高校時代の家庭科の先生が教えてくれたこと
私は学校の先生をしているのだが、自分なりにいろいろなルールを持っている。その1つに、子供のことを全員「さん」付けで呼ぶ、というのがある。非常勤講師をしていた時から、そうしようと思ってずっとそうしている。一部、「男の子を『さん』で呼ぶのはなんか変」と笑ったり、からかったりしてくる子もいたが、ほとんどの子供たちは何にも言わずに受け入れる。子供たちの方が柔軟で、疑問にも思っていない子がほとんどかもしれない。どちらかといえば、大人の方が厄介で、職員室で男の子のことも「さん」で呼ぶと、「くん、だね」とで言い直される事がある。その先生に悪気はないのだけれど、男女を間違って言っていると思われるのだ。時には「全員『さん』で呼ぶなんて変わってるね、なんで?」と言われることもある。正直、学校の先生でも、私が子供たちのことを全員「さん」付けで呼ぶ訳に、全く心が及ばない人がいるというのはショックではある。全教員に押し付けようという気もないので、曖昧に笑って誤魔化してしまう。説明する気もない。説明してわかってもらうことだと思えない。その人自身が気づいて、その人自身が必要だと感じたらやることだと思うから。だから、職員室ではコミュニケーションを円滑に進めるために、男の子のことは「くん」で呼ぶこともある。もしかしたら、きちんと理由を説明して、みんなでそうしましょう、と呼びかける方が良かったのかもしれないけど、大人の教育は私の仕事ではないと思ってしまう。子供たちにだけ伝わればいいと思っている。
それでも最近、始業式等の式典で子供たちの名前を呼ぶ時には全員「さん」付けで呼ぶ、と決まったので、やっと時代があの先生に追いついてきたなあとか思ったりする。
今でも思い出す先生の1人に、高校時代の家庭科の先生がいる。その先生は産休代替で、短期間しか教えてもらっていないはずなのだが、強く印象に残っている。その先生は初回の授業で点呼するときに、全員「さん」付けで呼んだ。そんな先生初めてだった。だから、みんな「なんで?変なの」と笑ったし、からかった。でも、その先生は「私は全員『さん』付けで呼びます」とだけ言って、授業を始めた。私もその時は「ふーん。変なの。」としか思わなかった。その時、理由を教えてくれなかったから、もしかしたら心のどこかでずっと気になっていたのかもしれない。実はずっと、考えていたのかもしれない。
私は、生意気かもしれないけど、あの先生からのメッセージを正しく受け取れたのではないかと思う。そうだったら嬉しいなと思う。あの時、理由は教えてくれなかったけど、先生の生き方で、その姿勢で、私たちに教えてくれていたのだと思う。先生があの時、私たちに理由を説明してくれなかったのは、私たちが自分で気づくべきことだと考えておられたからだと思うし、言葉で説明して、指導して、理解することではないと思っておられたからだと思う。教員になってみてわかるけど、どれほど口頭で伝えても、ほとんど伝わらないし残らない。私自身の生き方や姿勢でしか伝えられない事がある。その当時もなんとなく「かっこいいな」と思ったけど、今も確かに「かっこいい」と思う。
私もそんな風に「かっこいい」大人でありたいなと思う。