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絵画ドラマの開演 -ホガース『当世風結婚』を読む

【月曜日は絵画の日】


この前、ドラマがない小説について書きましたが、やっぱりそれでも、ドラマというのは楽しいものです。それも、連載小説や連続テレビ小説みたいに、続き物だとわくわくしますね。
 
今日は、イギリスの画家、ホガースの『当世風結婚』シリーズ全6作をご紹介します。絵画で連続ドラマを作ってしまった稀有な作品であり、今観ても、よくできた面白い作品なのです。



 
ウィリアム・ホガースは、1697年、ロンドン生まれ。最初は銀細工師として働きつつ、油彩画を学んで画家になった経歴の人です。

ウィリアム・ホガースの自画像


 
彼は、同時代のフランスのロココの画家と違い、銅版画を大衆に売ることで、大成功を収めました。油絵も沢山残していますが、版画のための元絵的な意味で作られた作品が多いです(それも素晴らしい出来なのですが)。
 
『娼婦一代記』、『放蕩息子一代記』などは、新聞や雑誌に広告を掲載し、購買予約をとって、大々的に売り出していたというから、その先駆的な眼に驚かされます。

更に、海賊版を取り締まるための著作権法の成立に尽力したり、真似されていると思いきや、自分で優れた版画の書き方入門のような本を出版したりと、精力的に活動をしました。それくらい人気の画家でもありました。
 
実は、イギリス留学をして、絵画にも詳しかった夏目漱石も、『文学評論』で、ホガースを絶賛しています。

彼は当時の風俗画家として優に同時代の人を圧倒するのみならず、一種の意味から云へば、恐らく古今独歩の作家かもしれない。

(中略)

彼は特に汚苦しい貧乏町や、俗塵の充満して居る市街を択んだ。さうして其の内に活動して居る人間は、決して真面目な態度の人間ではない、必ず或る滑稽的の態度を見はして居る。或いは風刺的意義を寓して居る。


 まさに、容赦ない風刺と寓意、滑稽味こそ、ホガースの独自性といって良いでしょう。

そんな彼の作品の中でも、えげつない「貧乏町」ではなく、当時の上流階級に焦点を当て、強烈な風刺はそのままに、より円熟した技法が見られる、1745年の『当世風結婚』油彩画を見ていきましょう。

版画もいいのですが、元になった油絵は一層、彼の技法の素晴らしさを見せてくれます(スマホで読まれている方は、画像タップ推奨です)。
 
 



第1話 婚約
 

『当世風結婚 1.婚約』
ロンドン・ナショナルギャラリー蔵


 
舞台は、伯爵のお屋敷。伯爵の息子と、裕福な商人の娘の結婚話が進められています。
 
当時のイギリスでは、市民社会の誕生により、裕福なブルジョワの商人層が台頭してきました。

お金はあるけど名誉はない富裕層は、地位はあるけどお金はない貴族と婚姻関係を結んで、自分たちの地位を上げようとします。イギリスに限らず、後の明治・大正の日本まで見られた、よくある光景です。需要と供給の一致ですね。

しかし、ホガースの眼は容赦なくその実態を暴いていきます。



伯爵は、家系図を見せて、自分たちが由緒正しい貴族だと誇示していますが、紙の端の枝葉は、枯れかけてぶらさがっているので、どうやら、あまり最近は勢いがない様子。鼻眼鏡をかけて近眼そうな商人には、その部分は見えているのでしょうか。
 
横では、弁護士が商人の娘に、この結婚について何か話しています。しかし、娘は殆ど聞いていない様子で、手元で自分のハンカチに指輪を通して遊んでいます。一目でこの娘が精神的に幼いことが分かる秀逸な表現です。
 
で、伯爵の息子はと言うと、隣に座っているのに、未来の妻に話しかけることもなく、鏡を見て伊達男気取りです。彼の首元には黒い斑点があり、恐らく彼は放蕩生活で、梅毒にかかっていることが分かります。
 
こんな二人を象徴するように、2匹のスパニエルが、画の左端で鎖で繋がれています。そして、二人の間にある絵は、おそらく、カラヴァッジョの『メデューサの首』の複製。

こんな絵を応接間に置いている、伯爵の趣味の悪さと無知がよく分かります。と同時に断末魔の苦悶を浮かべる怪物の表情が、2人の今後を雄弁に物語っています。


  
第2話 結婚直後

『当世風結婚 2.結婚直後』
ロンドン・ナショナルギャラリー蔵


案の定、若い二人の朝は大変です。男の方は、昨夜の放蕩で疲れ切って放心状態。子犬が、上着のポケットに隠してある女性用下着の匂いを嗅いでいます。足元には、剣のだらんとしたホルダーが。昨夜はどこかでお楽しみだったのでしょう。
 
