アートセラピーの理想と現実:患者さんが教えてくれること
みなさま、こんにちは。
久しぶりのnoteになってしまいました。
すっかり秋ですね。
今回は、大学でのアートセラピーの授業のこと、そして臨床現場でのアートセラピーの現状についてお話ししたいと思います。後半は、ちょっと重めの話です。
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まず【大学での授業】のこと。
アートセラピーの講義も後期へと突入しました。
学生さんの話を聞いていたら、「前期も受けたかったけど抽選に外れてしまったので」と言った人がいて、
よくよく聞いたらこの授業、受講希望人数が多くて抽選制になっていたことがわかりました。なんということだ…
前期を受けて「良かったよ!」と新たに友人を誘って後期も来てくれた人、前期を受けて後期も応募したけど抽選に外れて、こっそり授業を覗きにきてくれた人。
この授業に関心を寄せてくれる生徒さん全員に感謝の気持ちでいっぱいです。
後期は演習中心の内容なのですが、毎回自分が一番ワクワクしています。
大学にお願いして、オイルパステルと画用紙を人数分買ってもらいました。
それをベースに、水彩、墨汁、割り箸ペン、雑誌や色々を使って、
理論で説明したことを演習で「体感的に」学んでもらうことを心がけています。
学生さんも真剣に向き合ってくれるので、出てくるコメントの深いこと鋭いこと。私にとっても、豊かな学びの時間になっています。
そして最近特別嬉しかったのは、「毎週この時間だけは何も考えず楽しんで絵が描ける。疲れた脳が癒される。ありがとうございます!」という学生さんからの言葉…!(いや、こちらこそありがとうございます!)
アートセラピーを学ぶ過程で自分自身も癒される、というのを裏テーマにしているのでこのコメントは沁みました。
穴ボコだらけの先生ですが、素晴らしい学生さんたちに敬意を払って、引き続き全力でやらせてもらうつもりです。
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そして【臨床現場】のこと。
セラピストとしての活動にも、徐々に変化が生まれています。
プライベートではもちろんアートセラピーをやってきてはいたのですが、メインの職場である大学病院の精神科外来でも、アートセラピーのケースが徐々に増えてきています。
これってすごいことだと思っています。
去年、心理チームのみんなで当院初の自費カウンセリングサービスを立ち上げたのですが、それ以降比較的自由な心理療法が行えるようになったのです。
その患者様に一番合う方法を提供するので、すべてのケースでアートを用いるわけではありません。私が担当させていただくケースの中でもアートセラピーはむしろ少数派です。言語療法が合う人には、言語一本で進めます。
自分がそれの専門家だからといって、必要のない患者様に押し売りすることは絶対にしないと決めています。
でもそんな中で、以下のように語ってくれた患者さんもいました。
導入が実現して本当によかった、と思えた言葉でした。
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いいニュースもある一方、アートセラピーはまだまだ医療現場では受け入れられ難いということも、日々感じています。
そもそもカウンセリング自体が医療現場で充分に認知されていない、どう活用したらいいかわからない、と思われている印象です。
ここから語るのが、臨床現場における“現実”ということになりますが、ちょっと重たい話になります。
たとえば、私は勤務先の病院で、リエゾンチームという、科をまたいで入院患者様の精神的なケアをするチームのメンバーにもなっているのですが、ここで何をしているかというと、ほとんど「雑用係」です。これは私が勤務する前から、10年以上ずっと続いてきたシステムです。
一番の理由は、急性期メインの患者様は入院期間が短いので「カウンセリング」には適さないと判断されること。実際、せっかく心を開いてお話してくださっても、充分に取り扱えないまま急遽退院、ということもしばしばです。
そしてもう一つは、心理士が追加でカウンセリングをしても診療報酬が増えるわけではなく、むしろカウンセリングをして本音やニーズを聞き出すとチームの仕事が増えると思われていること(実際増えることも多いです。患者様が言えずに我慢していたことを聞き出す役なので)。
人の「こころ」という、測定不能なよくわからないものに即効性のないマンパワーを割くより、痛いなら痛み止め、眠れないなら眠剤、落ち込むなら抗うつ薬、不安なら抗不安薬、落ち着かないなら鎮静剤と薬で対応してしまった方が楽だし早いし患者様もわかりやすいし、かつ病院の利益にもなると考えられていること。
だから心理士には、カウンセリングなど専門家としての仕事をさせるよりも、介入に必要な書類を作ったり、報告書を書いたりする仕事を任せる。そうすると医師やNsさんの負担を減らせてチームに貢献できるというわけです。
いま、医療現場は本当に逼迫しています。医師もコメディカルも人手が足りず、みんな限界精一杯で対応しています。そういう現状は理解しています。
