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角砂糖の日


■ 感想

「角砂糖の日」山尾悠子(LIBRAIRIE6)P100(ISBN)9784990932008

百合枕で惰眠を貪る花の日で始まる美しい歌集。喇叭百合から零れる言葉たちは、怠惰なようでいて油断のない凛とした芯の強い音として心に落ちてくる。そこから広がる柔らかで流麗な歌たちは、一読しただけではその歌に秘められた物語は立ち昇ってくれない硬質さを併せ持つが、文脈をじっくりと眺め解体していくことで、ひとつの語が持ち受ける広義に視界が無限に広がりゆく感覚に陥り、短いセンテンスに隠された濃密な物語に驚嘆させられる。

『曠野の地平をさびしき巨人のゆくを視つ影うすきかな夕星透かし』

「うすき」「夕星(ゆうづつ)」「透かし」の頭韻が宵の明星の背後を彩るグラデーションの美しさと重なるように幻視され、宵に溶けていく巨人の影は自らの孤独と重なり、朧な寂しさには小さな星の光が射すようで、ふっと救われる。

『鉄門の槍の穂過ぎて春の画の少女ら常春藤の門より入れり』

「春の画の少女ら」とは金井美恵子「春の画の館」を想起させ、侵入を拒むように構えられた鉄門は少女そのもので、その先に続く常春藤の門はあの館から櫟の拍手のようなざわめきを越え、伸びやかに再生していく少女たちの後ろ姿に重なった。そう捉えると堅牢な最初の鉄門の槍は少女の表象だけでなく、無数の針の突き出たガラスの罰の箱にも重なるのだろうか。「春の画の館」から続く新たなる物語は彼女たちを神話へと導き、門の中に広がる柔らかな春の寿ぎが耳朶に響き渡るようで心は歓びに震えた。

色んな本を読んだ後に再読を重ねていくと、前回は引っ掛からなかった語がぱっと目に入ってきたり、見えてくる景色の深度が深まり、歌の輪郭が濃くなっていく歓びがある。次回読むときはどの歌に心惹かれ今回とはどんな見え方の違いがあるのか、未来へと約束された愉しみが嬉しい。

合田佐和子さん、まりの・るうにぃさん、山下陽子さんの豪華すぎる作品とともに静謐な匣に収められた意匠は触れる度に緊張する程に美しく、本を包む濃緋色は自らの体内にも満ち巡る血のようで静かな循環を感じる。綺麗に固められた角砂糖が解けていく長い長い時間に想いを馳せては時間の軛から解放されるような、時間も空間も自在に操る山尾さんの言葉の魔力に魅了された。

■ 漂流図書

角砂糖の日 | 山尾悠子▶️漂流図書

■春の画の館 | 金井美恵子

「鉄門の槍の穂過ぎて春の画の少女ら常春藤(きづた)の門より入れり」

「角砂糖の日」に登場するこの歌は「春の画の館」を想起させる。

主の不可視が死によって守られている静謐なる館。シンメトリーな幻惑が蠱惑的で美しい。

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