妻も夜通し家でカードでもしたのか、楽しげに伸びをしています。それにしても、床にヴァイオリンや楽譜が転がっている状況とは、一体何の遊びだったのでしょうか。
 
請求書の束を持ってきても、全く聞く耳をもたない2人に呆れ返る召使の表情と身振りが、何とも言えません。


 
第3話 偽医者への訪問
 

『当世風結婚 3.偽医者への訪問』
ロンドン・ナショナルギャラリー蔵


 
さて、旦那の方は、家庭外でひと悶着抱えています。どうやら、梅毒を娼婦に移してしまい、明らかに怪しい医者の元に。
 
当時のロンドンは人口が急増し、売春宿も増えたことで、梅毒が爆発的に流行していました。こうした偽医者が増えるのもまた世の常。しかし、患者である右端の娼婦は、どう見ても年端のいかない少女にしか見えないのですが。。。


 
第4話 伯爵夫人の朝見の儀
 

『当世風結婚 4.伯爵夫人の朝見の儀』
ロンドン・ナショナルギャラリー蔵


伯爵は亡くなり、息子は爵位を継ぎます。しかし、伯爵夫人になっても、行状は変わりません。
 
朝、髪の支度をしながら、来客を迎えています。しかし、夫人は、第1話で出てきた弁護士の話に、うっとりとなっている様子です。この二人の寛いだ様子を、手足のポーズだけで雄弁に表すのは、流石です。
 
ちなみに、夫人の上にある絵画は、コレッジオの『ユピテルとイオ』。人妻のイオの元に、雲に化けた神ユピテルが来て、彼を恍惚の表情で受け入れるイオの表情が印象的な絵画です。解説は不要でしょう。
 
そんな2人に、だめだこりゃとの表情の来客や、明らかに怪しい姿の来客がいるのも生々しい。一番左では、歌手とフルート奏者が朝の音楽を奏でています。150年後のリヒャルト・シュトラウスのオペラ『ばらの騎士』にも、こんな場面と歌手が出てきます。いずこも貴族の生活は同じということでしょうか。
 
しかし、明らかにこのままでは済みません。


 
第5話 伯爵の死


『当世風結婚 5.伯爵の死』
ロンドン・ナショナルギャラリー蔵

 
事態は風雲急を告げます。伯爵夫人と弁護士が密会するあいまい宿に、伯爵が踏み込みます。そして、剣で返り討ちにあって致命傷を負ってしまいます。
 
伯爵に跪いて許しを乞う夫人、下半身剥き出しで窓からまさに逃げ出す弁護士、騒ぎを聞きつけて来た宿の主と、全てが劇的な場面に収まっています。薄暗い部屋の描写も素晴らしく、最盛期のレンブラントに、勝るとも劣りません。


 
第6話 伯爵夫人の自殺

『当世風結婚 6.伯爵夫人の自殺』
ロンドン・ナショナルギャラリー蔵

 
弁護士は捕らえられ、処刑されます。夫も、最愛の愛人も失い、夫人は毒薬を飲んで自殺しました。
 
右では、誤って毒薬を売ったのであろう薬屋がこづかれています。その横では、1話で子犬だったスパニエルが大きくなっていて、テーブルの上の肉にがっついています。

あばら骨が浮いており、最早この犬を世話するお金も、そんな人もいない窮状だったことが分かります。
 
年老いた召使が、まだ事態を理解していないであろう幼児に、母親との最後の別れをさせるのが、涙を誘います。
 
しかし、よく見ると、子供の首元には黒い斑点と、足には歩行用の矯正器具が。おそらく、父親の梅毒を先天的に受け継いでしまったのでしょう。この子の将来は厳しいものになることが予想されます。
 
そして、今しがた亡くなった娘の指から、指輪を抜き取る父の商人の表情がまた、絶妙です。この期に及んでも、金にがめついとみるか、それとも諦念の表情とみるか。解釈は開かれています。

こうして、黒い嗤いと風刺に満ちた、この稀代の天才画家による「上流階級ドラマ」は、幕を閉じます。




ホガースがこのような絵を描いたのは、何よりもイギリスが安定して発展(東インド会社の設立や貿易、植民地の開拓等)し、都市と階級社会が発達したからです。

それにより、都市に流れ込んで働く、市民が誕生します。貴族や金持ちの生態を見てみたいと思う一般市民がいるからこそ、このような表現が可能になります。


 
私は、彼の連作絵画を見ると、イギリス的というか、ある意味この人は、シャーロック・ホームズの元祖ではないかと思うことがあります。
 
つまり、従来の天使だとか悪魔だとかの象徴でなく、あくまで、登場人物がどんな人間かを示すために、寓意や手掛かりを残す。それによって、何が起こったかを、鑑賞する人が推理できるようにする。
 
それは、ホームズのように、初対面の人の手がかりを見て人となりを当てたり、現場の痕跡から、犯罪や人間の諸相を推測したりするのと、相似形を描いているように思えます。

どちらも、近代社会の市民を解剖し、分析していく作品なのです。


 
神々の時代から、市民の時代へ。それは、私たちが今でも暮らす市民社会の誕生であり、そこに欠かせない「ドラマ」の誕生でもあるでしょう。
 
ホガースの作品は、その卓越した技法と分かりやすい手掛かり、ドラマチックな場面構成で、面白いものばかりです。近代が生んだその「絵画ドラマ」の始祖を、是非味わっていただければと思います。
 


今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイでまたお会いしましょう。


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