【小説】「父を笑わせる」その5
十二月。一つ、父を悲しませる不幸があった。
北海道に住む叔父が亡くなった。
叔父は、母の弟で、ダンプカーの運転手だった。
冬は名古屋や三重のほうで、夏は北海道で砂利や土砂を運ぶ仕事をしていたのだけど、気に入った町を見つけてからは、北海道にある小さな町でレストランをしていた。父とは、同じ大学の同級生だ。
「おじさん、亡くなったらしい」と父から聞いたとき、僕が真っ先に思ったのは、お年玉のことだった。おじさんは、酔うと陽気に忘れっぽくなるひとで、正月の親戚の集まりでは、「さっきあげた気がする」お年玉を、二度もらったこともあった。
「明日、通夜らしい」
明日明後日は、たまたま休みだ。
「僕も行くよ。おじさんにはたくさんお年玉もらったし」
父は「あぁ」と短く返事した。
なんか行く前からもう泣きそうになっている。
僕は父が心配だった。
ただ、悲しそうな父とは裏腹に、僕はおじさんが亡くなったさみしさと距離を置いた場所で、腹の中がすこし浮ついているような、わくわくした気分があることに気づいていた。
北海道にはうまいものもあるだろう。
ラーメンとか。寿司とか。そういうのが食べたい。
僕は父のお供することにした。
事前に予約をとった時のような割引もないため、飛行機の運賃はとても高かったけれど、幸い、父が旅費を出してくれた。
叔父さんの家は、旭川の隣町にある。
僕と父は、羽田から出る飛行機で旭川空港に向かった。いつもなら叔父さんが迎えに来てくれるが、叔父さんは亡くなっているし、喪主であるおばさんに迎えに来てもらうことはもちろんできない。僕らはレンタカーを借りて、父の運転でおじさんの町まで行くことにした。旭川空港は、荷物を受け取る場所もこじんまりとしていたけれど、そのせいか、掃除も行き届いていて気持ちのいい空間だった。
外は雪が積もっていて、なんなら吹雪いている。
無茶苦茶さむそうだ。
ベルトコンベアから流れてきたスーツケースと羽田で買ったフツーの東京バナナを忘れないように持って、すぐにレンタカーショップに向かう。
お任せでお願いしていたエコノミークラスの車は、ヤリスというコンパクトな車種だった。赤いのが気になったけれど、そういう好みはこの際、どうでもいいことだ。荷物を載せて、そのまま叔父のレストランと自宅を兼ねたログハウスに向かうことにした。
北海道はほんとうに久しぶりだ。空港から叔父さんの町へ向かう道は殆どがまっすぐで、十字路と十字路の間が、とても長い。
父はしばらくぶりの運転だったようだけれど、慣れた様子で車を走らせ、僕もとくに何もしゃべらなかった。自分の好きな音楽をブルートゥースでスマホから車内のスピーカー飛ばして聞く。せっかくだから、雪に合うものがいい気がして、忙しく変えると、父が聞いたこともなさそうなを曲をかけたタイミングで「なつかしい」とつぶやいた。
「トモキが一緒に来なくなったあとも、父さんと母さんとふたりで、こっちに来てただろう。母さんも、そうやって曲選びに忙しかったんだ」
目をうるませて、今にも涙を流しそうな父に、「おやおや、こんなところにも地雷が」と思ったが、とにかくなるべく表情を変えないように「なんか聞きたいのある」って言った。
「なんでもいいけど、さっきのいいな」
すこし前に三十秒だけかけた曲をかける。
シカゴの、ドラムがボーカルをしているフォークデュオが歌う曲だった。英語に詳しくないから、よくわかんないけど、たぶん、恋人か誰かとの二人の関係の終わりについて歌っている。父とふたりで聞くには変な曲だと思って飛ばしたけれど、父が聞きたいなら仕方ない。
車は、安全運転で、雪道を進んでいく。
雪に覆われた畑か田んぼかわからない農地の奥から、西日がさしていて、父はまぶしそうだった。泣いていたけれど、僕は見ないふりをした。
父が泣いていると、なんで、僕もつられて泣きそうになるんだろう。
通夜の場に、親子して目を腫らして登場するなんてダサすぎる。
おじさんの通夜は、お寺でやるみたいだった。
