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父方の祖母

病室の扉ははじめから空いていた。
失礼します、と言って入ったけど誰からも返事はなかった。

ネームプレートは左奥のベッドを示していたので、左奥へ向かった。
カーテンは空いていた。
ベッドには、こわばった顔をした老婆が仰向けになって寝ていた。
口を真一文字に結んでいる。
頭は真っ白の白髪。
片方の手は拘縮して、体幹にピッタリとくっついている。

…誰?
そう思った。

しかし妹は急に大きな声で「おばあちゃん!」と言った。

妹「おばあちゃん!私だよ!わかる!?」

老婆は目だけ妹の方を向いた。表情は固まったまま。
私「ねえ、本当におばあちゃん?違くない…?」
妹「いや!絶対おばあちゃん!間違いない!」
妹は泣き出した。
妹もおばあちゃんが大好きで、私よりおばあちゃんっ子だった。
妹が急に泣き出したのでとても驚いた。私はまだ確信が持てなかったので、困惑した。

ふとベッドサイドに目を向けると、カラフルに装飾された紙が貼ってあった。
そこには「〇〇さん、お誕生日おめでとうございます」という文字と共に、老婆のものと思われる生年月日が書かれていた。
妹と二日違いだった祖母の誕生日。間違いない、この人は祖母だ。

そこでやっと確証が持てた私は、泣きながら祖母に声をかけた。
私「お見舞いにきたよ!わかる?」
祖母は目をギョロギョロさせ、顔をくしゃくしゃにした。うううううー!と唸っていた。言葉は出なかった。

祖母は言葉を喋ることができなくなっていた。

この数年で何があったのか。変わり果てた姿の祖母…。
(あとで調べたことだが、おそらく脳梗塞とパーキンソン病。
脳梗塞は頭の血管に血の塊が詰まる。後遺症として、体の半身が動かなくなる、喋れなくなる等。
パーキンソン病は、表情がなくなる、動きがぎこちなくなる等。どちらも寝たきりになるには十分な理由)

祖母と意思疎通を図ることはできなかったが、私と妹は割と満足して家路についた。
大好きな祖母に会えたことが、うれしかった。

このことは、お母さんには言わないでおこう。
どちらともなくそう約束した。

でも数年後、私はこの約束を破ってしまう。

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