
キタキタ高校物語㉘想像力の力


漫画と自分がリンクして、自分の卒業まで来たところが、自分的には超オモシロイところ。
まあ、勝手に生徒と同僚の一部に渡していただけですけど。
いままで4月から7月まで4か月も経っていたのに何一つ新作は描いてない。(漫画を渡していた同僚にlineで言ったら笑われた)
いや、私はもしかしたらこの、超、せっぱつまった今日を待ち望んでいた。ここまで来たら新作描くしかないじゃないですか。
ってことで、なんていうか、退職ギリギリだったことも有って、こんな話になった。全くここで終わってもいい物語。
まあしかし、この続きもちょっぴりだけ考えてある。
たぶん2~3回分笑。
それをいつ描くか。
この暑い季節を去った秋に描きたい気持ちだ!!!!が、
どうなるかはわからない。
成り行きに任せて行ってみる。
空海の高校生とは思えない達観した感じ、気に入っています。
そこに表れた猫のこと、ちょっぴり、考えてある。
先の話を。
なんだか、キタキタ高校には、何があっても不思議じゃない。
想像力の世界ですからね!漫画、万歳!なのです。
寺山修司にお力添え願いましたが笑!
でも、確かに、想像力は現実を越えるのです。
この言葉にぎょっとした自分がいることは確かです。
鳥より高く飛べるのは、想像力だけだ。
寺山修司ってかっこいい名言が一杯ある!
血は立ったまま凍っている。
実際に無かったことも記憶のうちである。
短歌を作り始めているけれど、映画で観た寺山の短歌で、しっかり覚えているのがあります。
仏壇を買いにゆきしまま 行方不明の 弟と鳥
弟と鳥が仏壇を買いには行くはずもないけど、それ以来、行方不明ってどういうことだろう?と別な物語がむくむくと動き出す。自分もそれくらい変な、なんだこれ?という短歌を詠んでみたいと野望があります。
また、暑い中、ひっそりと映画祭りをしていると、どの映画も、暑さを忘れるようなオモシロイ想像力に満ちていました。
想像したり、夢を見たりすることはなにも芸術家だけに与えられた特権ではない。
誰もが芸術家と同じように夢を抱くし、夢想もする。
しかし、自分の夢をほかの人々と分かち合えるのはおそらく芸術家だけだ。ほかの人々には夢を分け合うという場がないのかもしれない。
ー「そして映画はつづく」アッバス・キアロスタミ
キアロスタミの「友達のうちはどこ?」も好きな映画です。私が、映画監督とか小説家とか漫画家とか、芸術家に憧れるのはとにかくこの一点に尽きます。自分が見た夢をほかの人々と分かち合えるから。
(今は芸術家でなくとも、そういう仕事をしている人はいる気がします)
特に、映画監督と漫画家はとてもよく似ていて、漫画家が役者もカメラワークも脚本もたった一人でやっているとしたら、映画監督はそれを大勢の人と創り上げています。
漫画家はたった一人で全部やる。
1人で作るよりも映画のように皆の才能が適材適所に配置されて、映画監督の想像を超えたものができるということもあるでしょう。
たくさんの人間を巻き込んでいく、そこが映画の凄味で、面白さです。
映画監督がつねに自分のヴィジョンを他人に提示して説得して作品を作っていくのに比べて、漫画家の惜しいところは、編集者というプロがいない場合、「自分の胸の内にだけある物語」という客観性を欠くところかもしれないですね。漫画の練習しよ~っと。
なぜ創るかって?創らなければ退屈だからだよ。