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推しの作家を語る〜 一穂ミチさん
先日、私は生まれて初めての行動に出た。
本を買ったのだ。
いや、本は今まで腐るほど買ってきた。
その買い方が初めてだったのである。
①行ったことのない本屋に
②予約をして
買ったのだ。
①行ったことのない本屋で本を買ったことは何度もあるけど、それはたまたま通りかかって目についたからであったし、②予約をして本を買ったことも勿論あるが、それはたいていネット上でのことだ。
行ったことのない実店舗であらかじめ予約をして本を買ったのは、生まれて初めてだった。
そこまでして手に入れた本が、これだ。
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この美しい装丁はどうだ。
金の箔押しの題字と羽の生えたオブジェ、そして帯の文章が胸にせまる。
表紙を見ただけで泣けてくる。
この本は元々買うつもりだったが、「行ったことのない」本屋にわざわざ電話をかけて予約したのは、店舗限定のしおりをゲットするためである。
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著者自らが発注し、わずかな書店にしか配布されないというこのしおり。幸運なことに、私の家から車で行ける距離にある本屋にも配布されたのだ。
そして先週末、私はカーナビを頼りに無事その本屋に到達した。
オタクは推しグッズを手に入れるためならあらゆる努力を惜しまないのだ。
一穂ミチさん。
初めて出版した一般文芸小説「スモールワールズ」がいきなり昨年の第165回直木賞にノミネートされ、しかも次点まで食い込んだことで一躍有名になった作家さんだ。
会社員のかたわらBL小説を長く書いてこられたという異色の経歴をおもちで、それゆえ私は関心をもった。正直にいうと、「興味本位」というやつだ。
ところが。
「スモールワールズ」刊行を記念して無料公開された掌編「回転晩餐会」を読んで、私はへなへなになった。いつの間にか涙が出ていた。
(今も無料でダウンロードできます)
それ以来、一穂ミチさんは私にとって推しの作家さんとなった。
2021年春に発売された「スモールワールズ」のあと、同年11月に「パラソルでパラシュート」、今年2月に「砂嵐に星屑」、そして今月「光のとこにいてね」を発売という、たたみかけるような執筆スピードは、とても未だ会社員との兼業とは思えない。
これは長らくBL小説を書かれてきた(同人誌時代を入れるとかなりのキャリアだ)ことで培われた筆力によるものだろうか。
以前私はこのnoteに「源氏物語の『いとあはれ』はエモい」と書いたが、一穂ミチさんの小説も本当にエモい(語彙がなくて申し訳ない)。
特別なからくりがあったり謎解きがあったりするわけではないのに、引き込まれ、時間を忘れ、気がついたら泣いているのだ。
……えらそうに語ったが、実はこの手に入れたばかりの「光のとこにいてね」はまだ1行も読んでいない。
ゆっくり読む時間がとれなかったのと、「スモールワールズ」を超えたと評されたこの小説を読むのが怖くもあるからだ。こんな気持ちになったのはいつぶりだろう。
最後に、「砂嵐に星屑」の印象的な一節を。
傷は傷のまま、悲しみは悲しみのまま、時は流れ、「あの日」は巡り、不在の思い出が胸の中だけに降り積もる。
この一節の少しあとに書かれた最後の行が、刺さる。
おそるべし。