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流体力学の理想形態(完全流体)の物理を知ること -12-

流体力学で理想状態のひとつに見做される「完全流体」について。連続体と仮定した場合に、流体の接線応力(抵抗力)を無視したものとして、完全流体の定義が成されます。

流体圧力を2階のテンソルで表記した場合に、圧力のスカラー量(p)とクロネッカーのデルタ(行列的な対角成分を有値にする処理)と合わせて、次のように表現されます。

 $${p_{ij}=-p\delta_{ij}}$$

今回の連載では、完全流体としての物理的な特性を中心に見ていきます。

前回は完全流体を前提とした場合の渦運動の具体例として、2次元流と軸対称流に関する一般的定理の導出に取り組みました。渦の運動方程式を起点にして、解析的過程を確認しました。

今回は渦糸系の運動に注目して、その力学的挙動を見ていきます。前回までは渦領域における変形を無視していました。一方で、連続的な渦度分布を有する渦領域は流れに伴い変形を引き起こし、渦度が誘起する速度場は変動します。

この手の解析的な理解は困難ですが、連続的な渦度分布を孤立した渦糸の集団で近似することで、渦糸系の運動として一般的に捉えることにします。


渦糸系の運動過程

ここでは簡略化のために、2次元の渦度領域で渦糸がxーy平面に垂直な平行直線と仮定します。

渦糸はN個として、n番目の渦糸に対する循環を規定します。流れの複素速度ポテンシャルは次の通りです(ここで総和に対する変数はnです)。

$${W=\Phi+i\Psi=\frac{1}{2\pi{i}}\sum\Gamma_n\textrm{ln}(z-z_n)}$$

m番目の渦糸に着目すると、この渦糸は他の全ての渦糸の誘起する速度に付随して運動します。

$${\frac{dz_m^*}{dt}=\bigl\lbrack{\frac{d}{dz}(W-\frac{\Gamma_m}{2\pi{i}}\textrm{ln}(z-z_m))}\bigr\rbrack_{z=z_m}=\frac{1}{2\pi{i}}\sum'\frac{\Gamma_n}{z_m-z_n}}$$

ここで、最右辺にある総和はn=mを除いた形を指します。N個の渦糸系の運動はN個の複素連立方程式に従い規定されます。

渦糸系を構成する各渦糸の相互位置から決まる実関数(ハミルトン関数)を規定します。

$${H=-\frac{1}{4\pi}\sum\sum\Gamma_m\Gamma_n\textrm{ln}r_{mn}}$$ , $${r_{mn}=|z_m-z_n|}$$

上記より渦糸系の運動方程式を導出します。

$${\Gamma_m\frac{dz_m^*}{dt}=2i\frac{\partial H}{\partial z_m}}$$

さらに運動方程式を実部と虚部に分けることで、xとyを正準共役な変数とする「ハミルトンの正準方程式」が導かれます。

$${\Gamma_m\frac{dx_m}{dt}=\frac{\partial H}{\partial y_m}}$$ , $${\Gamma_m\frac{dy_m}{dt}=-\frac{\partial H}{\partial x_m}}$$

上記の方程式から渦糸系の不変量を導くことが可能です。ハミルトン関数は2箇所の渦糸の相対位置ベクトルの関数であり、渦糸系全体を平行移動させても、ハミルトン関数自体は不変です。

$${\sum\Gamma_m{z_m}=const.}$$

渦糸系全体で循環を有するならば、渦糸系の重心位置や慣性モーメントは不変量であると言えます。

簡単な具体例として、2本の直線状の渦糸を考えます。2本の渦糸を包括的に捉えた場合の重心位置は次の通りです。

$${z_0=(\sum\Gamma_n{z_n})/(\sum\Gamma_n)=\frac{\Gamma_1{z_1}+\Gamma_2{z_2}}{\Gamma_1+\Gamma_2}}$$

渦糸間の距離をdとすると、重心回りの各速度は一定値として求められます。

$${\Omega=\frac{\Gamma_1+\Gamma_2}{2\pi{d^2}}}$$

ここで、上記の右辺の分子(2個の渦糸の循環の総和)がゼロである場合は「渦対」と呼ばれます(循環は$${\Gamma}$$と仮定します)。

$${\frac{dz_1}{dt}=\frac{dz_2}{dt}=\frac{1}{2\pi{i}}\frac{\Gamma}{z_2^*-z_1^*}}$$

速度の方向は渦対を結ぶ直線に垂直です。渦対に固定した座標系から見た定常流は比較的に規則性のある形になります。

渦列の問題と力学的性質

同じ強さの渦系が直線上に等間隔に並んだもの、渦糸系を「渦列」と言います。

円柱のような物体を一様流の中に流れに対して直角に配置するとき、レイノルズ数が100〜1000の範囲をとるならば、物体の背後にできた渦は交互に剥がれていき、下流に規則正しい2列の渦列を作ることが知られています。

