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生活の短編

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#短編小説

ラジオ

ラジオ

 
 「さて続いてのお便りに参りたいと思います」

 「ラジオネーム、"今夜も眠れない"さん」

「こんばんは。私には長い間付き合っていた彼氏がいました。
私の彼氏がこのラジオが好きでよく聴いていたので、ふと想い出してメッセージを送りました。思えば、彼とは四年間もの月日を共にしたのですが、今はどうして彼の事が好きだったのかまるで思い出せません(笑)これってどうしてなんですかね?今思い出せるのは彼の

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星や月を怒らせてはいけないよ

星や月を怒らせてはいけないよ

 小さな窓から入る光は薄い黄緑色に輝いていて、その光の源はやがて西へと姿を消した。
 やがてコンビニの光や、街灯が私の部屋を照らし出す。空の色を忘れてしまったかのように皆の声がする。
 霞む明かりが、雲間からこちらを覗いてはその眩い光に嫉妬して、いつの間にか顔も見せなくなってしまった。
 途端に雨が降り出した。先ほどまでの声々が悲鳴に変わり、大粒の雫たちがアスファルトを打つ音が耳の中に響いていた。

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季節の隙間

季節の隙間

  柔らかなレースのカーテンから見える季節の隙間。私は片目だけを見開いて、そこに顔を押し付けた。頼りない風がふっと吹き付けて頬に触れた。モヤのような煙の束に包まれて、入ってきた光は丸くて、優しい微笑みを浮かべていた。
 ほんの数週間前までは角張った光が、頬にあたって痛いくらいだったのに。光があたった部分が熱を帯びていた。その光は鬱陶しいほどに大きな背中をしていた。それは掴めそうなくらい近くにいた。

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雪が降らない街

雪が降らない街

 街の流れが冷たく頬に触れる季節。私はいつも通り職場のデスクに向かっていた。
「昨日あったことは全てが嘘だった」
 スリーコールの電話の音、キーボードを叩く音、革靴が底を叩く音、全てがそう言い聞かせるようにこちらを見つめていた。パソコンに映る文字が段々と滲む。嘘であってほしいと同時に嘘になんてされたくなかった。

 私は思わず席を立ち、会社を飛び出していた。見つめられていたはずが誰にも気づかれない

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私、わかるんです。

私、わかるんです。

 毎日ログインしなきゃいけないゲームってありますよね。あれ、私嫌いなんです。だって一日でもログインし忘れると、
「〇〇があなたを待っています」って言われるんですよ。

 私、わかるんです。実は誰も、何も私の事を待ってないって。
 
 その誘い文句を見る度に今でも会社に行けなくなったことを思い出すんです。
 普段はすれ違っても会釈すらしない様な人ばっかりなのに、「みんな〇〇さんが戻ってくるの待ってる

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あの子のことを、ついおもってしまう。

あの子のことを、ついおもってしまう。

 日が昇る。
 空が光に洗われて、街の形が縁取られていく。眩い光が体を照らす時に、みんな綺麗な体を隠すための同じ真っ黒のドレスを着て、私とは逆の方向に進んでいく。
 私は真っ黒に汚れた姿を隠すように、艶やかなドレスを身に纏う。光は優しく私を包んではくれないけれど、私はこの街が、この夜がスキだった。

 錆びついたポストがキリリと音を立てて開く。中にはこの間見た顔が入っていた。表情はこの間とは違うみ

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12番

12番

 12番。
 二段に分かれて3つずつ並んだランドリーの真ん中。1と2のマグネットが貼られている。左右が微妙にずれているのが気になってしまう。そんなことより、1番から7番の機体はどこであろうか。

 朝、カーテンを開くと曇天の空模様が薄く広がっていた。そんな時は洗濯物を外に干さず、いつもこのランドリーに持ってくる。下段真ん中の12番。ここがいつものお決まりの場所であった。
 ドアを開き、洗濯物を籠ご

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手紙

手紙

            湯山様

 お久しぶりです。お元気ですか。こちらは毎日蝉の大合唱が響いており、それに合わせ指揮をとるかの如く、手をあげ汗を拭う毎日です。そんな日はやっぱり素麺ですよね。私は今日のお昼に冷やし素麺を食べました。もちろん今でもキュウリは抜いてます。
 
 私たちがお別れして早2年が経ちますね。
 未だに夏になるとあなたのことを思い出してしまいます。もちろん再び一緒になろうという

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さよなら歌姫

さよなら歌姫

 町内放送の声で目が覚めた。
 以前よりも田舎の町に引っ越してきた。公民館のすぐ目の前。
 ここの町内放送はいつも五分前になった。朝は6時25分。お昼は11時55分。
 スピーカーから出たくぐもった声が空を覆い尽くしてそれに呼応するように一斉に蝉の歌声が響いた。
 まだ重たい瞼をゆっくりと持ち上げるように顔を擦った。
 同居人はすでに起きて朝ご飯の準備を進めている。どうやら卵が無いようで、私は頼ま

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生活

生活

 目が覚めた。カーテンから漏れる光の線がまだ夜ではないことを教えてくれる。私としたことがついつい眠り過ぎてしまった。いつもと変わらない天井。隣には愛しの彼。彼のスマホのバイブレーションに呼ばれたのだが、どこから鳴っているのか分からない。どうやらフローリングの上を飛び跳ねているようだ。ベッドと壁の隙間に手を伸ばした。彼を起こさないように消音のスイッチを切る。スマホの画面には、「おばあちゃん」と書かれ

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