家に行くのはやめて、直接、お寺に行くことにした。おばさんの家族と迎えてくれた。知らない親戚ばかりだ。顔がわからない親戚に促されて、僕と父は、喪服に着替える前にお弁当をいただくことにした。
お弁当の置かれた部屋には、長机のような簡素な降りたたみテーブルとイスが並んでいた。ひと座席にひとつのお弁当が置かれている。適当に座り、お弁当に箸をつける。食べながら、知らないおばさんに「おばさんのこと、わかるかい?」と聞かれた。正直に「わからないです」と答えると、「そうだよねえ」と知らないおばさんが笑った。
父と喪服に着替えて、棺のある本堂に移動する。線香をあげて、手を合わせた。
泣いているひとはいなさそうだった。
叔父さんの家族も、力を落としているようには見えるけど、泣いてはいない。
父は線香をあげてから、鼻水をすするように、泣いていた。父と一緒に、よく知らない親戚にあいさつをして回るのだけど、気丈にふるまって泣かないようにしていたひとたちも、父につられて涙を浮かべていた。結婚式で、各テーブルをまわって新郎新婦がキャンドルに火をつけることがあるけど、僕はそれを思い出していた。父は僕には顔もわからない親戚のひとたちの、かなしい気持ちに火をつけながら挨拶をしていた。
思い返してみると、父はこの一年近くを悲しい表情で過ごすことに費やしてきたわけで、ある意味、父の顔面は一年みっちりと訓練された表情なのだ。その横の僕は悲しくなかったのだけど、まったく平気な顔というのもそぐわない気がして、しずかに、精一杯物憂げな表情をすることに集中した。
通夜はとどこおりなく進んだ。
住職は、年をとったひとだった。
脚が悪いのか、ひきづったようにして歩いて祭壇の真ん中のイスに座り、寺で同じく坊主をしている息子や婿と一緒にお経をあげていたのが印象的だった。
終わった後、なぜかみんなで集合写真を撮った。
父と僕らはお寺に泊まることになった。広間に、脚の短い長テーブルが置かれて、座布団が敷かれる。テーブルの上には、瓶ビールと、お菓子と、オードブルの料理が並べられていた。僕の目の前には、おじいさんとおばあさんがいて、ぼーっとしている。
「トモキはあまり会ったことなかったかもな」
父が紹介してくれたおばあさんが、すこしだけ口角をあげて僕にほほえみを向ける。
おばあさんは祖母に似ている。
もしかしたら姉妹なのかもしれない。
おばあさんの隣に座るおじいさんは、僕の目の前に置かれたグラスに酒をついでくれた。何もやることがないから、飲み干す。その様子を見ていたおじいさんがまた僕のグラスに酒をつぐ。礼を言って、僕も、おじいさんのグラスにつぐ。
「久一、見たか」
おじいさんが言う。
「いいえ」
僕は棺桶の中の久一おじさんの姿は見ていない。
「スーツがな。良く似合ってる」
いつの間にか、近くにいた叔母さんが「同窓会の時に作ったやつなのよ。あれ、おじさんしか似合わんと思うわ」と言って笑った。
「あとはヤザワ。エイキチヤザワ」。
叔母さんの言葉に、みんなが笑う。
ほら、見てみろと促されて、棺桶をのぞきに行く。叔父さんの従弟だというひとだというひとが、一緒に開けてくれて見せてくれた。
叔父さんの顔の横には栗入りの「高級あんぱん」があった。エメラルドグリーン色の、光沢のあるスーツに身をつつんだ叔父さんが、目をつぶっている。
「よう似合っとるわ」という「叔父さんの従弟」と、僕は小さく笑った。
線香をあげて席に戻ると、脚を引きづりながら、息子に脇を抱えられて住職が来た。
息子が「住職がお腹すいたみたいで、ご一緒してもよろしいですか」という。
オードブルの料理をいくつか、紙皿にのせたものが住職の目の前に置かれる。誰かがビールをつごうとする手をこばんで、「なにかお茶でもいただきます」と言った。
「説教でもね。すこしお話しましたが、子を失う苦しみはね。大きいものです」
住職が言う。
目の前のおじいさんとおばあさんの身体が、さっと強張るのがわかった。さっきまでのんびりと宙を見つめていたのに、今は、のんびりではなく宙を見つめている。
