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訊かない

ドラマ「ライオンの隠れ家」の第2話を見た。
そこで、主人公が自閉症の弟と一緒にバスに乗っている回想シーンがある。
途中の停留所から、かつての同級生たちが乗り込んできて声をかけられる。
久しぶりなのだろう。
「いま何してる?」とか「就活終わった?」とか近況を問う声が飛んでくる。
悪意も邪気もない言葉が、至近距離から彼を射る。

あー、嫌だな、こういうの。
と思ったら、主人公も、弟を残してバスを降りてしまった。

一人にしたら(いつもと違うことをしたら) 動揺してパニックになってしまう弟のことはわかっている。
でも、降りずにいられなかったのだ。

小学校高学年から高校1年まで祖母の介護をしていた。
母は朝から晩まで働いていたし、私は茶の間兼ご飯を食べる4畳半の和室に布団を敷いて祖母と一緒に寝起きしていたから、着替えも下の世話も私がやる機会が多くなる。
授業が終わると、誰かに声をかけられないうちに一目散に帰る。
塾も習い事もしていない。
時間もないが、そもそもお金がない。

もし遊びに誘われても、断る理由に「介護」を出すのは嫌だった。
担任にも級友にも言わなかった。
親友に打ち明けたのは、祖母の入院先がやっと決まって在宅介護から解放されたあとである。

父親がサラリーマンで、母親が専業主婦、夏休みには遊びに行けるような父か母の実家が田舎にあって、祖父母がいて、でも田舎にはほかに親戚がいてちょっとしたことは見てくれて、家族の誰にも借金はなく、中古で手に入れた持ち家と車があり、誕生日とか宿題をするのに友達を家に呼べるような家庭の子とは、関わりたくなかった。
そういうのが「一般的」であり「標準」である社会は、子供の私にも生きにくいものだった。

でも、実際は、たくさん関わった。
関わったけど、自分が関わりたくないと思っていることは知られたくなかった。
そういう家の子だと悟られないよう、できる限り話を合わせた。

訊かれるのは嫌だ。
知ってほしいと思うことは、知ってほしいと思える相手だけに、しんどさのピークが過ぎてから思い出話のように語る。
子供を亡くしたことも介護のことも離婚のことも、現在進行形でしゃべれるのは、同じ最中の人にだけ。
でも、兄や母の介護の年齢になるまで、似たような「今」を共有できる人とは、たまたま会えなかった。
だから、ここに書いてきたような過去のあれこれは、現実の友人は誰も知らない。

親友には「あなたはいつも事後報告」だと言われたが、それを笑って許してくれる相手だから親友なのだ。
冒頭に書いたドラマのシーンのように、たまたま出会ったバスの中で家族といるときに、あれこれ近況を問うような人とははなから友達になっていない。

休日に、街や乗り物でたまたま会っても、会釈するだけで話しかけない人が好き。
私も話しかけない。
状況によっては、顔見知りであることさえすっとぼけて、スルーし合うような仲が好み。
本当に仲良しだったら、いつか2人になったとき、自然に話に出るだろう。
どちらかが出したくない話なら永遠に出ずともよい。

つらいことも話してしまえばラクになるというのは、自分が気づくことであって、他人から言われてするのではダメなのである。
だから、私はカウンセリングを好まない。

昨日、今季のドラマのメモを書いたが、漏れていた「放課後カルテ」の第1話を、先ほど見た。
小学校の頃に登校拒否だった私は、後の時代で「保健室登校」というのを耳にしたとき、なんとなく不思議だった。
友達にも担任にも親にも言えないことを、保健室の先生にだったら言えるというのがわからなかった。
いまはカウンセラーのいる学校もあるけれど、どうしてカウンセラーには相談できると思えるの?

「心を開く」という言いようもあんまり好きじゃないけれど、何もかも話すということとは違う気がする。
根掘り葉掘り訊くのは、話すほうの心を癒すという名目で聞き手の好奇心を満たすためじゃないのと思ってしまう。

私の頃は、保健室は体調が悪くなった子が行くところというイメージだったので、教室には入れないけれど保健室には入れるというのがどうにもピンと来なかった。
たとえば「お腹が痛い」などと言って保健室のベッドで横になったとしたら、周りから「サボってる」とか言われそうな気がした。
それを想像するだけで、学校の全てが無理だと思えた。

ドラマは、養護教諭じゃなくて校医さんで、想像していたのよりも興味深く見た。
主人公は「人の心がわからない」と言われていたけれど、私には他人に非難されるほどには思えなかったし、非難する人のほうだって結局はわからないんじゃん、と。
「わかる」と言うほうが烏滸がましい。

児童がツツガムシに噛まれた話で、昔「ツツガムシの被害がないことから『つつがない』というようになった」と知ったのを思い出した。
しかし、本当はツツガムシの被害云々が言われる前から「つつがない」という言葉はあったらしい。

知ったのは、友達から借りた少女漫画のセリフからだった。
漫画に興味のない私に、よく「面白いから読んでみて」と言って貸してくれた。
ツツガムシが出てくる漫画なんてどんな話だよと自分で突っ込んでみたが、ラブコメだったことしか思い出せない。
一条ゆかりだったか?


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風待ち
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