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花かんむりの魔女 物語集

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架空の島、エルデ島北東岸の小さな町で暮らす、 花かんむりの魔女とその周囲の人々のお話。
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第零回 花かんむりの魔女作品展

第零回 花かんむりの魔女作品展

ちりりん、りん。
軽やかなベルの音が鳴って、
薬草茶店「マーシュマロウ」の扉が開く。

優しい花と、紅茶の匂い。
学園帰りの少女たちの、
小鳥のような笑い声。

―――ようこそ、
ここは、「花かんむりの魔女」の店。

会場では、花かんむりの魔女の物語の情景展示の他、
作品の販売を行います。

日時 2024年10月5日(土)〜 6日(日)13:00〜18:00(最終入場 17:30)

会場 Ar

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雨上がりの虹色

雨上がりの虹色

 夏の前、この辺りでは頻繁に、激しい雨を降らせる雨雲が、東の海からやってくる。
 短時間、強い風と明るい雨をもたらして、通り抜けた後はあっという間に晴れ間が戻るのだ。

 雨宿りのお客様を見送ったマリは、開いたドアから庇を見上げた。
 午後の日差しに雨雫がきらめき、洗われた草木は一層冴えた色をしている。妹と作った虹色の窓飾りもよく映えた。

 通りの向こうを眺めると、学校から帰宅する妹が、大通りを

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薔薇色曹達水

薔薇色曹達水

 吹く風がふわりとあたたかく、甘やかな花の香気を含む季節。

 紅茶店『マーシュマロウ』で、昨秋から働き始めたマリは、一番下の妹と、硝子でできたドリンクサーバーをテーブルに運ぶ。

 冷やした鉱泉水と氷、それから薔薇の花が踊る、淡いピンクの曹達水。
 注いだグラスにも、ひとひらの花弁が浮かべられ、淡い香りを漂わせていた。

「おじいちゃんの薔薇、今年も綺麗に咲かせたね」
 曹達水の中で揺れる花を眺

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春の戴冠

春の戴冠

「ねえ、マリ。春のお祭りの衣装はできた?」
 幼馴染がテーブル越しに身を乗り出した。
もうここ最近、女の子たちの話題といったら、自分達の着るお祭り衣装のことと、男の子たちとのダンス。
それから今年の『春の精』に選ばれる女の子はどんなに美しい衣装を着るのだろうってことだ。

 『春の精』は、春祭りの主役で、街の女の子たちの中から選ばれる。一人の時もあるし、複数人の時もある。
 特別な白い衣装を身につ

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薬草標本セット

薬草標本セット

植物学者Niu氏の薬草標本セット。
とある船の倉庫から発見された木箱入りの標本壜。

『宛先不明で転送を繰り返された形跡が窺える箱の中には、
硝子壜に封じられた古い薬草標本と、1冊の資料が隠されていた』

花かんむりの魔女 より

海難事故により故郷に帰るすべを失った
植物学者Niu氏が故郷の研究者仲間に宛てて、
自身の生存証明を兼ねて送り出した資料。

残念なことに、添えられた書簡は散逸し、

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薬草魔女ココの店

薬草魔女ココの店

此処は薬草魔女ココの店。
柳の枝にカラスの吊り看板は、彼女のお婆さんの代から受け継がれています。

お店の前の木陰には気持ちのいいベンチが置かれており、
通りがかりの人々が休憩をしたり、薬草茶を楽しんだりしてゆきます。

扉の横に架けられた箒は、薬草魔女の店を表す符号であり、
朝の掃除にも使用される実用品なのです。

『花かんむりの魔女』より

撮影:Arcana-cica
ドール造形:bluef

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夏色薄荷曹達水

夏色薄荷曹達水

 ペパーミントとニワトコのシロップを、
冷たい鉱泉水で割った飲み物を、僕たちは
夏色曹達水と呼ぶ。

 今日も、さんざめく木漏れ日の下、海色の
硝子杯を手に庭へ降りてくる君を待ちながら、
僕は井戸の底から曹達水の壜を引き上げた。

植物学者Niu氏の手記より

【作品情報】
2020年制作
ミニチュア文具セット「PEPPERMINT」
セット内容 
*羽ペン「夏色曹達水」
*ボトル入インク「夏海」

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鉱石少年と不思議なカード3

鉱石少年と不思議なカード3

「またあの店に行ってみようよ、蛍石」
 好奇心に瞳を輝かせながら、水晶が言う。
 僕ももちろんと答えた。

「そうだね、水晶。まずはこのギャザリングブックを仕上げようか」

 明日の午後の予定が決まった僕たち双子は、少女のアルファベットカードをページの中央に貼り付けたのだった。

 翌日の午後、僕は双子の片割れの水晶と一緒に、自転車に乗って町へ出かけた。
 春の日の、記憶を辿ってぐるぐると、大通り

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鉱石少年と不思議なカード 2

鉱石少年と不思議なカード 2

 紅茶店『マーシュマロウ』の窓辺に、秋の光が差し込んでいる。

 飾り棚の硝子の小瓶の中で、鉱石の結晶が、窓の光に煌めいていた。

「ご協力ありがとう、良い写真が撮れたよ」

 マリにカメラを向けていた写真家は、数枚の写真を撮ったあと、カメラを下ろして満足げに笑顔を向ける。

 窓辺に立ち、すまし顔をレンズに向けていたマリは、抱えていた薔薇を置いて、お茶をいれるためにお湯を沸かす。

 仕事を終え

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鉱石少年と不思議なカード

鉱石少年と不思議なカード

 レェス越しに、白い光が窓から差し込む、午の資料室。
 朝から姿が見えず探していた、僕の双子の片割れである水晶は、机に向かって何か作業を行っていた。

「水晶、何をしているの?」

 机の向かいに屈んで、僕は机の上を覗き込む。
 水晶の手許には、一揃いのスタンプに、一冊のアルバムと、様々な紙片。どうやら異国の切符や郵便切手、書物の切り抜きやカードのようだった。

「ああ、蛍石。……これはね、ギャザ

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栗の渋皮煮

栗の渋皮煮

下茹でした栗の鬼皮を剥き、
重曹を入れた水で3度茹でこぼす。

1回目の濃い赤色をした茹で汁は、染色用の鍋によけた。
これを使って後日、
白の毛糸を、美しい薄紅色に染めるのだ。

茹でた栗の渋皮から、綺麗に繊維を洗い落とし、
砂糖を加えてゆっくりと煮含める。
数日がかりでつくる栗の渋皮煮は、
来年一年かけて味わうための、大切な一品。

刻んだ栗を、たっぷりのシロップと焼き込んだパウンドケーキは、旦

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