1912年の性格学の話
今回も,昔の論文を読んでみようシリーズです。
論文は,1912年に刊行された心理研究の第2巻に掲載されている「講話」つまり講演記録のようなものでしょうか。「性格學の話」というタイトルの記事です。
1912年というのは明治45年から大正元年になる年のことです。世の中がどんな雰囲気だったか,想像できるでしょうか?タイタニック号が沈没した年です。また第一次世界大戦の2年前ですね。
記事の最初は,いかにも講演という次の一節から始まります。
諸君,私は「性格学」と題して,一席のお話しを致そうと思います。
ここで「性格学」という名前で呼んでいる学問というのは,1867年にドイツの哲学者バーンセン(Bahnsen)が提唱した「キャラクテロロギー(Charakterologie)」のことだと書かれています。この「性格学」というのは,気質の本性を研究する学問なのだそうです。
四気質説
そして,四気質説の話へと移っていきます。やはりこの時代,古代ギリシャ・ローマ時代から続く4つの気質というのが,いかに広く知られていたのかが分かる内容です。四気質説というのは,古代ギリシャ時代の医師ヒポクラテスの体液の分類に,ガレノスが気質を結びつけた説です。
◎多血質:明るく朗らか
◎黄胆汁質:気性が激しい
◎黒胆汁質:憂うつで落ち込みやすい
◎粘液質:粘り強く冷静
この分類,今から考えると「この体液というのはなんだ?」と思ってしまうのですが,これがまた歴史的に多くの研究者に影響を与えてきたのです。論文のなかでも,この4つの気質の類型を,それぞれの研究者がどのように整理してきたかが語られています。
たとえば哲学者カントは,感情と動作,興奮と弛緩という2つの枠組みから四気質を捉えています。
◎多血質=感情+興奮
◎黄胆汁質=動作+興奮
◎黒胆汁質=感情+弛緩
◎粘液質=動作+弛緩
先のバーンセンは,自発性・感受性・印象性・反応性という4つの要素から,四気質を特徴づけようとしたそうです。この枠組みをまとめた表を見ると,どこか1箇所だけが他と違っている図式になっています。うーん,ちょっとわかりづらい印象でしょうか。
◎多血質=自発性強+感受性速+印象性浅+反応性揮散
◎黄胆汁質=自発性強+感受性速+印象性深+反応性持続
◎黒胆汁質=自発性弱+感受性速+印象性深+反応性持続
◎粘液質=自発性強+感受性遅+印象性深+反応性持続
ライプチヒ大学で世界で最初に実験心理学の研究室を開いたヴントも,四気質の枠組みを検討しています。何で特徴づけているかというと,感情(情動・情緒)の「強さー弱さ」と「速さー遅さ」です。これはなんとなくわかりやすいですね。
◎多血質=弱+速
◎黄胆汁質=強+速
◎黒胆汁質=強+遅
◎粘液質=弱+遅
これらの他にも,フォアレーは生理学的な観点から四気質説を整理しようと試みたそうです。
◎多血質=成形作用,栄養欲非常,反応速く弱い。持続短い
◎黄胆汁質=迅速かつ強い破壊作用
◎黒胆汁質=形成作用。栄養欠乏。反応遅く強い。持続長い。
◎粘液質=遅く微弱な破壊作用
またリベリーは,知覚神経と運動神経の観点から,四気質の特徴づけを行ったそうです。
◎多血質=知覚性。反応は遅く弱い。
◎黄胆汁質=能動性。反応は速く強い。
◎黒胆汁質=知覚性。反応は遅く強い。
◎粘液質=能動性。反応は遅く強い。
このように,四気質説をなんとか整理して理解しようとする説がさまざまに展開してきていることがわかります。今から考えれば「体液?」と思ってしまうかもしれませんが,いかにこの説が多くの理論へと受け継がれていったのかがわかるのではないでしょうか。
性格学と性格
そして性格学というのは,この気質のことを研究する学問なのだそうです。人々の性格の元になる部分は,この気質にあると考えるということのようです。
そもそも性格というのは,Charakterの訳語として使われていると講演のなかで述べられています。「キャラクテル」がよいとか悪いというのは,品性の問題だとも書かれています。
また性格というのは,物質の色や温度や形状のような理学的な特性ではなく,化学的な特性のようなもので,もともとその物質がもつ構造と外界の条件によって外に表れるものだとされています。性格が個人の内部にあって,状況との兼ね合いでそのようすがわかってくる,という考え方をしていることがわかります。
性格の本質
性格は行為に表れますので,性格の差異というのは行為を見て知ることができます。この行為というのは,神経系統が外界の刺激に反応して生じるものです。したがって,性格というのは神経系統の理学的特性および化学的特性によるものだと述べています。
そして,反応の速度のような形式的な部分を気質,それぞれの人に特有の感情や知的な側面も含む内容を性格だと考えるようです。
身体と性格
このあと,講演では性格と遺伝,性格と人相,性格と書字など,今でも一般的に結びつけられそうな話題が進行していきます。
そして,身体の外見からその人の性格を推定する,フーテルの稟賦(ひんぷ)學と呼ばれる学問について触れられます。稟賦というのは,生まれつきの性質のことを指す言葉だそうです。
この話は,まるでクレッチマーの体格性格関連説のようですが,この講演録は,クレッチマーが学説を発表するよりも以前のものです。クレッチマーの説以前にも,身体の特徴と性格を結びつけようとした理論があったことがわかります。
この稟賦学では,次のような4種類の身体的特徴と性格が対応づけられているそうです。
◎栄養性稟賦:丸みを帯び,顔も肉づきがよく丸く,首は太く短い。家事,集会,安楽を好み,栄養に興味をもつ。農業や食品,料理関連の仕事が向く。
◎運動性稟賦:身体が大きく,顔は長方形で,鼻やあごが目立ち,筋肉は硬く締まっている。運動,変化,旅行,遊戯を好み,運動に興味をもつ。手工業や仙人などの仕事が向く。
◎感覚性稟賦:身体は小さめで,顔は上の方が広く下のほうが小さい。首は細く筋肉は細く,身体も全体的に細い。神経系統が目立つ。精神的な作業や細かい作業を好む。高度な思考や聖戦生活に関心を抱く。記者や美術関係の仕事に向く。
◎調和性稟賦:上記3つが結びついた中間型。興味の対象は多方面に向く。教育者や政治家,社会改善家などに向くとされている。
それにしても,身体を分類するとどうしてもクレッチマーの説(肥満型・細長型・闘士型)のようになってしまうのが,興味深いところなのかもしれません……。
今から100年以上も前から,性格とは何かについてさまざまな説が提唱されていたことがわかる記録でした。
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