マガジンのカバー画像

ぶらり、ぶんがく。本と歩く

22
文学作品にまつわる聖地、名作や話題作の舞台となった場所を、本を手に散歩する企画です。
運営しているクリエイター

2019年9月の記事一覧

山歩きには電子書籍がいい

中里介山「大菩薩峠」  大菩薩峠は江戸を西に距る三十里、甲州裏街道が甲斐国東山梨郡萩原村に入って、その最も高く最も険しきところ、上下八里にまたがる難所がそれです。  中里介山(1885〜1944年)の時代小説「大菩薩峠」は、そんなふうに語り始められる。ときは幕末。深山の峠道を若い武士が一人登ってくる。色白で細面の男は、後から登ってきた巡礼の老人をいきなり斬殺する。この非道な辻斬りこそ、主人公の机竜之助だ。  「音無しの構え」という無敗の術を使う竜之助は、破天荒な剣豪。奉

孤独じゃなかった芥川龍之介

芥川龍之介「河童」  山手線の田端駅周辺は、地形が独特だ。細長い台地の縁で坂道だらけ。北口を出たところの駅前通りは切り通しになっていて、見上げるような高い場所に橋がかかっている。それを2つほどくぐって、折り返すようにして急な階段を上ると、芥川龍之介(1892〜1927年)の旧居跡はすぐそこだ。  もともとの敷地の3分の1ほどがいま、更地になっている。北区が取得していて記念館を作るのだそうだ。大正3年に田端に引っ越してきた芥川は、一時期鎌倉などにも住んだが、昭和2年に自死す

渋谷がまだ武蔵野だったころ

国木田独歩「武蔵野」  昔の武蔵野は萱原(かやはら)のはてなき光景を以(もっ)て絶類の美を鳴らして居たように言い伝えてあるが、今の武蔵野は林(はやし)である。林は実に今の武蔵野の特色といっても宣(よ)い。  国木田独歩(1871-1908年)の代表作と言われる初期短編「武蔵野」は、独特の文体で綴られた小説だ。本人ですよね、と思わせる一人称の視点で、自然の身近な武蔵野に暮らす日々を描いている。散歩して、景色をめでて、沈思黙考する。とくにドラマチックなことは起きたりしないけれ

巨大すぎるぞ路傍の石

山本有三「路傍の石」  JR三鷹駅で中央線を降りる。井の頭公園に向かって、玉川上水沿いの遊歩道をたどる。「風の散歩道」と呼ばれているらしい。緑の濃い水辺には、深呼吸をしたくなる雰囲気がある。しばらく歩くと、これまた緑に囲まれた二階建ての洋館が見えてくる。  作家の山本有三(1887-1974年)が、昭和11年から約10年間暮らした旧宅で、現在は三鷹市山本有三記念館として公開中。和洋の書斎があったりして、かなり個性的。のちに代表作となる「路傍の石」を執筆し始めたのも、この家