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短編小説集

19
短編小説、増幅中。
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ワンダーランドの手記

ワンダーランドの手記

ーーー此処は暮れ泥むトワイライトに照らされた小さな部屋で、寧ろそれは地下室と呼ぶべきかもしれない。けれどこの僕には珍しく暖色で書き留めたいひかりが机をぼおと包むので、やはり此処は未だ地上だった。これは終わってゆく世界で、いつか海に漕ぎ出したぼろぼろの小舟は、先頭を波を踏んで歩いた馬のあとを追うようにじわりじわりと沈んでいった、馬のきれいなたてがみが塩水で固まった様を僕は見た。でもどうすることもでき

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イオ

イオ

都市を渡る星空間シャトル
始祖鳥の尾羽
僕はけふ十三に成りました
[nl057便をご利用の皆さま…]

海はとうに干上がり、人々はかなしみの余りステーション建設に勤しんだ。ひとつの球体と燻鼠色の長方形の胴体を持ったステーションは、他の星々に遜色ない出来映えで、TVショウでその様子が映されると皆毎日のようにそれを喜んだ。

(スムーズな乗降にご協力ください)
音を発さないアナウンスが響き渡ってーーー

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ぐちゃぐちゃねことちゅちゅ

ぐちゃぐちゃねことちゅちゅ

 ぐちゃぐちゃねこの唯一の自慢であったピンクのおはなは薄汚れてきてしまった。
「ああもうぐちゃぐちゃだあ。」
 ぐちゃねこは顔を両手で潰してぶつぶつ言っている。ぼさぼさの毛並みがもっと酷いことになる。
 それでもぐちゃぐちゃねこはこの小さな部屋で一番の地位を獲得していた。何故かはわからないけれども。
 ある九月の日に、新しい仲間がやってきた。ぐちゃねこにとっては慣れたことだった。まったくこの人は

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水葬

水葬

 朝からよく晴れた秋の日に、彼女は死んだ。
 誰も知らないところで死んだ。けれど皆それを感じていた。
 彼女の名前はもう無い。死ぬとき僕等は名前を失くすのだ。
 この街にはしきたりがある。それはひとつだけ、弔いに関することだった。
 水葬。
 それを僕等は今日しなくてはならない。
 白蘭の木で死んだ彼女の重みが無くなった身体を、アルペーオおじさんとその息子が抱き抱えて川へと運ぶ。
 花屋のジルが沢

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クラフト氏の朝

クラフト氏の朝

 三角帽子を引っこ抜き、床に投げて舌打ちを一つして、クラフト氏は起床した。
 ペットのクラゲが百本足で水槽から捩り出て、寄ってくる。
「やあやあ。パイをたらふく頂いたよ。」
「そろそろドレスを変えたらどうかね。」
 クラゲの服は嘗てオウロラ色をしていたが、今は生活に疲れて茸のかさのようだった。
 クラフト氏は左手をつきながらゆっくり立ち上がり、窓際の自動演奏グリインのもとへ寄る。
「あまりご機嫌で

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第三宇宙ターミナル

第三宇宙ターミナル

 月と木星間を往復するシャトル便137号に乗っている。渦巻状に配置された座席の内側の方、N54が僕の座席だ。
 中央部に立った円柱型ロボットが機械音を発した。
「リーーー…通信中。この便は行き先を変更し、第三宇宙ターミナルへ向かいます。」
 真空睡眠状態にあった乗客が目覚め始める。N55、僕の隣で眠っていた君も。
「睡眠が切れないわ。どうしたの?」
「アクシデントみたいだ。今日は月へは戻れそうもな

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ぐちゃぐちゃねこのはなし

ぐちゃぐちゃねこのはなし

 ふわふわだった筈のからだの灰色と白の毛は、なんだかもさもさとしてしまっていた。薄いピンク色のおはなだけがきれいで僕の自慢だ。
 僕は猫のぬいぐるみ。変な顔と、変なからだとしっぽをしている。さんかく耳は非対称で猫らしくないし、目は小さすぎて埋もれてしまって表情がわからない。まるいおなかは触り心地がいいんじゃないかと思うけれど、しっぽはぐるりんと一回転しているし。
 でもこんな僕だって、あのお店では

