって執筆に専念した時期もあったとか。
しかし、敢えて自分を賢く見せないように振舞うという解決策を見出したことで、周囲からの嫉妬も和らいだといいます。
仕上げに白摺り胡麻をたっぷり掛ける。
茹でたつるむらさきはねっとりとした食感。独特な粘りが出る。これが辛子が入った出汁によく絡む。
ビタミンCや鉄分、食物繊維も豊富なつるむらさき、抗酸化物質豊富な胡麻との相性もよい。摺り胡麻が入ったことで風味も格段によくなる。
これを更にもう一変化させます。
つる紫式部 適量
卵 1個
枝豆 適量
胡椒 適量
塩 小匙1
胡麻油 適量
ご飯 1合
紫式部の著作としては「源氏物語」が有名ですが、宮仕えの間に書いていた「紫式部日記」という書も遺しています。
この日記の中に、道長が夜半に訪ねて来たが、追い返したという意味深な記述があり、それが二人が只ならぬ関係にあったのではないかという根拠にもなっています。
また、紫式部と並び称される女流文学者として名高い、「枕草子」の作者、清少納言については、頭が良さそうに振舞っているけど、漢字の間違いが多く、大したことがないと貶しています。
内気だったという話があるかと思えば、日記では罵るような記述。
これは表立って口論や議論は出来ないけれど、文章では色んなことが書ける。今風に言うなら、普段は無口でもSNSに過激なことを書く人のような?
(もしかしたら、私自身もそうかも)
枝豆が残っていたので、一緒に混ぜ込みましたが、これもよく合う。辛子味が利いて、ご飯もすすむ。
つる紫式部単体でもいいけれど、これもよい。
「源氏物語」の作者というだけではなく、紫式部は三十六歌仙の一人でもあり、小倉百人一首には娘の「大弐の三位」と共に親子で名を連ねています。
源氏物語にも和歌がよく登場しますが、それらもすべて彼女の自作。しかも登場人物の和歌の技量まで考えて、その良し悪しに応じた歌を詠み分けて作ったという凝りよう。やはり、とんでもなく頭が良い女性だったと言わざるを得ません。
平安時代を代表する才女を妄想しながら、つる紫式部をご馳走様でした。