糸杉に響く、とんからり。若き機織り職人の物語 - n.2
Ozio Piccolo Studio Tessile
フィレンツェを州都とするトスカーナ州には、なだらかな丘陵に、葡萄畑やオリーブ畑が広がり、ところどころに、中世時代の雰囲気を残す、石積みで建てられた美しい村が点在します。
今回お話を伺ってる、シモーネさんの、小さな織物スタジオ「オツィオ Ozio」は、そんな自然に囲まれた中世時代の建物にあります。ずっと昔は、牛や馬を飼っていた牛舎でした。餌を食べる場所などが、そのまま残されていて、それが素敵なインテリアになっています。
シンプルで大胆な絵画が掛けられて、レンガとの色合いが、とても合っています。
テーブルには彼の思考。
シモーネさんのアトリエには、1台の機織り機が置かれています。木目調の美しいアトリエで、日々、トントンカラリ、トンカラリと、布を織っている風景は、まるで映画のワインシーンのようで、いつまでもずっと眺めていたくなります。
良く見ると、この機織り機、枠組は加工のしてないシンプルな木に、糸を巻きつけるところは、釘が刺してあるだけだったり、荒削りな印象です。
いま動いている機織り機の隣には、まだ糸の掛けられていない、機織り機であろうものが置かれています。
それもそのはず、シモーネさんの使う機織り機は、すべて彼の手による自作の機織り機なんです。
ご自身で機織り機を作らたそうですが、既成のものではダメだったんですか?
展示会で設置している小さな機織りは、僕がプロジェクトして、友達が作ってくれました。
アトリエで使っている機織り機は、木を切るところから全部一人で作ったんですよ。
機織り機を作る会社はないんですか?
少ないけどあります。ただ、僕が欲しいような機織り機は作ってくれないんです。
機織り機を自作できるんなんて、知りませんでした。 この新しい機織り機も、制作途中ですよね。 どのパートが一番難しいですか?
僕が設計した、いま組み立て中のこの機織り機は、いま使っているものよりずっと大きくて、16枚の綜絖(そうこう)が自動で動く複雑な作りです。
いま手を加えなければならないのが、この綜絖(そうこう)の部分で、ここを持ち上げるのを友人が手伝ってくれています。
いま使っている機織り機の綜絖は4枚なので、16枚となると、かなり複雑で、組み立てるのも大変そうですね。
それと、これは僕が作ったものですが、この釘を差し替えることによって、織のパターンが変わる仕組みになっているんです。姿はまったく違いますが、ジャカード織機のパンチカードのようなものです。
この機織り機が完成したら、最初に織るものは、すでに決まっています。
それはなんでしょう?
OMA (旧フィレンツェ銀行を母体とする、職人の活動を促進する機関) のコンコールで最高賞を受賞した、「エルザ」という名のストールです。
このストールを織るために必要な糸巻き機はすでに届いていて、GOTS認証(繊維製品を製造加工するための国際基準で、オーガニック・テキスタイルの世界基準)のメリノウールの糸も今月末に届く予定です。どちらも、OMAから授与されるんです。
今回の受賞に限らず、シモーネさんの使う素材は、常に自然のものと伺ったのですが?
糸をはじめ、僕が使うものは、すべてオーガニックや、自然のものです。商品を包む紙、カード、箱、発送に使う紙、すべてです。プラスチックは一切使いません。
Ozio の生地と商品の特徴はなんですか?
いろいろなことを試している途中ですが、いまの時点では 2 種類の生地を織っています。
夏は、コットン、リネン、カナパ麻の、3 種類の糸を組み合わせて織っていて、僕自身も気に入っています。ただ、もっとデコボコした素朴な素材感を出したくて、理想の糸を探してるところです。
冬は、メリノウールをメインに、たまにアルパカを使います。こちらは、夏の生地とは反対に、柔らかくしっとりした、優雅な生地を織ります。
メリノウールは優しい柔らさと、シルクのように滑らかな肌触りが特徴で、とても好きな素材です。
例えば、メリノウールで織り上げるのに、どのくらいの時間がかかるのでしょうか。
横糸により変わります。 僕は 2.28mm の 4 本の糸を撚って横糸を作っていますが、1 本だけだと細いので、なかなか先に進まず、薄い生地に仕上がります。
いろいろな可能性があるんですね。
選択は自由です。縦糸も同じことです。いまは 2 本の糸を撚って使っていますが、4本の糸を使うこともできます。
生地を完成させる時間と、商品として販売する価格がバランスをとることが必要になってきます。
この三角形のバッグは「Origami(折り紙)バッグ」と呼ばれていますが、アイデアは折り紙から浮かんだのでしょうか?
その通りです。日本の文化にもとても興味があります。
コットンと麻を織り込んだ、1枚の布を縫い合わせて作られています。僕が布を織り、仕立て屋さんが縫っています。
機織り、生地にどうして惹かれるんだと思いますか?
機織りの分野は、多岐にわたります。先ほども例に挙げましたが、ノートのカバー、ランプシェード、ストール、ジャケット、クッションカバー、テーブルセンター、など多種多様に及びます。糸の素材や、デザインで、用途が変わります。
僕だけのオリジナルの生地も作ることができます。そこが、惹かれる理由のひとつです。さらに、織るという作業は一種のメディテーションのような効果もあるのも気に入っています。
織っているときは、なにかを考えていますか?