「時間が必要です。わたしもね。もう長くない。おじいさんもおばあさんも長くないでしょう。でもね、こればっかりは仕方のないことですよ。周りの人ら、残された側はね。そういう時間を生きるしかない」
横を見ると、誰一人泣いていないのに、父だけが泣いていた。
つられるように叔母さんがハンカチの端で涙をぬぐって、顔も名前もわからない親戚たちが目を潤ませていた。
「本当はね、あたし、久一さんと旅行に行くつもりだったんです。一泊のね。あたしが勤続十年で、職場からお祝いにもらった温泉の券で。ごちそう食べようと思ったんだけど、なんでだろうね。うまくいかないもんだね」
父は叔母の話に、おんおん泣いていた。
声を出して泣く父を見たのは初めてだった。
本当にもう、小学生が校庭で転んでも、たぶんあんなに泣かないんじゃないだろうか。
泣きっぷりがあまりに激しいせいだろう。感動的なエピソードを話した叔母を含め、みんながひいていた。
父は何度か「ごめんなさい」と言った。
その後は、ペットのお墓が増えてる話や、おじさんが土佐犬を飼っていた話、あと、父がおじさんと昔作ったバンドでマドンナのライク・ア・バージンを演奏した話や、おじさんの作る料理が美味しかったって話をした。料理のことは、それなら覚えていると僕は思ったけど、みんなの声が大きくて、僕は何も言わなくていいやと思った。でも、例えば、普通のルーで作るおじさんのカレーは、本当に、ここに並んでいる冷えたオードブルの三倍くらい、美味しかったのだ。
テーブルを片付けると、めいめいにパジャマに着替えて、ふとんを敷いて寝ることになった。一番若かった僕は率先して布団を運んで、なるべくきれいにシーツを敷いて整えた。おじさんの従弟は、スーツを着たまま、いびきをかいて寝転がっている。仕方がないので、横に布団をしいておいた。
寝転がってみると、天井には、豪華な金色の目的のわからないシャンデリアみたいな形のものがいくつかぶらさがっていた。
トイレの前の洗い場で歯を磨いて、暗い廊下を歩いて本堂に戻る。
途中、廊下のところどころに、ハムスターの写真が飾ってあった。
僕は眠れなくて、明け方、叔父さんの棺に、長い線香を一本あげた。
次の日はお葬式だった。
お経をあげてもらってから、みんなで、花を棺に入れた。
昨晩のおじいさんとおばあさんは菊を育てる花農家らしく、見たこともないくらい大量の花が飾られていた。僕は叔父さんの棺に一番きれいに見える黄色の花を入れた。ヤマザキの「高級あんぱん」もまんじゅうも競馬新聞もエメラルドグリーン色のスーツの叔父さんも、花に埋められていく。本当に顔しか見えなくなった。
そうして、花で埋めたおじさんの棺を、火葬場に運んで燃やした。
燃やしながら、僕らはお弁当を食べた。煮物が美味しかった。
火葬場の周りは、ゆるやかな坂になっていて、視界を埋め尽くすように墓が並んでいた。墓の奥には、山がある。
いつの間にか父がそばにいて「あそこは昆虫記念館だ」と言った。
「珍しい蛾や、珍しいカブトムシや蝶が見られる」
「行ったことあるよ」
たくさんの昆虫が標本としてピンでうちつけられていて、珍しい模様の蛾もいる。
「あっちには温泉がある。夜の便までに時間がある。あとですこしだけ入っていこう」
骨になった叔父さんをみんなで箸渡で壺に納めたあと、お寺で初七日の供養を済ませた。
母の時もそうだったけれど、火葬場のひとは喉仏の骨がきれいに残っていることをほめていた。この点については、全国の葬儀屋で標準化されたマニュアルでもあるのかもしれない。初七日の供養まで済ませたあと、寺を出て、父と温泉に入った。
一日風呂に入っていないせいか。本堂がすこし寒くて身体が冷えていたせいか。気持ちがよかった。僕は風呂に浸かりながら、通夜よりも、葬式よりも、火葬場で骨を燃やす場所に叔父を送り出すときよりも強く祈ってみた。手を合わせずに、目をつぶって、叔父と母が、この後の道に迷うことがないように祈った。
