「英語で味わうシャーロック・ホームズ」イベントレポ
3月25日に『シャーロック・ホームズで学ぶ英文法』の刊行記念イベントとして、著者である柴田元幸先生と西村義樹先生をお招きし、「英語で味わうシャーロック・ホームズ」を開催しました。
翻訳家、言語学者というそれぞれの立場から解説をするだけでなく、おふたりともシャーロキアンであるということで、ホームズの魅力についてもたっぷり語っていただきました。
アーカイブ視聴も含めて、100人以上の方にお申込みいただきました。
ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。
今回は、そのイベントの様子をダイジェストでお伝えします!
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「シャーロック・ホームズ」シリーズの魅力
まずはおふたりに「シャーロック・ホームズとの出会い」「好きな作品ベスト5」「My Best Quotes」というトピックから、シリーズの魅力を語っていただきました。
その中からここでは、好きなホームズ作品ベスト5を紹介します。
柴田先生:
"The Red-Headed League"(赤毛組合、赤毛連盟 など)
"The Adventure of the Blue Carbuncle"(青いザクロ石の冒険)
"The Adventure of the Speckled Band"(まだらの紐)
"The Adventure of the Dancing Men"(踊る人形〔ひとがた〕)
The Hound of the Baskervilles(バスカヴィル家の犬)
西村先生:
"The Adventure of the Blue Carbuncle"(青いザクロ石の冒険)
"Sliver Blaze"(銀座号事件、白銀号事件 など)
"The Disappearance of Lady Frances Carfax"(フランシス・カーファックス姫の失踪、レディ・フランシス・カーファックスの失踪 など)
"The Adventure of Shoscombe Old Place"(ショスコム荘)
"The Hound of the Baskervilles"(バスカヴィル家の犬)
定番の作品からシャーロキアンらしいセレクトまで、各作品に対する熱い想いを語ってくださいました。
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言語学者(文法研究家)の立場から
次に、「言語学者の立場から楽しむシャーロック・ホームズ」ということで、西村先生にホームズの英文法に関するミニレクチャーをしていただきました。
本書では解説していない、Scene 2で登場する以下のシーンを扱いました。
上記の引用の太字部分で使われている「修辞疑問文」について説明していただきました。
柴田先生はこの文を本書で、「こんな可愛いオモチャが、絞首台や牢獄への導き手になるなんて誰が思うだろう?」と訳されています。このように疑問文の形をしていながらも、本当に質問しているわけではない文を修辞疑問文というそうです。
Who knows? ≒ Nobody knows. というイディオム化された修辞疑問文はご存知の方も多いと思いますが、それ以外にも「話題の導入」に使われる例や、オールディーズの曲からの引用例などを紹介していただきました。
最後にはスティーブン・ピンカーの本に出てくる"Do you have any idea who I am?"という例も挙げていただきました。通常は「私は偉い人なんだから、失礼な対応をしたら、ただではすまないぞ」という意味で使われます。それを「あえて」文字通りに解釈し、発話者のことを「自分のことを誰だかわかっていない人」と捉えることで強烈な風刺になるという、とてもおもしろい例でした。
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翻訳家の立場から
続いて「翻訳家の立場から楽しむシャーロック・ホームズ」ということで、柴田先生が Silver Blaze のライブ翻訳をご披露くださいました。
その中から、特に興味深かった下記の一文をご紹介します。
まずは「なるべく英語と同じ語順で訳す」という翻訳の鉄則に基づいて、 had rambled about を先に訳出すること、そして単に歩くというよりは「当てもなく、無駄に」ということを表すために「うろうろ歩き回りながら」と訳出できることなどを説明していただきました。
次に his brows knitted という部分についてです。
「人の動作はパラフレーズせずに動作として訳すべき」という考えに基づくと、「眉にしわを寄せて」と訳せるものの、その直前に with his chin upon his chest(あごを胸にくっつけて)という表現があるので、これだと「体の説明ばかりしている感じが強まってしまう」ようです。
したがって、少し抽象化して「難しい顔をして」とするのがよいだろうか、という訳文に至る思考のプロセスを覗かせていただきました。
最後の、any of my questions or remarks というフレーズは、「何を聞いても何を言っても」「何を聞いても言っても」「何を言っても聞いても」などの中から、語呂のよさで訳文を選んでいらっしゃいました。
ライブ翻訳は20分ほどしか時間をとれなかったのですが、翻訳家がどのようなことを考えながら英文を解釈していくのかという過程を垣間見れた、貴重な機会になりました。
イベント後のアンケートでも、このコーナーが特におもしろかったと答えてくださった参加者がとても多かったです!