まず、同じ循環を有する無数の渦糸が一直線上に一定間隔(l)を置いて並ぶとき、この渦列の複素速度ポテンシャルは次の通りになります。

$${W=\frac{\Gamma}{2\pi{i}}\sum\textrm{ln}(z-nl)=\frac{\Gamma}{2\pi{i}}\textrm{ln}\lbrack\textrm{sin}(\frac{\pi{z}}{l})\rbrack}$$

ここで、計算過程は複素関数論の一致の定理を利用しています。この渦列は任意の渦糸が不動であることを踏まえて、定常性が自ずと成立します。

この1列の渦列が作る流れとしては、各渦糸の周りの閉じた流れが猫の目のような形で並ぶような形になります。外側は一方向かつ対方向の流れを形成します。外側の遠方位置における複素速度は次のようになります。

$${w=\frac{dW}{dz}=\frac{\Gamma}{2li}\textrm{cot}(\frac{\pi{z}}{l})\approx\mp\frac{\Gamma}{2l}}$$

この1列の渦列は定常流ですが、外部の撹乱に対して不安定であることも知られています。

次に、正負で対となる循環(渦糸)からなる2列の平行渦列を考えます。このとき、複素速度ポテンシャルは次の通りになります。

$${W=\frac{\Gamma}{2\pi{i}}\bigl\lbrack\textrm{ln}\lbrack\textrm{sin}(\frac{\pi{z}}{l})\rbrack-\textrm{ln}\lbrack\textrm{sin}(\frac{\pi(z-h)}{l})\rbrack\bigr\rbrack}$$

平行渦列は先述の1列の場合とは違い、基本的に不動ではありません。違いの渦列から受ける形で誘導速度が発生するためです。その複素速度は次の通りです。

$${w=\frac{\Gamma}{2li}\textrm{cot}(\frac{\pi{h}}{l})=-\frac{\Gamma}{2l}\frac{\textrm{sinh}(2\pi{b}/l)+i\textrm{sin}(2\pi{a}/l)}{\textrm{cosh}(2\pi{b}/l)-\textrm{cos}(2\pi{a}/l)}}$$

この複素速度の形から、一般的に平行渦列は斜めに移動することがわかります。しかし、定数(a)がゼロまたは定数(l)の半分である場合は、虚数成分がゼロになるため、平行渦列は自分自身に平行移動することになります。また、外側の遠方位置では速度はゼロに収束します。

平行渦列も外部撹乱に対して一般的に安定ではありませんが、例外的に次の関係が成立する場合は中立安定が成り立つことが知られています。

$${\textrm{cosh}(\frac{\pi{b}}{l})=\sqrt{2}}$$ → $${\frac{b}{l}=0.2806}$$

先述の円柱物体の後方に発生する互い違いの渦列について、実験的結果も含めて、この手の不安定性の理論と共に「カルマン渦列」と呼ばれています。

上記条件からなる安定渦列について、抵抗の計算に繋げます。カルマン渦列は静止流体中を次の速度で運動します(方向はx軸の負方向です)。

$${V=\frac{\Gamma}{2\sqrt{2}l}}$$

ここで、物体と渦列とを含む十分に大きな長方形領域をとり、領域内の流体の運動量の時間的変化を考えると、物体に働く抵抗を計算できます。流入速度をUとするとき、抵抗は次のようになります。

$${D=\frac{\rho{b}\Gamma}{l}(U-2V)+\frac{\rho\Gamma^2}{2\pi{l}}}$$

先述までに示した関係性を代入すると、次のように整理されます。

$${D=\rho{lU^2}\lbrack0.7937(\frac{V}{U})-0.3142(\frac{V}{U})^2\rbrack}$$

この関係式は実験的にもよく一致することが確認されており、実用性の高いものとして度々利用されています。

おわりに

今回は渦糸の力学的性質を追いながら、特にカルマン渦列の問題について確認しました。今回の話は流体力学の数値解析で度々用いるので、個人的に身近に感じた事例のひとつでした。

■一旦の連載完結と参考書籍紹介
今回は流体力学の勉強として、引き続き流体の理想状態のひとつに見做される「完全流体」に焦点を当てて、様々な事象を見てきました。このタイトルでの連載は今回で終えることにします。勉強に用いた書籍をこちらに記しておきます。

今回は資格試験の勉強も兼ねていました。試験日も近いので、しばらくはこのような形式の投稿は控えめになりそうです。また機会が来ましたら、本格的に再開できればと思います。

一旦の連載完結にはなりますが、最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

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最後まで読んで頂き、ありがとうございます。この記事があなたの人生の新たな気づきになれたら幸いです。今後とも宜しくお願いいたします♪♪
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