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破鏡
昇ったばかりの下弦の月を盗んで
スーツケースに閉じ込めたら
砂浜につづく坂道を急いで降りる
海へと渡る風にせきたてられながら
ひりりとするかすかな傷を額に刻みながら
潮の満ち干が月のかなしみのせいならば
水底に深く沈めてやればいい
光も音もいらなくなった水圧だけの世界で
四十五億年前の凍えた夢を抱きしめたまま
すでに昨日までの月がひっそり揺れている
二十三個目の月を沈めたあとで
潮風にしみる私の額の奥に
もうひとつ古い傷があったことに驚く
綻びかけた縫い目の奥に果てない空洞がひろがり
ただ漆黒の炎だけがうずうずと燃えている
覚えていなければきっとかなしみも生まれない
失ったことに気づいて初めて
切ない願いがあふれるのだろう
もしも思い出すことがないとしたら
忘れていることすらわからないように
月はいつも生まれた地球に帰りたがるけれど
顔を隠したまま廻ることしかできない
振り仰いだ銀河の横で星座が配列を変え
宇宙の果てで終わりが始まりと結ばれると
あしたの月がゆっくり目覚める気配がする
初出誌:『詩と思想』2019,3(384),p.100.
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![青山勇樹](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/17224298/profile_9a30a8d48dd21473992d398497de06be.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)