もちろん。
織りを始めたばかりのときは、織ることに集中していましたが、いまは手が勝手に動くようになっていますので、織りながら、いろいろな考えが浮かんでは消え、消えては浮かんで、思考がどこかへ飛んでいく感覚です。
自然の音しか聞こえない、静かな環境で、トントンカラリと機織りの音が鳴るのも、自分をリラックスさせてくれます。
アイデアから完成するまでの工程を教えてください。
アイデアは、色と幾何学模様の組み合わせから生まれます。パターンができたら、今度は、織り上がった布をどこに使うかを考えます。
編み込んだような生地の場合は、とてもしっかりしていて、硬めで重みがあります。そういうものは、インテリアに使います。例えば、クッションカバーに使うときは、その特徴から色を決めていきます。
ストールやマフラーの場合は、綾織(あやおり)をベースに織ります。すると、糸の質感が柔らかくなり、生地を広げたときも、ゆるやかに落ちるんです。
デザインは机上で考えるんですか?
そうです。僕の織る生地の模様は、ミニマリストが好きなので、とてもシンプルなものが多いです。でも、いま作っている機織り機は、いまのよりもっと大きく、複雑なものになるので、コンピュータでCADを使いながら設計する予定です。
煮詰まることもありますか?
もちろんあります。そのときは、仕事から離れて、ほかのことをします。外を散歩して、気分転換をしてから、また作業に戻ります。
集中できるのは、だいたい5~6時間。だから、毎日それくらいは作業をしています。ずっと同じ姿勢だから、たまに立って、首を回したり、ストレッチをしたり、体を動かすようにしています。たぶん、ぜんぜん足りていないと思いますが(笑)。
ここでのいまの1日の生活を教えてください。
8時に起床。ゆっくり朝食をとり、9時15分~9時30分から仕事を始めます。
ときには、裁縫師のところに行ったり、糸を買ったり出かけることもありますが、そいういう予定がないときの過ごし方です。
お昼になると、準備してランチをとり、14時~14時30分に仕事に戻ります。
1日用事があり外に出ていた時で、やろうかな。と思ったときは、夕飯後も機織り機に向かうこともあります。
絶対やらなきゃ。じゃなくて、やりたいからやる。Ozioだからね。
ときは、やらなきゃいけない時もあるよ。だって、商品がなければ販売もできないからね(笑)
フリーランスは日曜日がない仕事ですが、お休みができたときは何をしますか?
週末は展示会に出展したりもするので、一般の日曜日は、僕にはありません。そのかわり火曜日を休日にしたりします。でもいまの時期はクリスマスや年始年末に向けて、たくさんの商品を作ることに集中しているので、休日返上で機織りに向かっています。
休日はなにをして過ごしますか?
森に入ったり、家の周囲を散歩したりします。そうでなければ、フィレンツェに行き、美術館、展示会、コンサートなどに足を運びます。
そういった場所に行くことで、仕事に結びつくこともありますか?
新しい世界に出会うので、インスピレーションをたくさん受けます。
例えば、音楽と職人って、一見なにも関連がなさそうだけど、新しいデザイン案、色やオブジェの組み合わせなど、自分のどこかで繋がることがあるので、どんなところにも、インスピレーションを受けます。
例えば、すごくありふれた例だけど、ルネッサンス時代の一枚の絵があります。当時の洋服にデザインされている、小さな模様からヒントを得ることもある。散歩していて、色の異なる2本の枝を見つけて、そこから新しいパターンが生まれることもあります。
いまの仕事をしてなかったら、何になっていましたか?
家具職人でしょうね。もしそうじゃなくても、絶対に手でモノを作る仕事です。
修復や機織りの仕事をするほかにも、コンピュータのインストール、動画制作、プログラム、ビデオマッピングと、コンピュータの世界に身を置いたこともありますが、僕の分野じゃないです。
じゃあ、叔父さんが機織り師じゃなく、家具職人だったら、シモーネさんは今頃家具職人だったかもしれませんね。
そうかもしれません。
手作りの機織り、すごいですね。びっくりしました。機織りの構造をきちんと理解していないと、作れるはずがありません。設計する前に、かなり研究したことでしょう。
一から何でも作る傾向にあるイタリア人ですが、シモーネの場合は、木を切ってくれる人がいるから。そういう人がいるから、一から作れるんです。こういうところに、イタリアの懐の深さを感じます。
そして、糸。普段の生活では、糸の違いなんてわかりませんが、でも、手にしたときの優しい肌触りは、なにかが違うと、感性に訴えかけてきます。
彼が伝えたい表現したい、小さな事柄のひとつひとつが連なって、美しい生地が織り上がるんだと実感しました。
次回は、温厚なシモーネが、僕は言いたいことがある!と熱く語ってくれたことなどを交えて、彼の内面へと迫っていきます。
日本は2023年になりましたね。
Happy New Year !
良い年をお迎えください!
イタリアは新年まだ数時間あります。それまでに、シリーズ3も投稿しておきます。
2022年、わたしのnoteに立ち寄って下さった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございます。心からお礼を申し上げます。そして、2023年もよろしくお願いします!