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公平な価値判断(キヨミズ准教授の法学入門)

こちらは、友人との読書会で読んだ名著や流行書を人に勧める形で紹介してみる記事です。

今回ご紹介する本

木村草太『キヨミズ准教授の法学入門』です。

一年ほど前、私が「[必修]大学卒業までに読んでおきたい教養のための10冊〜文系編〜」というまとめ記事でこの本を見かけてから、気になっていたものの読むタイミングを失っていました。そこで今回、私が読書会に推薦しました。

一言でいうと何?

本書『キヨミズ准教授の法学入門』は、法と法学を俯瞰する超入門者向けの新書です。

法とは縁遠かったビジネスパーソンや教養課程の大学生向けです。非常に明快で初心者でも分かりやすい反面、内容は浅いとも言えます。法の扉を開く一押しとして一役買うと言ったところでしょう。

全容はどんなもの?

高校生の主人公キタムラくんが日常生活を通して2人の法学専門家から法の世界について学びます。その2人の専門家とは、年配のワタベ先生とタイトルにもあるキヨミズ先生です。

法学は大別すると、実定法学と基礎法学の2種類に分けられるようです。

実定法学とは、実定法(現実社会で行われている法)の解釈・設計について研究します。私たちが「法」という言葉を聞いてイメージする六法(憲法・刑法・民法・商法・刑事訴訟法・民事訴訟法)は実定法です。

基礎法学とは、法哲学という分野に代表されるようで、法の成り立ちや一般理論・方法論について研究します。

ワタベ先生は実定法学者、キヨミズ先生は基礎法学者になります。2人のスタンスは全く異なっていて、文章内でも対照的に見せています。(後でスタンスの違いについて触れます。)

したがって比較的身近な日本法についてのみならず、法的思考、法解釈の必要性とその学び方など、馴染みのない基礎法学の分野も取り上げられます。本書は両領域について網羅的に学ぶことができる数少ない書籍です。

他の本と何が違う?

私たちの実生活と法の関係性を起点として物語が展開される点です。

法学というと、どうしても堅苦しいイメージがありますよね。私も法曹のための学問とばかり感じていました。というのも、「法学=実定法の解釈や判例の暗記」のように考えていました。

本書はそのようなイメージを見事に払拭してくれます。先に説明した実定法学と基礎法学のうち、基礎法学の方はとても新鮮で、それに代表される公平な価値判断のルールは私たちの生活に強く関係します。

キモは何?

実定法学と基礎法学の2つの立場が明確に対比されている点です。

具体的にどのように違うかを、私がいま思いついた架空の事故を例に挙げて説明してみましょう。

あなたはいま歩道を歩いています。横断歩道は近くにはありません。

車道では若い男性が自動車を運転して直進しています。そこで突然68歳のご老人が車道を渡ろうと飛び出してきました。突然の飛び出しに驚いた運転手は急いでブレーキを踏み込み、なんとかご老人に接触する直前で停止することができました。

しかしご老人はあまりの出来事に驚いて倒れてしまいます。この場合、誰が社会的責任に問われるでしょうか。


私ならこのような事故を目の当たりにした場合に、「そんなん流石に老人が悪いだろ!」という気になります。

実定法学者のワタベ先生といえば、「こんな事故や判例って過去にもあったっけ」「この場合は〜〜の法律が関係してくるから」と、知識と経験から思考を巡らすことでしょう。

しかし基礎法学者のキヨミズ先生はまず状況を分析し、事故を抽象的な構造に置き換えて考察します。

この出来事がもし「事故」と呼ばれるならば、「自動車の接近→ご老人が倒れる」という構造になります。なぜならご老人が自動車に脇目も振らず、車道を渡りきれば「事故」にはならなかったからですね。

とするならば、いかに事故の前段階で老人に非があったとしても、(残念ながら)自動車が加害者、ご老人が被害者になります。したがって、運転手の過失や注意不足が事故の原因となり、社会的責任が問われます。

こうしてみると、実定法学者のワタベ先生の方が私たちの法に対する感覚に近い気がしますね。本書中でも私のような一般人が共感しやすい言動が多く見られました。

議論:公平な価値判断の必要性

さて、先ほどの交通事故の例を説明した際に、「それって普通じゃない?」「そんなに重要なことなの?」と思われた方もいるかと思います。何を隠そう私もはじめはそう思いました。

じゃあ、もし先のような事故が民事訴訟になり、あなたが裁判員制度によって審理に参加することになるとします。適切な判断できますか?

恥ずかしながら、私は無理です。

また、このような公平な価値判断が重要視されるのはもちろん裁判員に限らないと思います。ここ最近、twitterなどのSNSを中心とした善悪の議論が各所で活発に行われています。集団で間違った価値判断を正しいと思い込んでしまうと、自分の知らないところで人を傷つけてしまったり、自身の信用を失ってしまうことだってあるでしょう。

ビジネスの場での重要な決定も固定観念に囚われすぎて失敗してしまう可能性もあります。

キヨミズ先生「まあ、いま見たようにですね、事実関係から直接『裸の価値判断』をしようとすると、個人的な感情とか、問題になっている人物の他の場面での悪行とか、そういうものが入り込んでしまうわけです。そうすると、他の人が理解しにくかったり、過剰な罰を科すことになったり、といった問題が生じるわけですね」
キタムラくん「はあ。それで、事実関係をいったん脇に置いて、抽象的なルールを立てて議論をするわけですか」

本書中でもこのようなやりとりがありました。

「それでも私は公平な価値判断ができる」とか、「そのような『公平』はそもそも間違っているのではないか」とか、議論はたくさんあると思います。

そんな議論が深まるから、法学が存在するのかと思います。この記事をお読みになって、もしも法学に興味が湧いたのであれば、ぜひ書店でお手に取ってみてください。私もそれを願っております。

おわりに

私は法学に触れたことがないのですが、本書の構成が面白く2〜3時間で読破できました。星海社新書は小難しい分野も読み易く魅せてくれますね。

星海社新書といえば、瀧本哲史『武器としての交渉思考』『武器としての決断思考』が有名な気がします。最近投資マンガの三田紀房『インベスターZ』にハマっているのですが、コラムにその瀧本さんの名前があった時は驚きました。

読書って、こんな素敵な出会いがたくさんあるからやめられないですよね。

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ナオト/読書トレーニー
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