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二十歳過ぎればただの人

十で神童十五で才子二十過ぎればただの人

これは,幼いときは神童と呼ばれた人も,大人になったら普通の人になることが多いという意味のことばです。

この発言,半分は羨望や嫉妬,皮肉であるように思います。「普通」に見える大人になった姿を見て,「ざまあみろ」とシャーデンフロイデ(他人の不幸を喜ぶ気持ち)を感じているのだろうな,というのがこの言葉から感じることです。

シャーデンフロイデについては,澤田先生が訳された本を読んでもらうと,心理学でどのような研究が行われているかがよくわかると思います。ぜひどうぞ。

また字面通りにタイトルの言葉を見た場合,能力をどのように考えるかとか,人間の発達をどのように考えるかとか,発達に伴って環境がどのように変化するかとか,いくつかのことが考えられるのではないかと思います。

そこで今回はこの言葉について考えてみましょう。


そもそも神童とは

どういう子どものことを神童というのでしょうか。神童に明確な基準があるわけではありません

少年時代のモーツァルトが音楽の才能を発揮して神童と呼ばれたとか,ノーバート・ウィーナーのように11歳で大学に入学して14歳で大学院に進学し18歳で博士号をとるとか,幼いときに複数の言語をマスターしたとか数学や芸術で才能を発揮するとか,そのような事例はほかにもありそうです。

精神年齢の謎の記事でも書きましたが,もともと子どもの知能はその年齢ではできないような(より上の年齢にならないとできないような)問題をクリアすると,高く推定されるものです。同じ年齢のまわりの子どもたちよりも早く,より年上になったらできそうな課題ができるようになること,さらにその年齢のギャップが大きくなってくると,神童という言葉が使われるようになるのでしょう。

たとえば,実用数学技能検定はそれぞれの級の問題の内容がおおよそ学年別になっています。小学1年生(11級)で9級(小3相当)に合格するよりも5級(中1相当)に合格する方がギャップは大きいですので,神童のイメージに近くなります

もうひとつは,大人でもできないような特殊な技能を身につけるという場合です。全国の駅名を覚えるとか,世界中の国旗を描けるとか,計算がとても速いとか,複数言語を使いこなすことができるといった子どものことです。大人の感覚からしても「これは難しいだろう」と思うことを子どもがやってのけると,神童と言われることが多そうです。

では,神童が「ただの人」になってしまう背景には何があるのでしょうか。

課題が変わる

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