ベネチアのカーニバル n.3 華やかな一夜の世の夢、仮面舞踏会(最終回)
Antonia Sautter - Ballo del Doge
Carnevale di Venezia n.3
ベネチアのカーニバル編、最終回です。
夏の日差しが残る9月初旬。ベネチアのサンマルコ広場から徒歩で15分ほど。サントマにある屋根裏部屋の床には絵本が散乱し、そのなかで、夢を描いている少女がいます。
来年のカーニバルは、どんなドレスをマンマに作ってもらおう?
マンマはドレスの仕立て屋です。娘のリクエストにこたえて、お姫様のドレスを誕生日プレゼントも兼ね毎年仕立てています。
マンマ、なかなか決まらないの。
そう、じゃあ、絵本から一緒に探しましょう。
絵本のページをめくりながら、マンマと一緒に、物語に登場するお姫様を描いては、想像に思いを馳せます。
どんなお姫様になろうかしら?
ドレスにかけられた魔法が、ベネチアの街を夢の世界に彩ります。わたしはベネチアの美しいお姫様に姿を変えるの。
あのときの少女は大人になり、イタリアでも有数なベネチアのカ・フォスカリ大学に入学し、ニューヨークへ留学。その後、ベネチアに戻り、サンマルコ広場の近くにお店を開けます。お店で販売されるベネチアらしい小物は、すべて彼女の手作りです。
ある日、大きな転機が訪れます。
グッドモーニング。
お店に入ってきたのは、BBC放送のクルースタッフと、どこかで見た人物。
彼はイギリスを代表するコメディグループ「モンティ・パイソン」のテリージョーンズ。ドキュメンタリー番組『クルセイダーズ』で放映する、第四回十字軍出兵の撮影準備のためにベネチアを訪れていました。
第四回十字軍を率いたのは、当時のベネチア元首(ドージェ)であるエンリコ・ダンドロ。彼を取り巻く仮面舞踏会の模様を、ベネチアの宮廷を貸し切り撮影する予定です。
仮面舞踏会を再現するためには、出演する俳優の衣装、仮面、帽子、アクセサリー、舞台セット、諸々を準備する必要があります。
どなたか、ご存知じゃないですか?
アントニアはその日の夜は一睡もできず、BBCの話しが頭から離れません。明けて翌日、スタッフに連絡を取ります。受話器に添える手は若干震えていますが、心に決めたことを、はっきりと伝えます。
わたしがやります。わたしにやらせてください。
賽は投げられた。
舞台作りの経験ゼロ。あるのは、一台の小さなミシン機のみ。
主役の衣装はもちろん、エキストラで登場する俳優の分も作らなければならない。舞台セットも考えなければならない。
デザインを紙に書き起こし、友人の手を借りながら、寝食を忘れ猛烈なスピードで製作に取り掛かります。24時間稼働の日々の末、なんとか撮影に間に合います。
そのときの番組を探して見つけたのがこちらです。ベネチアの撮影シーンは、33分以降からです。
撮影は大成功。撮影後は、方々に連絡をとり友人を集め、製作した衣装で着飾り仮面舞踏会を開きます。これが予想以上に好評でした。
ねえアントニア、とっても楽しかった!
来年もまたやってほしい!