指示を出すのも責任を負うのも医師なので、私が勝手な判断で動くことは望ましくありません。
でも、この人は話を聞いてあげるだけで楽になりそうなのに、この人にもしベッドサイドのセラピーを提供したらいい変化がありそうなのにと思いつつ、いろんな状況のせいで動けないというのは、歯痒いです。
また、これはシステムうんぬんだけでなく、私自身の力不足のせいもある(私が1回の介入でめざましい効果をあげたり、効果研究で証明できれば、変えていくこともできるはず)ので、個人的な課題でもあると考えています。
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また、精神科病棟に入院している患者さんの中には、自発的に絵を描く人も少なくありません。
かのプリンツホルンの時代から、精神科の患者様たちは誰に言われずとも絵を描いてきました。彼らは、描画を通じて自己表現することが自己治癒に繋がると直感的に知っていたんだと思います。
それでもその行為は、スタッフからは単なる暇つぶし、あるいは不穏なひとり遊びと捉えられることがほとんどです。
先日患者様の1人が、「夜遅くまで一生懸命描いていた絵を見せたら、スタッフに(早く寝なさいと)怒られた」としょんぼり話してくれました。
精神科の患者様の表現はとても繊細です。時には必死のSOSだったり、精一杯の自己開示だったりする。もちろん身体の管理は最優先です。ただ、彼らが必死に手を伸ばしている時は、適切な方法で受け止める必要があります。
そういうことも、アートセラピストの視点から積極的に発信していかないといけないことです。
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カウンセリングそのものがまだまだマイナーな今、現場で医師が信用する心理療法は、基本的にCBT(認知行動療法)です。
CBTは臨床心理学を本気で学んだことがない人でも理解できる単純明快な理論だと思います。
だから広く受け入れられやすいし、国の権威(厚労省)もバックアップしているし、自信を持って導入できるのだと思います。患者様本人も学んでセルフケアに活かせるし、専門家でなくても使えるし、そういう意味ではいい療法です。
私も、今の職場で必要だと思ったのでCBTはガッツリ学びました。訓練のなかで基準をクリアすることもでき、今は厚労省のCBT研修事業のスーパーヴァイザーの1人にもなっています。実際に適応だと思う人にはCBTも使っています。(CBTを受けたいですと仰るかたの多いこと!)
でも、CBTは万人にベストな心理療法というわけではありません。
もちろんセラピストは、患者様をこちらの都合で特定の型にはめ込むのではなく、患者様の状態や特性に合わせた心理療法を提供していくべきだと思っています。
でも実際は、「よくわからないもの、教科書に答えとして載ってないものは信用できない。許可できない。何かあった時責任取りたくないから」というのが現場の意見です。だから"教科書的正解"とされているものを誰にでも、どんな時でも使おうとする。患者様が違和感を感じていても、よくわかりませんと言っても使おうとする。本当にその人のためになることを探索的に考えようなんて人はほとんどいないように思います。
人の心や命を扱う以上、"教科書的正解"が重視されるのは理解しているつもりです。
でも、そこに患者様の声がちゃんと反映されているのか?目の前のその人に本当に"意味のある"アプローチなのか?ということを、常に問い続ける必要があると思っています。
それが心理師・セラピストとしての自分の役割だと思っています。
課題は多いですね。
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私も時々、なぜこのマイナーな道に自分の人生を使おうと思ったのか、自問自答することがあります。
自分のエゴじゃないか?押し付けになっていないか?本当に公平に考えられているか?と常に自戒しながら、患者様や生徒さんと向き合っています。
それでもやっぱり私を動かしているのは、患者様、生徒さん、利用者さんたちの反応なのです。
安全な枠の中で自分自身を表現すること、自分を取り戻すこと、自分であることを肯定できること。自分が本来もっていた力に気づくこと。
その過程の中で、それまで眉間に皺を寄せ鎮鬱な顔をしていたその人が、肩の荷を下ろしたように「楽しいです」と笑う時。
何にも関心を持てない、喜びを感じられない、人生なんて何の意味もないと項垂れていた人が、すべてを懸けるような集中力でいきいきと筆を走らせている時。
自分なんて価値がない、もう死んでしまいたいと話していた人が、「ねえ先生見て、すごくいい」と誇らしげに作品を見せてくれる時。
その人の中にもともと宿っていた力が、もう一度芽吹いていく、その瞬間に立ち会える時。
この道を来て良かったと、心から思います。
この先もこの道を行きたいと、心から思います。
もしかしたら"道"はなく、自分で作っていくのかもしれませんが。
そんなわけでこの秋も、この冬も、引き続き一歩ずつ、目の前の生徒さん、患者様ひとりひとりと向き合っていきたいと思います。
みなさまにとっても、実りの多い素敵な季節になりますように!