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おわりに
イベントの締めくくりに、以下の2点についておふたりにお話しいただきました。
・ コナン・ドイルが言語としての英語に与えた影響
Oxford English Dictionaryにはドイルの作品から取られている例文が多いそうです。それだけ辞書の編纂者たちがドイルの作品を読んでいたということでもあり、また革新的な英語を創造したわけではないが、日常に根差した言葉を使っていたということでもあるようです。
・なぜ日本人はホームズが好きなのか
西村先生は、consulting detective という組織に属さず自由に活動する、中心から外れた人が主人公であることや、ホームズ&ワトソン以外の人間関係のおもしろさも人気のひとつの理由ではないかと話されていました。
柴田先生は、ホームズの作品を読んでいるとヴィクトリア朝のイングランドの空気に浸れることを挙げてくださいました。
ロンドンに行ったことがない人でも、自分をそこに置いて読むことができるくらいに十分genericであり、同時にspecific十分であるというバランスの見事さが、多くの読者を惹きつける一因であるようです。
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Q&A
参加者の方々から事前にいただいていた質問にご回答いただきました。
いくつか紹介します。
Q. ホームズが書かれたのは今から100年以上前ですが、現代の英語との違いを感じますか? あまりに古めかしくていまの英語学習者が真似しない方がよい表現があれば教えてください。
ホームズの英語は、古いから読みにくい、ということはないそうです。また、pleaseの代わりにprayを使う表現や、ホームズ作品の会話の中に登場するabout whichのような前置詞+関係代名詞は、現代は会話では使わないでしょう、とのことでした。
Q. シャーロック・ホームズをこれから英語で読みたいと思っていますが、イギリス文化の中でもこれを知っていると内容を理解する助けになる、というものはありますでしょうか。
ホームズをもっと深く読むための1冊として『シャーロック・ホームズの世紀末』(富山太佳夫著、青土社)を西村先生がご紹介くださいました。
柴田先生からは、ホームズ作品で描かれている階級制度と対比すると興味深い作品として、チャールズ・ディケンズの『The Signal-Man(信号手)』をご紹介いただきました。
他にも、以下のような質問やイベント中にいただいた質問に関してもその場で先生方にお答えいただきました。
Baker Street Irregulars にはいろいろな訳が当てられていますが、先生方はどのような訳語がお好きですか。
おふたりがシャーロック・ホームズシリーズの翻訳をされるとしたら、ホームズとワトソンの一人称は何に設定されますか?
おふたりが原書でシャーロック・ホームズを読むとき、どんな香りとしてホームズシリーズを味わっているのか、それは日本語に翻訳したものとどのような感覚の違いがあるのか、その微妙な感覚についてお聞きしたいです。
時代考証、風俗、固有名詞、単語、時代特有の文法、英文法などでホームズのようにご苦労されたこと、やっぱり最後までわからなかったこと、気を遣われた点などがございましたらお聞かせください。
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以上、イベントの様子をダイジェストでお伝えいたしました。
1時間半はあっという間で、もっと話を聞いていたいという思いもありましたが、「ホームズを英語で味わう魅力」が十分に感じられる、充実した時間でした。
同様のイベントを今後も企画していく予定ですので、お楽しみに!
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
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登壇者プロフィール
柴田元幸先生
翻訳家、東京大学名誉教授。
文芸誌『MONKEY』および英語文芸誌MONKEY責任編集。
2010年、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』(新潮社)で、日本翻訳文化賞を受賞。2017年、早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。
訳書、編訳書、編訳註書など多数。
西村義樹先生
東京大学大学院人文社会系研究科教授。認知言語学の第一人者。
主な著訳書は『構文と事象構造』(中右実 共著、研究社)、『認知言語学1:事象構造』(編著、東京大学出版会)、『オー・ヘンリーで学ぶ英文法』(共著、アスク出版)など。
森田修(司会)
英語教材開発者・編集者。
『ヘミングウェイで学ぶ英文法』をはじめとする、「文学で学ぶ英文法シリーズ」の担当編集。
著書は『ビジネス英語ライティング・ルールズ』(共著、日経文庫)など。
(アスク出版 イベント係)
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