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絵描き、またしてもすべり込み 旬くんの #今年のクリスマス☆



想定外、あまりにも創作時間を削られてしまった今年の12月……ほぼ絵描き休業中の1ヶ月であります。
気がつけば、クリスマス・イヴ……
せめてせめて、旬くん企画に参加して、子供の頃のクリスマスを思い出してみました。


旬くんのクリスマス企画に、まさにすべり込み参加です!
旬くんよろしくお願いします♡
↓↓↓

旬くんの画像、借りたかったのだけど上手く取り込めなくて……


今宵はクリスマス・イヴ
神の御子がお生まれになった


仕事帰りに職場のクリニックから遠くない教会に、今年も寄りました。
本当は19時から自由参加のクリスマス・ミサがあるのだけど、わたしはミサが始まる前にお祈りだけさせていただきました。
この世に生まれて来られたことに感謝して、今この時を生きていることを感謝して。
天の神を讃え、地に平和の訪れることを祈ります。


幼稚園のクリスマス


わたしはその昔、この教会で洗礼を受け、付属する幼稚園の園児であった。
毎朝、礼拝堂で神様にご挨拶をして、神父さまパードレのお話を聴き、讃美歌を歌って、園生活の1日が始まる。
当時は神父さまはスペイン人で、そのたどたどしい日本語の話し方が移ってしまい、わたしは不思議なイントネーションになっていた時期があったらしい。

クリスマスには、神父さまからイエズスさまがお生まれになったお話を聴いたあと、それぞれのお教室で大きく描かれたモミの木に、思い思いのカタチをスタンプにして飾り付けたり、アベ・アベ・マリアを歌いながらお遊戯したり。
よく憶えているのは、新訳聖書の中のお話が言葉と絵になっている、園のカルタがあって、それで遊んだこと。今でもよく憶えている。



クリスマス・イヴ


そんな幼稚園児だったころのクリスマスの記憶を辿ってみる。

母が「いつも元気に笑ってみんなに優しい子には、サンタクロースのおじさんがイエズスさまと相談して贈り物を下さるのよ」と言って、手編みの赤い靴下を吊るして枕元のスタンドを消した。
それまで、ホールのショートケーキに乗っている砂糖菓子のサンタクロースを食べてしまおうかどうしようか悩んでみたり、赤鼻のトナカイさんの歌に合わせてデタラメ踊りをしたり、習ったばかりのピアノ練習曲「つのぶえのうた」を父母と母のお腹にいる弟に披露したりしてはしゃいでいた。
それらが嘘のように静かに眠りについた聖夜だった…と思う。



サンタクロースの贈り物


忘れもしない。翌朝目覚めると、靴下には30色のクレヨンセットが!
今までの12色よりもいっぱい色が詰まっていて、あの時の小さな心臓の高鳴り、なんとなく憶えている。
うれしくてうれしくて、毎日お絵描きをして。けれども、お気に入りの色のクレヨンはどんどん小さくなっていく。
なんだか悲しい。なんだか勿体ない。
しばらくは、好きな色を封印して、あまり使わない背の高いままのクレヨンを用い、当時としては不本意な色で絵を描いていた時があったような気がしないでもない……



幾つになっても


サンタクロースのおじさんは、いつでもわたし達の心に居て、夢の後押しをしてくれると信じてみる。
飛行性トナカイのチャーミングな赤鼻の光とともに、信じていれば、サンタクロースのおじさんが夢の贈り物を届けてくれる。
大人になっても。どんなに歳を重ねた大人になっても。



リジュのテレジア


特に今月は、noteどころか絵描きを休業せざるを得ないほど、自分の時間が取れなくて、とうとうクリスマスの準備はおろか気分も上がらぬまま今宵のイヴを迎えてしまった。
それでも懐かしい教会で祈りを捧げると、幼稚園時分を思い出す。

神父さまのお話で印象に残っているのは、リジュのテレジアのお話。
修道女テレジアは、若くして天に召される間際に、
「地上に平和をもたらすために、わたしは天から薔薇の雨を降らせましょう」
と言った。
幼稚園児の心にも深く深く刺さって、そのイメージは今も同じ形をしている。
時間が取れなくて、ラフに仕上げてしまったが、これがわたしのリジュのテレジアです。


この世に生まれた奇跡に感謝したい



リジュのテレジア薔薇の雨

天栄え薔薇の雨降る地に平和
小さき道にリジュのテレジア


良きクリスマスを



追記

この記事を書いている間に、なんと驚くほどたくさんのnoterさんが、次から次から昨年のみんフォトに挙げたクリスマスのイラストを使って下さっているのです。
ありがたいありがたい。感謝なのです。

これ↓↓↓♡


あったかいね





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