東京竹芝11時、異世界への扉が開く(小笠原旅行記 プロローグ)
一週間は7日である。世界のどこかやいつかの時代には、5日や10日のところもあるのかもしれないし、月曜から始まるのかあるいは日曜から始まるのかもまた、議論の分かれるところだろう。とはいえ、現代日本において一週間は7日であるし、みんなそれを当たり前に過ごしている。しかし、今、この日本に、それも日本国の中心、首都を擁する東京都に、一週間が7日でない"異世界"があるとしたら――
今回はそんなちょっぴり不思議な”異世界"で、都心から南に1000kmも離れた、”東京都”小笠原村への旅行記のプロローグです。
島めぐりのマイルストーン
2020年3月からずっと続いた令和の鎖国。出国ができないとなると、おのずと今まで行く機会のなかった場所――とりわけ離島に足を向けるようになりました。とりあえず、目と鼻の先にあった佐渡を皮切りに、南は八重山諸島に大東諸島、北は利尻礼文などなど…。しかし、そろそろ開国の機運も高まり、一旦、島めぐりのペースは落ちそうな雰囲気が、夏頃くらいからは漂ってきました。と、なれば、その前に一箇所、この島めぐりにしおりを挟むにふさわしいマイルストーンに行っておきたい。それが、小笠原村でした。
そして、迎えた2022年の10月。朝ラッシュで混雑する新橋の風景とは不釣り合いに大きな荷物を抱えた、何人かの名も知らぬ同士とともにゆりかもめに揺られ、いよいよ自分は、東京浜松町の竹芝客船ターミナルに立っていました。
24時間船に揺られて行く「しか」ない島
東京都小笠原村。有人島である父島と母島の他、およそ30個ほどの島々から構成される小笠原諸島を村域とする村ですが、その中心地父島は、東京都とはいえ実に都心から南に約1000kmほど離れています。
そしてその1000kmを結ぶ唯一の交通手段は船。小笠原村には、一般の空港はなく、誰しもがこの船、「おが丸」こと「おがさわら丸」に24時間揺られた末に、たどり着くことになります。年に何度かクルーズ船等も来るので、そういった機会を利用する方もいますが、いずれにせよ船であることには変わりはありませんww
24時間、船に乗るということ――世間一般的には、もはやそれだけでつかみはバッチリですが、とはいえtwitter等々にあふれる、おふねヤクザやらおでかけヤクザにとってみれば、それだけなら別に珍しいことではありません。普通の長距離フェリーと同じ。横須賀から北九州までCruising Resortすれば21時間ちょっとはかかりますし、名古屋から苫小牧の、太平洋フェリーフル乗船をすれば、それより長い2泊3日です。
…なんて、思っていましたが、いざ実際に乗ってみるとあら不思議。なんというか気の持ちようというか開放感が全然違いました。"船で行ける"ことと"船でしか行けない"こととの間には、深い隔たりがあります。そのへんの日本近海航路と違って、文字通りスマホの電波は半分以上は使えませんし。
出発したら最後、6日間帰ってこれない島
そして、もうひとつ大事なことは、「おが丸」は繁忙期などの一部期間を除けば、6日1回、竹芝と父島の間を往復している、ということ。竹芝を出て24時間後に父島に着いたら、そのまま3泊停泊して、それからまた竹芝に戻るというダイヤ。それはつまり、竹芝を出港したら最後、6日間は日本本土には帰ってこれないことを意味します。
例えば今年の10/31に竹芝を出る「おが丸」に乗るとその5日後の11/5まで竹芝には帰ってこれません。このへんがサラリーマンには辛いところ。自分はなんとか3日間の有休を10月の3連休にくっつけて行ってきました。
6日間あれば、もっと行ける場所もたくさんあります。ついでに、この「おが丸」は運賃等もかなり高めで、宿泊先をホテルではなく安い民宿にしても、船代と宿代の6日間で10万円くらいは最低でもかかります。自分の場合は、快適そうなホテルを選んだり、帰りの船を個室貸し切りにしたため、20万弱くらいになってしまい、料金を支払った頃は流石に高いなぁ…と思っていましたが、振り返れば大満足でした。
"月曜日"の7日後が"月曜日"ではない世界
6日に1回やってくる「おが丸」。「おが丸」は、他の小さな貨物船や、年に数度やってくるクルーズ船などのごく一部の例外を除けば、島と本土を結ぶ唯一の手段。人も貨物もみんなが「おが丸」に揺られてやってきます。
