水素による金属材料の劣化に抗うための取り組み 〜水素浸食〜
前回は水素脆化について話をしました。実は水素による特性劣化は水素脆化だけではありません。そのもうひとつの現象は「水素浸食」です。
水素勢化と水素浸食は引き起こす結果は同じです。金属材料の「延性」が低下することで、ガラスのように突然として一気に破壊します。ところが、水素脆化と水素浸食では発生のメカニズムが全く違います。
今回は水素浸食の特徴と対応策について説明します。
延性破壊と脆性破壊 〜再掲〜
本題に入る前に、延性破壊と脆性破壊について説明します。ポイントは「どれだけ塑性変形が進行するか」ということです。
金属材料の変形は、荷重(外力)を解放すると元の形状に戻る「弾性変形」と、解放しても元に戻らない「塑性変形」の2種類があります。
荷重を与えた直後は弾性変形の範囲であり、応力とひずみの関係を表すグラフは線形(直線)です。これがある段階(降伏など)を迎えると、塑性変形の範囲に遷移します。このとき、応力とひずみの関係を表すグラフは非線形(曲線)になります。
この「降伏」を迎えた時の応力を以て「強度」と表します。強度は金属材料の特性を表す重要な指標ですが、それと同じくらい重要なのが「延性」です。
延性は先ほどの「どれだけ塑性変形が進行するか」を表したものであり、延性が高い状態(塑性変形を十分に伴いながら破断すること)を延性破壊と言います。
一方で、延性が低い状態(塑性変形をあまり伴わずに破断すること)を脆性破壊と言います。
一般的に金属は粘り強さがあり、ガラスのように砕け散ることはありません。このような破壊形態こそが、延性破壊のひとつの特徴です。
水素浸食が引き起こす問題
水素浸食は水素が金属材料に入り込むことで、金属材料の内部にある炭化物と化学反応を起こしてメタンガスが発生することにより、延性が低下する現象です。このプロセスは「脱炭」と呼ばれます。
水素脆化は幅広い温度域で発生するのに対して、水素浸食は発生条件が「高温高圧環境下」に限定されます。また、メカニズムもすでに判明しています。
高温高圧環境においてメタンガスの圧力が強まることにより、金属材料の内部で微細な亀裂が生じます。これが脆性破壊の始まりです。
なお、脱炭の発生に関する化学式は次の通りです。
炭素鋼と水素が化学反応を起こすことにより、脱炭とメタンガスが発生することが分かります。
水素浸食に対する問題としては、水素脆化の場合と同じく、塑性変形を伴わず構造物が破壊することです。静的な荷重を受けている場合に、突然破断するのです。想定外の破壊は大変なトラブルにつながります。
水素浸食の対応策
水素侵食を防止するには、クロムやモリブデンなどの元素を添加するのが有効とされています。これらの元素は安定的な炭化物を作るため、水素との化学反応が小さくなり、メタンガスの発生を防ぎます。
元素の添加量と温度の関係は「ネルソン線図」と呼ばれるグラフから知ることができます。ネルソン線図は米国石油学会(API)が過去の損傷事例を集めて分析したものです。
ネルソン線図はこれまでに数度の改訂を繰り返し、精度を向上させながら浸透してきました。現在は水素侵食防止のための添加物使用限界を決定する、世界的な基準となりました。
おわりに
今回は「水素浸食」について説明しました。
水素脆化と水素侵食は水素が関係する金属の損傷現象の中でも、特に知られている現象です。これらは発生のメカニズムや特徴こそ異なりますが、延性の低下を引き起こすという点では共通しています。
機械や構造物を設計するにあたり、様々な破壊のメカニズムを理解しておくことは重要です。他にも水素による破壊現象が存在するので、気になる方はぜひ調べてみてください。
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