12番
12番。
二段に分かれて3つずつ並んだランドリーの真ん中。1と2のマグネットが貼られている。左右が微妙にずれているのが気になってしまう。そんなことより、1番から7番の機体はどこであろうか。
朝、カーテンを開くと曇天の空模様が薄く広がっていた。そんな時は洗濯物を外に干さず、いつもこのランドリーに持ってくる。下段真ん中の12番。ここがいつものお決まりの場所であった。
ドアを開き、洗濯物を籠ごと中にいれ、中でプリンのように押し出した。100円のコインを3枚ほど入れる。ここで油断しちゃいけない。スタートのボタンを押さなければ乾燥機は回り出してはくれない。一度、押し忘れて約束に遅れてしまいそうになったことがあった。二度も間違いは犯さない。私は人差し指に力を込めて、入念にボタンを押し込んだ。
「ゴオーッ」と大きな音を立てて回り出す。よし、今回は大丈夫そうだ。私は洗濯籠を持ち、ランドリー内、自動販売機の前の椅子に腰掛けた。自動販売機はこのランドリーの左端に鎮座している。その目の前、ドアから1番離れた椅子だ。イヤホンを耳に入れ、持ってきた文庫本を開いた。音楽の音量は大きすぎず、小すぎず周りの音が少し聞こえるくらい。歌詞がないインストバンドか、クラシックを流す。歌詞があるとどうも本に集中できなくなってしまう。33分間、乾燥機の音と煌びやかな音色が回り始めた。
自動ドアが開く音、ふと顔を上げてその方向を見る。肩にかかるくらいの髪を後ろで纏め上げた女性が入ってくる。髪の一部が金色に染まっている。この時間帯と髪色から察するに、恐らく同い歳くらいであろうと思う。彼女が洗濯物を入れボタンを押すとのランドリーが回り始める。彼女は少し離れた、ドアの近くの右端の椅子に腰掛け、スマートフォンに目をやった。私は気にしないように再度本に目をやった。
気にしないように。気にしない。木にしない。そう思おうと努力しているのだが、その大きな垂れ目は宇宙よりも神秘的であり、私の目線と抵抗する意識もろとも全てを吸い込んだ。
全然、本の内容に集中できない。もちろん、ずっと見つめて通報されるわけにはいかない。本で心を隠すように、横目で彼女を見つめていた。そして時おり、周りを見渡すフリをして彼女の横顔を見つめた。
二人だけの空間。この言葉にやましい気持ちなどこれぽっちもない。私はただ彼女の横顔に、その瞳に吸い寄せられてしまった。言わば、不可抗力であった。もし私に怖い思いをしながら座っているのであれば本当に申し訳ない。通報してくれ。
私は一つの疑問が浮かぶ。どうして彼女はそこに座ったのだろうか。少し離れているとは言え、この狭いランドリーに二人きり。少し離れていた距離が段々と近づいて行くように感じた。話しかけた方がいいのか?いやそんな訳がない。話かけた瞬間になんだコイツという視線で殺されるに違いない。それもアリだな。
ヤバい。ヤバい。ヤバい、やばい。イヤホンの中の音楽が段々と気持ちを昂らせる。轟々となる乾燥機はまるで私の心臓のようであった。彼女のその引力にどんどんと吸い込まれてしまう!その瞳の中に閉じ込められて、そのまま出られなくなってしまいそうだ。
いや、そうなりたいっっっっっっ!
途端、ピーピーと乾燥終了を告げる音が鳴り響いた。その音で我に帰り、頬を伝った汗を拭った。一つ深呼吸をし、立ち上がる。途中から、本を見る横目ではなく彼女の横顔ばかりを見つめていた。気づかれなくて本当によかったと安堵しつつ、小さく地団駄を踏んだ。
乾燥機の前には片っぽの靴下が落ちていた。紛れもなく私のだ。湿ったままの靴下を手に取り、急いで乾燥機の中身を籠の中に詰めた。
悟られぬように、ゆっくりとした足取りで出口に向かう。最後に彼女の方を見ると、彼女と目が合った。私は咄嗟に目を逸らし会釈をした。横目で彼女も会釈をしていたがどんな表情だったのかは分からない。笑っていたのだろうか。怪訝な表情を浮かべたのだろうか。私は後者だと言い切る。
車に乗り、家までの途中。
私は化粧水が切れたことを思い出した。
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