「おが丸」が父島にやってくる日――入港日と呼ばれますが、その日、島では朝から「おが丸」の入港時刻と乗船客数を知らせる防災行政無線が流れます。この無線自体は、もちろん到着前なので実際には自分は聞けていないのですが、島内にある村からのお知らせのような掲示板にも、同じ内容が流れていて、その重要性を実感。なかなか、今日船で島に何人がやってきますなんてのをこんなに大々的に知れる離島は、日本の海は広しといえども、なかなかないのではないでしょうか。
そんな重要な「おが丸」。自然と島では、その「おが丸」の運行スケジュールに合わせた生活サイクルが営まれます。入港日の午後は島のスーパーマーケットが混み合いますし、何か本土に送るものがあれば、逆に出港日までに間に合わせなければなりません。
そして、さっきの運行カレンダーの通り、別に「おが丸」は何曜日に運行と定まっているわけではありません。6日サイクルが続けば、「おが丸」の入港日は一日ずつずれていき、もはやそこでは、日曜だの月曜だのといった曜日は意味を持ちません。
島の飲食店や商店の営業案内を覗けば、そこにはよくある定休日:○曜日という文字の代わりにおが丸出港翌日とかおが丸入港前日といった文字が踊ります。
もちろん、行政機関のように、曜日で動く人々もゼロではありません。しかし、例えば島の流通の要である郵便局は、土日休みでありながら、「おが丸」の出港日だけは例外です。
夏の繁忙期などの数ヶ月を除けば、父島に3泊停泊するのがいつもの「おが丸」のリズム。そんなリズムに合わせるように、島では、あたかも入港日が月曜日で、その3日後には出港日という金曜日がやってくるような、独特な時間が流れていました。
七曜に勝るとも劣らないほど、生活に密着する「おが丸」の入出港。島のカレンダーには当然のごとく、その「おが丸」の入港日と出港日が記され、島のリズムを静かに主張しています。
「おが丸」の入港日には、島中の人が来ているのではないかと錯覚するほどの人々が集まり――
――そして出港日の見送りはさらに盛大です。
…鎖国の前は太鼓等々もあったらしく、どれだけお祭り騒ぎだったんだろう…ww
「E=(km)^2 」旅の楽しさ(Enjoy)は、距離(km)の2乗に比例する。
「E=(km)^2 」旅の楽しさ(Enjoy)は、距離(km)の2乗に比例する。青春18きっぷのポスターの中でも、トップクラスに私が好きな言葉ですが、小笠原は、そんな1000kmの距離に加えて、「おが丸」で過ごす時間、限られた渡島チャンス、盛大なお見送りなどなど、旅の楽しさを指数関数的に増加させる環境が揃っています。
これも、人がみな24時間揺られる「おが丸」でしか行けない"今"だからこそ。
小笠原村には空港がない、という話を冒頭でしましたが、もちろん空港をつくる計画がないわけではありません。何度も立ち消えにはなっているようですが、小笠原村としては推進する立場のようです。推進を掲げる横断幕等も島内では見かけました。
気楽な観光客の立場ならともかく、島全体を預かる立場としては当然の意見でしょう。小笠原村は世界遺産ですが、別に「おが丸」が世界遺産なわけではありません。
明日、明後日にこの環境が変わることはなくとも、新たな交通手段ができたり、船も技術の進歩によってスピードアップしていくことを考えれば、こうした島のリズムもまた変わっていくことでしょう。
海外旅行はできるようになってきました。海外で知らない言語や文化ととも脳をフル覚醒させるのが楽しい日々が帰ってきます。とはいえ、この記録的な円安、そして空前絶後の燃油サーチャージが私達の前に高くそびえ立ちます。
そんな時には、言語も同じで、街をゆく車のナンバーは品川ナンバー、パトカーには"警視庁"の文字が踊り――
――その一方で、秋でも熱中症寸前でへろへろになりながら、手つかずの大自然を味わえ、カレンダーにはいつもと違う別の時間軸が記されているような、そんな異世界を目指してみるのはいかがでしょうか。次回からはそんな異世界の旅行記です。
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