【地中海ひとり旅】セント・ポールズ・ベイの常連さん
「このホテルの常連なんだよ、わたしは。」
そう言って食パンにチョコクリームを塗る赤ジャージのおじさんの横顔は、ドヤ顔というよりは、どちらかというと、退屈そう。セント・ポールズ・ベイの海岸沿いにあるこのホテルは、2月というオフシーズンもあってか、ちょっぴり閑散としています。いまのところ、朝食会場にはわたしと赤ジャージのおじさんだけ。
「あなたはどこから?」「そっちはどこから来たんだい?」旅人と旅人のテンプレートのような会話を繰り広げてから、互いに朝食をいただき、ひと息ついたら、またふたつ、みっつの会話をして。
食後のコーヒーを飲み始めた頃、つまり話す内容もおおよそ尽きたかと思われた頃、赤ジャージのおじさんはひとこと、捨てるように、わたしに言いました。
「夏だったらね、こんな格好はしないんだ。夏には若い女の子がたくさんこのホテルに泊まるから、朝でもおめかしするんだよ。きっといけてるだろう?」
その時わたしは、初めて赤ジャージのおじさんの笑顔を見た気がします。やはり横顔ではあるのですが、それでもその笑顔に品の良さを感じるにつけ、このおじさんはきっと、若い頃もいまも、モテモテなのでしょう。
このホテルにあと2泊する予定であることを、わたしは嬉しく思います。明日の朝か、あるいは明後日の朝か。またこの赤ジャージのおじさんとご一緒できたら、きっとその時は、正面からこの方の顔や表情を見てみたい。地中海に注ぐ朝日は、この出会いを祝福しています。
ありあの地中海ひとり旅日記より抜粋
in St. Paul’s Bay, Malta Feb.2024