キスをし損ねた大絵描きの魔王の涙
キスをし損ねた魔王の涙
大絵描きの眠り魔女と大絵描きの泣き虫魔王のお伽噺
眠れる魔女は、突然目覚めてこう言った。
「ねえ、いっしょにシんで」
魔王は泣いた。
うれしいのか、切ないのか、悔しいのか、やっぱりうれしいのか。
わかんない。わかんないけど。
けど、ただ愛おしくて愛おしくて愛おしくて。
横臥する魔女の不思議。
ああ、どこからがフィクションなのか。
どこまでがフィクションなのか。
眠り姫は勇敢な王子のキスで目覚めるはずだった。
なのに、自ら目覚めた魔女のおかげで、魔王はキスをし損ねちゃったんだ。
うっすら目を小さく開けた魔女の美しさに、思わず魔王はこう言った。
「キレイだな」
「あたしはいつでもウツクしいの!」
回転する意識と模索し交錯する企み。
新月の光に満ちている、その黒い瞳。
「いっしょにシぬからいっしょにイきることをがんばろう、そして同じ景色をみよう。怒りの、困難の、歓びの景色をいっしょにみよう。そして描こう」
そう願いを放つ泣き虫魔王は、泣かないことに決めた。
魔女の本当の目覚めが訪れて、本当のキスをするまでは。
「自分が何者かわかってるのか?」
無敵過ぎる大絵描きの魔女は、無垢な少女のように再び目を閉じる。
「僕が何者かわかっているのか?」
「すっとこどっこいのあたしの弟ちゃん」
最強の大絵描きの魔王は、やっぱり泣いてしまったとさ。
私の女神が倒れてから一ヶ月半。
コロナ感染防止のため、一切の面会ができずに詳しい様子が伝わらないまま、悶々とした日々を送っていた。
ようやく面会解禁となり、連日魔王は15分の面会での会話とスキンシップを欠かさず、私にその様子を伝えてくれる。
日によって様子はまるで違うという。
会話が成り立つ日もあれば、返答が重い日もあるという。
けれど内容は理解している。
今、混濁していることも、記憶も、少しずつ蘇ってくるに決まってる。
口から栄養が摂れるまでに回復すれば、私の女神のことだもの、必ずや無敵どころかそれ以上に復活を遂げるはずだと信じている。
たとえ、車椅子になったとしても。
本当にどこまでが現実なのか、未だに受け容れ難い。
でも、それを一番感じているのは、女神本人なのだ。
そして、倒れそうになりながらもアドレナリン全開の魔王。
私は、このふたりがずっと大好きだった。
ふたりでひとりみたいな不思議な関係。
恋人とか夫婦とかではなくて、同志、戦友、強いて言えば姉と弟だと本人たちは言っていた。
心から何の疑いもなく信頼し合えて補完し合える存在。
前世は絶対魂がひとつだったと確信できる。
そして生まれ変わるたび、惹かれ合うのだ。
お伽噺が、ただのお伽噺でないことを私は知った。
このふたりを見ていると、本当の魂そのものの愛というものをビリビリと感じる。
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弘生の女神の魔女記事
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