これがきっかけとなり、バッロ・デル・ドージェが誕生します。
バッロ・デル・ドージェ(Ballo del Doge) 。バッロとは踊る、ドージェはベネチア元首の意味。
ベネチアの黄金期に時間を戻し、仮面で顔を覆い、きらびやかで華やかなドレスに身を纏い、豪華な晩餐会を開き、ステージではアーティストが歌い、アクロバットな芸が繰り広げられる。
バッロ・デル・ドージェとは、ベネチアのカーニバル時期に一夜だけ開かれるエクスクルーシブな仮面舞踏会です。
最も豪華な世界10大イベントのひとつと呼ばれている、バッロ・デル・ドージェは、毎年テーマが決められています。
2023年のテーマは「SAVE THE DATE」。今年で30年目を迎える仮面舞踏会。開催日は2月18日に決まりました。アントニア・サウターさんの誕生日です。
『その日は予定を入れずに空けておいて(Save the Date)!』という意味になるでしょうか。
一夜の夜の夢に、Tシャツを着たスタッフや、タキシードを着たウエイターやバーテンダーがいては興醒めです。
スタッフにもドレスコードを徹底させるため、アントニアさんは、イベントに関わるスタッフ全員の衣装をデザインし、仕立て師が一着づつ作ります。
それだけではありません。
ドレス製作はもちろん、会場の設営まで、言葉通り「すべて」アントニアさんが指揮します。スタッフは総勢約500名。
舞台セット20名、舞台装置10名、フラワーデザイナー20名、ドレス仕立て師50名、着付け師80名、ウエイター60名、シェフ2名、キッチンスタッフ10名、ステージ責任者3名、舞台アーティスト120名、振り付け師4名、カメラマン12名、動画クリエイター5名、照明技術30名、メイクアップアーティスト、ヘアデザイナー、etc…
開催場所は24時間の貸切です。舞踏会が始まる夕刻までに、準備をすべて終わらせ、明け方にはすべて撤去しなければならない、一夜の世の夢。
空っぽの空間が、ラグジュアリーな空間に変化していく様子は、まるで魔法のようです。ここに至るまでに綿密な計画があり、それぞれが役割を淡々とこなしていくことで、現実の夢が創られていきます。
今年の会場は、Scuola Grande di Santa Maria della Misericordia。1310 年に建立された慈善団体の施設でしたが、現在は展覧会やイベントに使用されています。
駅方面のカナレッジョ地区から中心街のサンマルコ広場に向かう通り沿いにあり、外観はとてもシンプルです。
室内には修復されたフレスコ画の壁があり、広く、大きな窓からは光が差し込みます。このセピア色のような空間が、バッロ・デル・ドージェでは、きらびやかで眩しいショーの舞台に姿を変えることでしょう。
アントニアさんとスタッフは、バッロ・デル・ドージェの1ヶ月前から、家族も、友達も、カレシも、カノジョも、時間も、日曜日もありません。全員が開催に向けて突き走ります。
今週の土曜日が開催日の2月18日。アトリエには衣装を決める出席者が続々と訪れます。
イタリアを代表する競泳選手で、21年11月に引退を発表したフェデリカ・ペレグリニ。彼女も今年は参加するらしく、アトリエで試着する様子をインスタグラムにあげていました。
バッロ・デル・ドージェは、誰でも参加できます。参加費用は800ユーロ〜5000ユーロです。
ひとりのベネチア女性が導く豪華絢爛な夢の国。ベネチアにもたらす経済的効果も決して侮れません。
少し古いデータですが、イタリアの経済新聞ソーレ24によると、2017年の消費は400万ユーロ(約5億600万円)となっています。内訳は、5つ星ランクの滞在先、プライベート水上タクシー、高級レストランでの食事となっています。さらに、スタッフ総数500人がイベントに携わります。
気恥ずかしい気持ちを取り去ってくれる仮面は、夢の国へと一歩足を踏み入れるために重要な役割を果たします。
バッロ・デル・ドージェというエスクルシーブでラグジュアリーな空間を持ち帰ることはできません。参加された方々が、そのときの高揚感を思い出として、いつまでも心に残るように、わたしたちは全力を尽くしています。
成功したときの達成感、嬉しさ、満足感などの感情を想像するたびに、気持ちが奮い立つんです。楽しさや嬉しさを分かち合える夢に、終わりはありません。
フィレンツェでも、ピッティウオーモなどのメンズ・ファッションショー、世界の名だたる美術館の館長も足を運ぶ国際骨董市など、文化的なイベントが開催されます。
しかし、ベネチアには国際映画祭、ビエンナーレ、以前にご紹介したHome
Faber、今回のようなラグジュアリーなプライベートなイベントなど、セレブリティの集まる催しが多いのに感心します。
栄華を誇った海軍国家ベネチア共和国、セレニッシマの威光がいまでも健在しているような、華やなイベントを催すことができる街がベネチアなんだと、感じずにはいられませんでした。
観光都市の顔を持ちながら、伝統と職人の技術を守り、それを、時代の変遷とともに変化させながら、未来へと繋げていくベネチアの顔を垣間見ることのできる訪問となりました。
アントニアさんは、総合クリエイターでもあり、インテリア、ファッション、ウエディング、イベントと、ベネチアで幅広くご活躍されています。興味を持たれた方は、インスタグラムやホームページをご覧ください。
インスタグラム:
https://www.instagram.com/ilballodeldoge/
https://www.instagram.com/antoniasautter/
ホームページ:
最後までお読みくださり
ありがとうございました。
次回はフィレンツェに戻ります。