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サナトリウム201号室

サナトリウム201号室

 くすんだグリーンのリノリウム。留まった儘、淀んだ空気。窓。格子。細い木の枝が見える。
 凡そ簡素なベッドに、白は四六時中寝ている。病。それは三歳のときに始まり、十四歳の今迄一度たりとも良くなることは無かった。
 「そろそろ、春たろうか。」
呟いても、答えは無いに決まって居る。独りだから。白は、ずっとこの201号室に唯一人きりだった。
 春の花の香りは、この窓に届かない。格子が嵌められ、閉じ切っ

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泪眸サーカス

泪眸サーカス

 名前の無い移動式サーカス。テントは、赤と白いの縞々で、老いぼれたライオン一匹と疲れた道化師、嘗ての夢。
 今、テントはベルリンの郊外、小さな遊園地の隣にしんなりと潜んで居る。静。二十二時、開幕。
 ピエロの呼び声とオルゴールの音楽が流れたら、サーカスの始まりだ。客は疎ら、それ位が良い。チケットが折られ、レッドレルベットの簡易席に座ったら、いざ開幕の刻。
 「さあさ、この世は陳腐な夢だ!遊んでおゆ

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少年の為の小さな海

少年の為の小さな海

 緑、飛ぶ虹彩。刺すやうに。見る。
 ソラスは立ち尽くしていた。港。船着き場に船は一艘も無い。海は白ばんで、たおやかに息をしている。
 少年と呼ばれる時間は幾ほどだろうか。13歳。新浜中等学校の二年、夏、七月。未だ、ソラスはただ少年でしか無く、青色だった。
 爪が伸びている事に気づく。僕は生きて居るやうだ。気持ち悪い。
 齧り、爪など剥ぐこゝろ。生など、嗚呼なんと醜い!コンクリートに仰向けて、空に

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縞々シマウマ殺し

縞々シマウマ殺し

 縞々、変な名前。今日はカフェラテを飲んだ。買って貰った奴。
 僕は縞々。⓪歳のつもり。
 零才児が何を考えて居るか、もう忘れて仕舞ったけれど、多分ゆめのやうな事だろう。胎内デアルとか、前の人生、宇宙!
 コルクボードが貼ってある。何故?お洒落なのだろうか?理解しかねる。
 TVはリサイクル。いつもの事。
 吐き気がする。これもいつも。慣れたよ。簡単に云えば、諸々詰まらないのだ。
 カレーかポテチ

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パレードと鐘

パレードと鐘

 世界の端には高いたかい崖があって、其処からどうどうと水が流れ落ちている。それは海とは違う、もっと重い水で僕等はそれに呑まれたら小指すら出すことは出来ない。
 トランペット。僕はこの小汚い金色をした楽器が一等気に入っている。いつだって陽気な音が出るし、パレードでは先頭に立てるからね。
 僕の持ち物と言ったら、その古いラッパと牛を呼ぶ鈴くらいのもので、何故そんな妙なものしか持ち合わせていないのか自分

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小舟に空が落ちたから

小舟に空が落ちたから

 小舟が浮かんでいる。
 行こうと思った。何処かへ行ってしまおうと思った。
 岸には葦と蒲が生え、小さな水草が点描のように留まっている。私はそこに立っていた。季節はいつなのか忘れてしまったけれど、こんなに風がびゅおうと吹くのだから多分冬で、私は置き去りなのだった。
 酷く喉が渇いた。声はもう出なかった。
 黒い鳥が群れをなして吼えながら私の遥か上を過ぎて行った。その声が聴こえなくなると、もう総ては

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灰色、退屈、日曜日

灰色、退屈、日曜日

 四階の部屋の窓を開ければ、外は広場だ。
 昔採石場があった山の近くに位置するこの街には、石造りの建物が多い。僕のアパートメントは木造だけれど、円形広場に面する殆どのビルヂングが石で出来た灰色の四角形だ。
 卵。
 朝ご飯にスクランブルエッグを作ろうと思っていた。不穏に白いその卵を左手のてのひらで握りしめる。
 今日は日曜日で、広場にはいつもより人が多い。なんだか、厭だな。
 静かにしろよ。
 ス

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