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花言葉はソラシド(⒊向日葵を見つめる)
連絡は取れたものの、頑なに詳細を話したがらなかった。〈元〉とはいえ『夫婦のことだから』と言われれば黙る他なく、手を引いてスマートフォンで好きな漫画家のエッセイを読む。
間違えて画面下部のハッシュタグを押してしまうと、急上昇の記事がずらりと出てくる。
素人からプロまで揃う中で興味深いトップ画像とタイトルを見つけ、何やら炎上中のブログに近付いた。
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車でおよそ1時間の距離に引っ越すのみか〈あの時の女の子〉と入籍予定だと伝えたところ、親はさておき、祖父母が泣いて喜んだ。
二次元ばかりでリアルの恋愛には全く縁がなかった僕の前に初恋の彼女が現れて、交際0日婚とまでは流石に誰にも言えず、半ば流されるように空沢の両親と顔を合わせる(にこやかで海外俳優のような彫りが深い人と薄幸の美女、遺伝恐るべし)。
「娘はやらん」などの古典的なやり取りは一切なし。ただ「式はあげないの?」と聞かれ、空沢が「何だか照れくさい。フォトウェディングにしましょう、って。ね、佑くん」と巧く答えてくれた。
それに、彼女は実家ですら〈望まれる完璧な自分〉を演じており、僕とふたりきりになった途端、姿勢を崩し、ぐでっと二の腕に寄り掛かって、上目遣いでこちらに甘える。
「疲れた」
破壊力抜群、とんでもなく可愛かった。
幾度も「好き」やら「愛してる」やら想いを届けては「うん」とか「ありがとう」で済まされる。が、堂々と隣に居て良いらしく、幸せいっぱいだった。
何せ突如、結婚を求められたおかげで、順番はぐちゃぐちゃ、出来る限り急いで指輪を贈り、改めてプロポーズした。
満面の笑みで空沢に唇を奪われ、僕に人生で最高の瞬間が訪れる。
左手薬指に光る愛の証、ドレスを纏う彼女と写真を撮り、顔にぼかしを入れてSNSに載せた。
しかし、僕らはあくまでも別居である。
朝マンションのゴミ捨て場で挨拶を交わし、夜は夕飯の約束をしておきながら自分の残業によって、彼女をひとりにさせてしまう。
この距離感がぴったりと言われて、どうも腑に落ちない。
一方通行のようで再三、気持ちを確認すれば「そもそも嫌いな人とは結婚しない」ときた。
仕事にかまけているうちに元から少なめの大事な物が砂時計の如くさらさらと流れ落ちていく。空沢のことだけは、しがみついてでも失いたくなかった。
下の名前「絹」で呼べば数名の元恋人と同じ扱い、
「藤紫(ふじむらさき)はどう?」
と提案して、恐らくは苗字が欲しかったであろう彼女の目を輝かせる。
「たーすーく。おいで」
いつも彼女の気紛れで、泊まる日が決まった。僕は僕でいちいち帰るふりをして、背後から抱きつかせる。
「落ち着く匂い」
紙切れ1枚の約束がなければ都合の良い男に近かった。初期装備かつ経験値ゼロ、何もかもを教わった結果、生涯かけてたったひとりに忠誠を誓う、好みの夫に仕上がる。
やはり峰は『仲良しでもそこはかとなく漂う気持ち悪さ』などと容赦なくこき下ろした。
僕のかわいい藤紫は、あれ以来、親友をミュートしているらしい。
元より、人に囲まれる傍ら、一匹狼のような部分があったのでピンポイントに峰を紹介された時は驚いたものだが、
「佑を蔑ろにしておいて『スピード婚おめでとう』とか、のうのうとメッセージを送ってきたの。『お幸せに』なんて、思ってもないくせにね」
言葉と裏腹の微笑みで背筋が凍る。
夫婦になり、初めて気付いたのは美しすぎると異性が容易く近寄って来ないということ。
現に僕は迂闊にも職場の先輩にスマートフォンの画面を見られて、
「気が強そう」「お前、騙されてんだろ」「作り物みたいで俺はあんまタイプじゃねえわ」
の〈ありがち3コンボ〉を喰らった。
ちなみにあちらの仕事はアパレルのプレスで女性だらけの環境、意外と出会いはなく、
「例えば。花言葉は知らなくても別に、生活には困らないよね。だけど、あなたに話したい。そんな存在なの」
こう語って腕の中で眠る。
紛う事なき愛情を注がれ、僕の視界が湿った。
これらは、ふたりの秘密に留めておかなければならなかった、段々と欲張りになって、マンションの契約を更新せずに同居を迫り、
「子供が欲しい」
「冷静に考えてみて。まだ要らない、産むの私なんだよ」
他にもたくさん。
着々と重たくてうざったい男に化け、挙げ句の果てには再びイラストを描き、インターネットに載せる。
自分で、自分を救う為に。