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#小説
【小説】「父を笑わせる」 その6(最終話)
北海道から帰ってきて、お土産のとうきびチョコを、どじょうすくいの先生に渡した日だった。どんど焼きの時にどじょうすくいをやるので、手伝ってくれないかと言われた。
正直、気が進まない。
「すみません。僕はまだ下手ですし」
「もちろん上手とも言えないけど、そこが良いと思うのよ。実は、フジワラさんも出てくださるの。どうかしら?」
「フジワラさん、僕はお会いしたことがなくて」
なるべく平坦に、感
【小説】「父を笑わせる」その5
十二月。一つ、父を悲しませる不幸があった。
北海道に住む叔父が亡くなった。
叔父は、母の弟で、ダンプカーの運転手だった。
冬は名古屋や三重のほうで、夏は北海道で砂利や土砂を運ぶ仕事をしていたのだけど、気に入った町を見つけてからは、北海道にある小さな町でレストランをしていた。父とは、同じ大学の同級生だ。
「おじさん、亡くなったらしい」と父から聞いたとき、僕が真っ先に思ったのは、お年玉の
短編小説「ぶたキムチ」
黄色い封筒の中には、ぶたキムチのレシビと
「あなたが好きだった豚キムチのレシピです」と書かれたメモがあった。
宛先を間違えたのだろうか、と思ったら、同じようなへたな字で、宛先だけじゃなく、送り主の欄にも、僕の名前が書かれていた。もしかしたらいたずらかもしれない。僕は、ぶたキムチを好きになったことがないし、ぶたキムチの思い出を分かち合うような女性と付き合ったこともない。
それから何日かして、ふ
【小説】「父を笑わせる」その4
ウツミが教えてくれたどじょうすくい教室のホームページには、素敵な笑顔で、写真に映るひとたちが並んでいた。全員、鼻の穴の部分を覆うように、黒いなにかをつけている。
なんとなく、見ていて安心する。
たぶん、こんなマヌケな恰好をして誰かに悪意を持つひとはいないんじゃないだろうか。すくなくとも悪意をもたれても、許してしまう気がする。ウツミに都合のいい曜日や時間を聞いたあと、教室に電話をかけてみる
【小説】「父を笑わせる」その3
次の日の朝も、おむつ公園でウツミを待つことにした。
提案したいことがあるのだ。
ウツミは、僕を見つけるとだるそうに手を振り、公園を通り過ぎようとした。
「おはよう、ウツミ」
あわてて追いかける。
「おはよう、アサクラ」
「あれから、ちょっと考えてみたんだ」
「何を?」
「やっぱ『自然に任せる』っていうのはよくないんじゃないかな」
ウツミは鼻でため息をついて、眉を寄せた。
「
【小説】「卵十個パック、ふたつ分の魂」
タナカは「あー、カップヌードル食べようかな」と不必要にでかい声で発声し、「あー、ふたり分のお湯でもわかしてみようかな」とあたしのことをチラ見した。
「そんなんで機嫌なおすと思ってんのか、お前」って。
言いたくなるのをグッとこらえて口を結ぶと、鼻からため息だったものがもれた。あなたのしたことは、お湯を注ぐだけで許されるわけがないんですよ、おわかりでしょうか?と思いつつ、「勝手にしなよ」と短く応え
【小説】父を笑わせる その1
母が亡くなった。
案の定、父は泣き暮らしている。
なんなら泣くために、泣ける映画ばかり見ているんじゃないかって思う。
父が見る映画ではたいてい人が死に、病いに苦しみ、離別に戸惑う人たちが出てくる。父のえらいところは、そういう一大事のあとにも、仕事には行っているってことだ。
ちなみに今日は、早起きした父が朝っぱらから『クレイマークレイマー』を見ていた。一人で観せてあげたい気がして、僕は部屋に戻る
【小説】『父を笑わせる』その2
お店に着くと、店長が海を作っていた。
この音は、波だろうか。砂浜の浅瀬の部分で水が揺れる音がする。
「昨日、録音してきたの。千葉の海で」
小さな箱庭に砂を敷き詰めながら、店長が言った。
「なんか、海にいる気がします」
その日は、店長と二人でそのまま波の音を聴きながら、仕込みをした。
今日のお店は、いつも通り忙しかった。
店長によると、忙しさには段階があり、
「忙しい」と、
「ク