「何か食べていくか」と父に聞かれたけれど、お腹はすいていなかった。
別に、ラーメンも寿司もいらない。
「たしかに時間はあるね。どこでもいいから、すこしだけ遠回りしよう」
「わかった」
外は雪が降っていた。風も強い。ただ、夜の飛行機まで時間だけはたっぷりあった。父はカーナビの場所を設定せずに、車を走らせ始めた。
「三〇分だけ、勘で運転してみるか。もし間違っていれば、帰ってくればいい」
「まぁ、ひまだしね」
叔父が住んでいた町で一番高い建物は米の備蓄庫だ。僕と父を乗せたヤリスは、その横を通り過ぎて、右折した。
「この辺りは、クマが出ることもあるらしい」
「いやいや、クマって。さすがに冬だし、会わないんじゃないかな」
父は、なるべく民家の少ない道を進んでいるように見える。それでも、ずっと地平線の先にずらっと山が見えるような盆地で、どこからか熊がでるような道には見えなかった。ただ、十五分も運転すると、また景色が違った。すこし山のような場所や、白樺の生い茂ったような土地も見える。
小さな丘や橋をいくつかこえたところで、三〇分が過ぎた。青色の看板には白字で、この先にダムがあることを標示していた。
父はカーナビをチェックして、
「もうちょっと行ってみよう」と言った。
あまりにも静かで、僕はラジオをつけた。
でも、ボーカルがハードモヒカンのバンドの歌が流れてきて消した。
雪が降ってきた。
父が車をとめる。僕は窓を開けて手を差し出す。まばらに、ひらひらと雪が降りてきて、僕の手のひらや指の上でとけた。
「降ってきたな」
音楽も止めていたせいか。ワイパーの音しか聞こえない。
車を走らせると、雪は、風もないのに、フロントガラスに白い矢を刺すように向かってくる。すこし行っただけで、さらに視界が悪くなった。
対向車も見えそうにない。というか、しばらく車や民家も見ていない。
思ったより早く、父が車を停めて「やっぱ戻るか」と言った時だった。
「あ」
目の前に黒い、叔父さんが飼っていた土佐犬よりも大きな、四つ足の生き物がいた。
「あれ、何」
父は「クマ?」と言った。
大人の熊には見えなかった。きっと大人のクマはもっと大きいだろう。でも子熊にしては大きくも見える。少なくとも、映画で観た熊のプーさんよりは大きい。
黒い毛の生き物はゆったりとした動作で、ボンネットの上に、それから窓ガラスの上によしかかるように前足を乗せた。
父が息を止めているのがわかる。
しずかで、動物の息が聞こえてきそうなくらい、音がしてなかった。
僕も声が出なかった。
動物は、こちらの様子をうかがっているのか、首を揺らしながら、ぬれて、束になった毛に埋もれた小さな目をこちらに向けている。
見ていたい気がしたけれど、なんとなく目をそらす。
動物が、前足を降ろし、迂回するように車からすこし離れる。
父はすぐに発車した。
発車したけど、またすぐに停まった。
「え」
「いや、ほら、あれ」
目の前の誰もいない交差点を父が指でさす。
赤信号だ。
うしろにはまだ、あの黒い毛の動物がいて、こちらを見ている。父は真面目な顔だった。ハンドルを持つ手がすこしだけ震えている。僕のほうを見る。
「クマだったな」
「クマかな」
「心配しなくていい」
父は笑った。初めは小さく、その後は、中ぐらいに、それから大きく。
それは大きくて、長い笑いだった。
信号が変わる。
ひとしきり笑った父が、目の端の笑い涙をぬぐってまた車を右折させる。
「クマ、めちゃくちゃ生きてたな」と父が言う。
僕は「そう思うよ」と言った。
父は何も言わない。
僕は聞こえていないのかなと思ってもう少し大きな声で「そう思うよ」と言った。
父が、「でかい声だな」と笑った。
そのあとはおじさんの町に戻って、道の駅でカレーを食べてから飛行機で帰った。
そこはコーヒーとカレーのお店と書かれたところで、カレーもコーヒーもおいしかった。
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