見出し画像

【北イタリアひとり旅】唯一の救い

 わたしの耳元でささやくように聴こえてくる木々の葉擦れの音が、あの家のドアの先にはきっと秘密の部屋があるよと、そう言っている気がします。だからといって、もちろん不法侵入をするようなことはしないのですが、たしかにそう言われてみれば、なんてことないどこにでもあるあの家が、ちょっとミステリアスにみえてきて、まもなく左後ろの路地裏からやってきた南風は、さらに、わたしの背中をあの家のドアへと押し出すようでした。

 さて、人と話すことが好きなわたしであっても、ひとり旅のおよそ3分の2くらいはやはりひとりなのであって、そうすると不思議なことに、"人"に代わって、"自然"と会話をすることができているように、わたしは錯覚することがあります。"人"と話していない時の自分が、より"自然"に耳を傾けて寄り添おうとすることに起因する、わたしのクセ(もしかするとわたしだけではないのかもしれませんが)みたいなものです。

 それはつまり、わたしの耳元でささやくような木々の葉擦れの音であったり、左後ろの路地裏からやってきた南風であったりするのですが...

 いまのこの状態、すなわち"自然"と会話できていると錯覚しているこの状態を、わたしは、とても危険なことであると考えています。もしここが崖の上で、"自然"がわたしを優しく包み込むような言葉を発してきたとしたら、わたしはきっと、ヤツに身をまかせて、飛び降りてしまうでしょうから。その危険を自覚して、こうして旅日記に記すことができていることが、唯一の救いでしょう。

思わず唾を飲み込んでしまうほどに。

北イタリアひとり旅日記より抜粋
in Brano, Italy Jul.2024

いいなと思ったら応援しよう!