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平塚市美術館「こどもたちのセレクション」エピソード17

 平塚市美術館「こどもたちのセレクション」企画構成にまつわるエピソード集にお付き合いくださってありがとうございました。28作品すべてに語りたいことがワンサカあり全部書きたいところではありますが、ちょっとずつ割愛させていただいて、いよいよ最後に展示されている作品のところへやってきました!

・川村清雄『滝』(1926-34年頃 198.0×73.0cm 油彩・キャンバス)
 (平塚市美術館さんの「所蔵作品データベース」で画像を見ることができます)
 https://jmapps.ne.jp/hiratukabi/index.html

 美術館に収蔵された時は、画面が茶色くなっていて、修復作業をすることで蘇った作品なのだそうです。滝が勢いよく流れている、飛沫やゴーゴーという音も聞こえてくるような作品です。

●「感じたこと、何を言っても大丈夫」と思えると、子どもは自信を持って発言し始める

 8年前、8才の男の子と印象的な出会いをしました。
 その子は妹の鑑賞の付き合いで来たためか、興味ない様子でスタート。なんだか斜めに構えている感じでした。

 大人1人でお子さん2人以上をお連れになっているご家族には、私たちがいずれかのお子さんにマンツーマンで付き添うことがあります。この時は、妹さんがお母さんと離れがたい様子だったので、お兄ちゃんと私とでまわってみることにしました。

 斜めに構えているTくんの気持ちを、どうほぐしたらいいか? 言葉選びに迷います。
 でも、鑑賞で声をかける時は、頭で組み立てた内容や、技術的な受け答えのセオリーみたいなものよりも、直感というか、一期一会でその子とお話しするから出てくる言葉のほうが、フィットして良かったりします(セオリーを一旦オフにするという感じです)。その日も、あれこれ思案するより、一緒に楽しめるものを見つけるという原点を心に留め、展示室をめぐりました。

 そしてこの「滝」の前に到着。

冨  田:幕末って知ってる? この作家さんは、江戸時代終わりに生まれて明治・大正・昭和に活躍したんだよ
Tくん:幕末って、龍馬とかの時代?
冨  田:そうだよ!すごいじゃん、歴史詳しいねぇ (Tくん へへへ…と喜び顔)Tくん:この赤いのは何?
冨  田:それは作家さんのサインだよ
Tくん:やっぱ、そうなんだー。この絵、好きなんだけどさぁ、オレはここに赤いサインが入ると残念な感じがする
冨  田:なんと、そんなこと思ってもみなかったよ。確かにそうかも、おもしろい意見だね!

 こんな感じで会話が弾みました。「幕末」という言葉がキーワードになって、Tくんの持っていた世界につながることができました。たまたまだったかもしれない。だけど、こんなすてきな偶然が生まれたことが、お互いに嬉しい。Tくんとの対話は、私にもエキサイティングでした。

 このあとTくんは他の作品も自分から進んで見るようになり、どんどん目が輝き言葉があふれ、イキイキしていました。本人が良い流れをキャッチした様子だったので、お母さんの元へバトンタッチしました。

 観たい作品を自分で選び、自分の言葉で話し、それを聞いてくれる大人がいる。そんな鑑賞の場に、可能性や意義が感じられて「鑑賞活動を続けていけたらいいな」と私自身、一層はっきりと展望を持つことができました。

・・・・・・

 そして今回、会期中のギャラリートークで後日談が。
 上記のTくんとのエピソードをお話ししたところ、それを受けて学芸員さんがこんなお話をしてくださいました。

 「そのお子さんの指摘はもっともかもしれません。実は、この作品は修復作業によって画面の下の方が切断されていることがわかりました。本来だったらサインの下にもっと余白があったはずです。ちょっと窮屈なところにサインが入ってしまっているように見える。そんな違和感を少年は感じたのかもしれないですね」

 おおー! また1つ、新たなお話が飛び出しました。 

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 話は過去に戻りますと、このTくんとの出会いの当時、アートフレンドシップ協会で鑑賞の投稿を募集していました。Tくんのお母さんも、ご感想を寄せてくださいました。
・・・・・Tくんのお母様より・・・・・・
 先日は、子供と3人とても素敵な体験の日となりました。ありがとうございます。
 1歳の妹と8歳の兄が思いのほか楽しんでいたようで、私自身とてもうれしく思いました。
 妹はともかく、兄は絵画にまったく興味がなく、絵を描くことが苦手で図工も自分は不得意と思い込んでしまい、なんとなくかわいそうな気がしていました。過去何度か美術館などに連れていくも、すぐに飽きてしまうのが常でした。
 でも今日のお話で、「興味のない作品は無理に見せる必要はない、順番どおりすべてを鑑賞しなくてもよい」ということを聞き、目から鱗でした。大人だって興味のないものは見ようと思いませんものね?
 ということで、今回は私にとってもすごく勉強になり、貴重な体験の日となりました。
 また、このような機会があれば教えてください。
 私も美術館に限らず博物館などに子供を連れていくときに今回のお話を参考にしていきたいと思います。
 楽しい時間をありがとうございました。
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●一期一会を重ねながら、いろんな方々の支えで

 保護者の方や実施する美術館の職員の皆様からの、あたたかいお言葉は身に染みるありがたさで、力が湧きます。いつも支えられています。

 一期一会を重ねながら、鑑賞活動11年目の今年2022年。
 このタイミングで、平塚市美術館さんと、一緒に取り組んできたことを再び展覧会という形にする機会をいただいたことは、得難い経験でした。

 本シリーズでは詳しく書いていませんが、監視さんや守衛さん方も、子どもたちに愛情ある目で接してくださる美術館で、そのことの感謝の気持ちも表したく、展示室の挨拶パネルに書きました。

 子どもたち、ご家族、美術館の方々。関わってくださった方々全ての、お互いの「ありがたい」の気持ちが、何乗にも掛け合わされて形になった気がしています。

 「こどもたちのセレクション」展やこの投稿シリーズが、どなたかの心に何かを灯すことになりましたら、そしてアートと子どもたち、子育てするご家族の架け橋になりましたら幸いです。

 そして皆様、この「滝」は今から100年ほど前の作品です。100年、長いようでいて、あっという間かもしれません。

 気の長い話ですが(気の短い話か?)100年後、200年後のどなたかに、「乳幼児と子どもの鑑賞について、こんな取り組みがされていたんだ」と知っていただく未来がありましたら!

 
(本稿は美術館ご担当者様に確認いただき掲載しております)

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